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第3巻~オオカミ少年と国境の騎士団~ ③-1


 第三話 「紫の月と王冠泥棒と国境の騎士団」
 
 
      
 
 緑豊かな山の中を、土色の道がジグザグに上へと伸びていく。
 そんな山道を登った者は、誰でも息があがり、すぐに汗だくになってしまう。
 それでも小鳥のさえずりや、谷川の流れる音に励まされつつ登っていくと、ふいに、棚のように張り出した平らな場所に出る。
 そこが、アーキスタとの国境の町――ディンガだ。
 山間のこの町は気温が低く、夏でも涼しい。
ひんやりした風が、疲れた身体に心地よかった。
「うわー、やっと着いたよ~~。おお、いい眺め!」
 村の入り口に立って、ランはおでこに手をかざす。
 今まで歩いてきた道が、ずっと真下、木立の間に見え隠れしている。
「すごいなー。オレたち、こんなところを登ってきたんだね!」
 ランが「バンザーイ!」と感動して叫んでいると、
「ったく、途中で『疲れた~。オレ、もう死ぬ~』なんて言ってたの、いったい誰よ?」
 後ろから来たアージュに、頭をこつんとやられてしまった。
《まあまあ、アージュ。どうにかここまで来られたのだから、お小言はナシとしよう》
「そうだよ。今日、ここで一泊したら、明日はいよいよアーキスタなんだから」
 オードの言葉にアルヒェがほがらかな笑顔で付け足す。
 アルヒェの故郷はアーキスタだ。
なので、三年ぶりの故郷を前に胸が高鳴っているのだろう。
(アーキスタって、どんな国だろう。楽しみだなぁ)
 ランはくるりと山のほうへ向き直ると、まだ見ぬ国に思いをはせたのだった。
 
 


 
「セルデスタでの最後の夜に、かんぱーい」
「かんぱーい」
 高々とランが掲げたコップに、仲間のコップがカツンカツンと打ち合わされる。
 宿屋の食堂の一角に陣取って、山ぶどうのジュースで乾杯。
目の前のテーブルにはごちそうが何品も並んでいる。
「もったいない」と言うアージュを、「山越えするには体力――ひいては栄養が必要」とランとアルヒェが説得したのだ。
「ったく、それならあたしも遠慮なく食べさせてもらうわよ!」
 アージュが、こんがり焼けた山鳥のもも肉にブスリとフォークを突き立てる。
「これ、すっごくうまいよ〜」
 ハチミツがかけられた木の実のパイにランが食いつき、アルヒェが川魚のソテーに舌鼓を打つ。
 そんな感じで、三人が「うまい」「おいしい」「それちょっと寄こしなさいよ!」と騒いでいると、隣のテーブルの客――恰幅のいいおばさんが椅子ごと、ずいっと身を寄せて訊いてきた。
「見たところ、あんたたちは旅人のようだけど……。国境を越えるつもりで来たのかい?」
「ほうだよ。オレたひ、アーひふタまで行くんだ」
 口をもごもごさせてランが言うと、おばさんは「そいつあ、残念だったね」と表情を曇らせた。
 
「実は、昨日から、国境越えはできなくなったんだよ」
 
「ええーっ!?」
《なぜ?》
「どうしてよ?」
「それは本当ですか?」
 ランたちはいっせいに驚きの声を上げた。うっかりオードまで叫んでしまったが、四人同時に叫んだせいで、おばさんには怪しまれずに済んだ。
「わたしも今朝、ここに着いたときに聞いたんだよ。なんでも、王家の宝物が盗まれたらしくてね、犯人が国外に逃げないようにって、国境の門を封鎖しちまったんだとさ」
「そんな、ここまで来て……」
 アルヒェが愕然とつぶやく。
 セルデスタとアーキスタをつなぐ国境の門は山の切通しを利用したところにある。
アーキスタへはその門を通るしか方法がないのだ。
「それじゃ、船なら行けるのかな?」
 ランが首を傾げてみせると、
「それがね……」
 と、おばさんは少し渋い顔をして続けた。
「ディスターナから海へ出るにしても、客船や貿易船はすべて入念な立ち入り検査を受けなきゃならないからね。そのせいで船の出発が軒並み遅れてるって噂なんだよ」
 つまり、検査を魔の月である紫蘭月まで長引かせて、船を出航できなくさせている――ということなのだ。
「そういうわけで、セルデスタからアーキスタへ向かう旅人のほとんどは、旅を断念してるみたいだよ。それでも故郷へ帰れるならいいほう。なぜって、逆にアーキスタへ戻る旅人は、紫蘭月が明けて白蘭月になるのを待たなきゃいけないんだからね」
 そして、おばさんは恨めしそうに肩をすくめ、
「けど、紫蘭月になったら、どのみち犯人だって動けやしないさ。早く捕まっちまえばいいのにねえ」
 と、盛大にため息をついてみせたのだった。
 
 夕食のあと、ランたちは緊急の話し合いをすることにした。
 どうすれば、この非常事態を乗り切ることができるのか。と言っても、そう簡単にアーキスタへ行くための名案が思い浮かぶはずもない。
 ここ、ディンガの町から国境を越えて、アーキスタの国境の町、アスタナまでは半日で着く。
 だが、そのアスタナから次の町へは細く険しい峠道が続き、どんなに急いで歩いても、三日はかかるという。
 紫蘭月に暦が変わるまで、あと六日。
 宝物を盗んだ犯人が国境を越えてさらに遠くへ逃げおおせるとしたら、あと二日以内に移動するしかない。
 宿のベッドの上であぐらをかいて、ランは唸った。
「こんなときに泥棒騒ぎなんて、運が悪いよな~~」
「それに、ここの宿代も問題だわ。何泊も泊まれるほど、あたしたちは裕福じゃないもの」
 だからと言って、野宿もきつい。
ここは高地というだけあって、日が暮れるとめっきり冷えこむのだ。
「ひょっとしたら、山を下りなければならなくなるかもしれないね」
《しかし、ディスターナに戻っても、船には乗れないし……》
 ああでもない、こうでもないと、四人で話し合っていると。
 どんどんどん、と乱暴に扉がノックされた。
 三人が「どうぞ」という暇もなく、開け放たれた扉から、数人の若い男たちがずかずかと入り込んできた。
「ちょ……っ、いったいなんなのよ、いきなり!」
 気の強いアージュが椅子から立ち上がって怒鳴る。
 アルヒェも腰掛けていたベッドから立ち上がったが、突然のことにどうしていいのかわからない。
(もしかして、強盗?)
 ランもおっかなびっくり、ベッドの上で膝立ちになった。
 先頭に立っていた砂色の髪の青年が、腰に手をあて、三人をにらみつける。
 
「おれたちは国境の騎士団だ。数日前、ディスターナの王宮から王冠が盗まれた。悪いが、荷物を検めさせてもらうぞ」
 
 すると、後ろに控えていたひとりが、なにも言わずにベッドの脇にあったアージュの皮袋に手をのばし、中身を床にぶちまけはじめた。
「な、なにするのよ!」
 アージュは怒ったが、「黙れ! 邪魔すると牢屋にぶちこむぞ!」という脅しに、ぐっと押し黙った。
そうこうするうち、もうひとりが隣にあったランの荷物をほどきだす。
「この町に来た旅人は、全員、騎士団の検査を受けることになった。悪く思わないことだな」
「でも、あたしたち、悪いことなんてしてないわよ!」
 すると、アージュの荷物を点検し終わった男が顔を上げた。
 ラン、アージュ、アルヒェを順番に見て、
「……そうかな? 髪の色も瞳の色も、服の刺繍もバラバラだ。あやしすぎる」
「……ぐっ!」
 痛いところをつかれ、アージュは小さく唸った。
 髪の色はともかく、今回はデリアンに行くときのように、お金を持っていなかったので、ランとアージュはアーキスタの刺繍の入った服を買う余裕がなかったのだ。というか、そもそも今回は買う必要も感じていなかったのだが。
「あ、あの!」
 アルヒェがなぜか「はい」と手をあげて、
「実は僕たち、異母兄弟なんです。父親が貿易商をしていたので、いろんな国に奥さんを作ってしまって……。それで、みんなそろって父さんのいるアーキスタに帰るところなんです」
 そう、いつものようにとっさに嘘をついたのだが。
 砂色の髪の男は鼻で笑い、
「それが本当だという証拠がどこにある?」
 結局、取りつく島もなかった。
「団長、とくにあやしいものはないようです」
「うむ」
 入り口で控えていた無精ひげの男が、慇懃にうなずいた。
「当然よ」
 アージュは負け惜しみとばかり、腕を組んであごをしゃくってみせる。
(うわー、アージュが怒ってるよお~~。「こうなったら、無理矢理でも国境を越えてやるわよ!」とか、あとで言い出すかも……)
 すると、ランの心の内を見透かしたのか、
「おまえたち、こっそり国境を越えようとしても無駄だぞ。あそこは今、たくさんの騎士が守りを固めているのだからな。ま、捕まって牢に投げ込まれていいんだったら、それでも構わんが」
 無精ひげの団長は、そうダメ押しして、勝ち誇ったように部屋から出ていったのだった。
 
 
「なによ、あれ! まったく、むかつくったら、ありゃしない!」
 男たちが出ていったあとの部屋に、アージュの声が響く。
「頭っから、こっちがあやしいって決めつけちゃってさ。失礼すぎるわ!」
 粗末な床板をどんどんと踏みならすアージュに、「下の階の人に迷惑だよ?」とアルヒェが苦笑いを浮かべる。
《国境の騎士団だと言っていたが、それにしては服装がバラバラだったな》
 オードの言うとおり、男たちは騎士団というわりに制服を着ているわけでもなく、どちらかというと野良着に近い服だった。
「彼らは、もともと、この町の青年団じゃないのかな? 今回の事件で、国境の警備を固めるために騎士団として、結成されたとか」
 アルヒェの推測に、オードが「そうかもしれないな」とうなずく。
《そもそも、国境の警備は固いのか?》
「ううん、そんなことないと思うよ。セルデスタとアーキスタは友好国だからね。だから、今回のことは異常事態だとも言えるね」
《なるほど……平和な国なのだな、ふたつとも》
「そうだね、そもそもセルデスタとアーキスタはその昔、ひとつの国だったんだよ。今からおよそ五百年前、王子と王女の双子がいてね、当時の王はふたりともかわいくて仕方なくて、悩んだ挙句、王女にも王位を与えることにしたんだ。それでできたのが、セルデスタってわけ。それ以来、アーキスタは王が、セルデスタは女王が代々治めているんだよ」
《ふーむ、なかなかおもしろい話だな》
 アルヒェとオードが真面目な話をしている一方で、
「盗まれた王冠って、どんなのかな。宝石いっぱいちりばめてあるとか?」
「ディスターナの王宮って、警備がぬるいのね。そんな大切なものを盗まれるなんて」
「ねえねえ、そういえば王宮ってどこにあったの?」
「え? あんた、わかってなかったの? ディスターナの港のすぐ近くよ。アーチ型の柱がいっぱいあった建物、あれよ」
「え、そうだったの? オレ、お祭りに夢中で建物なんか興味なかったからさー」
 と、アージュとランはわりとどーでもいいような会話を繰り広げていた。
《それにしても、魔の月までもう時間がないな》
「そういえば、次は紫蘭月だね」
 オードの言葉に、ランは窓に寄り、外へと目をやった。
 濃い紺色の夜空に、紫がかった青い月が輝いている。
 これが、完全な紫色になると紫蘭月――夜になると魔物が徘徊する魔の月になるのだ。
 いつのまにかアージュがランの隣に立って、一緒に月を見上げていた。
「魔の月になれば、犯人は町の外へは逃げられなくなるわ。行動するなら、ここ数日のうちよね」
 なにかを確認するようにつぶやくと、窓枠に置いた両手をぎゅっと握りしめる。
「――よし、決めた」
「決めたって、なにを?」
 ランの質問に、アージュはくるりと部屋を振り返る。
 そして、こぶしを宙に突き出しながら、大声で叫んだのだった。
「こうなったら、あたしたちで犯人を捕まえてやるのよ!」


(3巻・第三話-2へ続く…) 

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