見出し画像

~オオカミ少年と不思議な仲間たち~ ①・3-7

第三話「赤い月と陰謀渦巻く王城と消えた姫君」-7

翌朝——。

「よかったあ……戻ってるよ」

ランは起きるなり、自分の身体をあちこちさわり、人間の姿に戻ったことを確かめた。

昨夜、グラド公とジャグルを地下牢に閉じこめたあと、城はふたたび騒然となった。

フィアルーシェ王女が、オオカミと吸血コウモリの魔物を貴賓室に泊めたからである。

これは、もちろん前代未聞の大事件だ。

「こんなふかふかのベッドで寝たの、初めてだよ、オレ」

ランはぴょんぴょんとベッドの上で跳ねた。

「田舎者丸出しね、恥ずかしいったら」

アージュは髪をみつあみにまとめながら、苦笑いを浮かべた。アージュももちろん、朝起きたら人間の姿に戻っていたのだ。

《さすが、ルーシェさまだ。魔物を貴賓室に通すなど普通では考えられない。なんと、お心が広いのだろう》

鍵の姿のままのオードが感嘆のため息をついた。

ランとアージュが寝間着からすでに洗濯済みの自分たちの服に着替え終えた頃、朝食が運ばれてきた。

食事が済むと、ランとアージュは会議室に案内された。
王立騎士隊の隊長や大臣たちに事情を説明するためである。

王女がいくらランとアージュを信用しようとも、彼らは最初「呪われた血を持つ者のことを信用してよいものか」とばかりに疑ってかかったが、やがて決定打が出た。

療術師が王の薬を調べた結果、確かに毒が混ぜられていることがわかったのである。

この先はグラド公とジャルグを取り調べることとなり、ランとアージュは昼頃には解放されたのだった。

 

グランザリアを去る前に、もう一度、あいさつに城に戻ることにして、ランたちは公園に荷物を取りに行った。

「これで、王さまも安心だね」

《ああ、本当によかった。ランとアージュには深く感謝している。ありがとう》

オードが感謝の意を述べると、ふとアージュが訊いた。

「で、どうする? オード。あんたはお城に残る? 事情を話せば王女さまは気味悪がったりしないで、受け入れてくれると思うけど」

 

《……いや、私は君たちと行く。仲間だからな》

 

「本当にいいの?」

《ああ、事件も解決したし、ルーシェさまのお顔も拝見できた。思い残すことはない》

「でもさ」

 と、ここでランが口をはさんだ。

「王女さまは二年経った今も、オードのこと想ってんだよ? 離れちゃっていいの?」

《だからこそ、私のことなど忘れて、幸せになっていただかなくては困るのだ。私はもう完全には人間には戻れないのだから……》

「あ……」

ランとアージュはなにも言えなくなっていた。

オードはちゃんと王女の将来を考えて、このような結論に至ったのだ。

そうして、しばらく沈黙が続いたあと。

「オード……あんた、ほんとうにいい男だね。顔はわかんないけど」

アージュがにっこり笑い、立ち上がった。

「じゃあ、城に戻って、王女さまにごあいさつしよっか」

 

城に戻ると、噴水の前でフィアルーシェ王女が待っていた。

王女はつま先まで隠れるような長いドレスを着ていた。髪も上品に結い上げ、陽の光の下で見る王女は気品にあふれ、とても美しかった。

「本当にありがとうございました。おふたりにはなんと感謝すればいいのか……あなた方は父の命の恩人です。我が国を代表して、心よりお礼を申し上げます」

王女が深々と頭を下げたので、ランはあわてて言った。

「頭を上げてください! オレたちはオードに頼まれただけなんで」

「そうですよ。あたしたちは友だちとの約束を果たしただけです」

「ありがとう……」

王女は姿勢を正すと、後ろに控えていた侍女を呼んだ。侍女はトランク型の荷物をひとつ運んできた。

「これはお礼です。保存食が入っております。あと、薬草をたくさん入れましたので、オードに飲ませてあげてください」

「ありがとうございます」

アージュはにっこりと笑顔で受け取った。
彼女はもともとお礼をもらうつもりであったから、うれしいのだ。

それから、王女はこう話してくれた。

グラド公はおそらく、西にある別荘に幽閉され、ジャルグは国外追放となるであろうということだった。王暗殺を企てたにして罪が軽いような気がするが、ふたりとも高貴な身分なので、これがいちばん重い判決なのだという。

「えー、身分が高いって、なんか得だよね」

「もっと重い罰のほうがいいような気がするけど」

ランとアージュは不服だったが、それがこの国の法なら仕方ない。

すると、ルーシェが話を変えた。

「あの、昨夜のことなのですが……あのとき、オードの声を聞いたような気がしたのです。地下牢の鍵を探していたとき、『鍵はここです!』って……」

それは空耳でもなんでもなく、本当のことなのだが——アージュはやさしい声でこう言った。

「それはきっと、王女さまを心配するオードの想いが、そういう言葉となって届いたんですよ」

「そうね……きっと、そうなんだわ。それで……オードの居場所は——やはり教えていただけないのですか?」

居場所もなにも本当はここにいるのだが、
「オードの意思で療養先は言わないでほしい」
ということになっていたので、アージュは用意していた答えを口にした。

「すみません。それを言って、王女さま自ら迎えに来られたりしたら、おそれおおい——と本人が言いましたもので」

「オードは相変わらずなのね。いつも、『おそれおおい、おそれおおい』って壁を作って、わたくしの気持ちなど、ちっともわかってくれないのです」

「でも、オードも本当は……痛てっ」

 

 本当は王女さまのことが好きなんですよ。

 

と言いかけたランの頭を素早くアージュがはたいた。
これを口にしたら、話がまたもややこしくなるからだ。

「あんたは黙ってなさい! さ、もう行きましょ。夜になって、あたしが変身しちゃったら、またお城が大騒ぎになっちゃうから」

アージュはそう言い、ランにトランクを持たせた。

「やっぱ、オレが持つのか……」

「うるさい、あんたはあたしの用心棒でしょ⁉」

「え? まだそうだったの?」

「そうよ」

「なんで? アージュ、オレより強いのに~」

「うるさい!」

「痛てっ」

そんなやりとりを見ていた王女がくすくすと笑った。

「おふたりは仲が良いのね。まるで本当の姉弟みたい」

「こんなバカな弟、いりません」

「オレもこんな狂暴な姉ちゃん、いらないです……痛てっ」

今日三度目のげんこつに、ランは涙目になった。

それを見て、またまた王女は笑った。後ろに控えていた侍女も笑いを堪えている。

「じゃあ、そろそろ行きますね。その前に」

アージュはランの首からオードをはずし、王女の前に差し出した。

 

「あなたの王国を救った鍵です。どうか祝福のキスを」

 

王女は両手で鍵——オードを受け取ると、目を見開いた。

「これは……四つ葉のクローバーの鍵……わたくしがオードに作ってあげようと思っていたイメージに似ています。もしかして、オードがこれを作ったのですか?」

「そうです。王女さまのしあわせを願って作った、って言ってました。ですから、あのときオードの声がしたのでしょう」

アージュがうまい嘘をついた。しかし、これは罪のない嘘だ。ランは久しぶりに「アージュはやっぱりやさしいんだな」と思った。

「オード……」

※画像(既存か新規か再更新予定)

王女は四つ葉のクローバーの部分に、そっと、くちづけた。

そうして、少しだけ目を閉じる。

オードのことを想っているのだ。

「王女さまは本当に隣国の王子と結婚しちゃうんですか?」

思わず訊いてしまったランに、王女は静かにほほえんで首を振った。

「そのことについては、わたくしのほうからもう一度、父に話してみるつもりです。叔父上が危惧していたように、デリアンの属国となる可能性もあると考えている大臣もいるようですから……」

「そうですか……」

ランはうつむいた。

政略結婚を阻止することはできても、オードは二度と王女のもとへは戻ってこない——。

そのことがわかっているだけに、つらくなってしまったのだ。

「旅のご無事をお祈りします。オードに、もう心配しないで、と伝えてくださいね」

王女はオードをランの首にゆっくりとかけ直した。

 

 

 

そうして、フィアルーシェ王女に見送られ、ランたちは城をあとにした。

が、すぐに街から出ず、最後にあの女神像の森のある公園に寄ることにした。

昨日と違って今日は晴れているので、公園には人がたくさんいた。
しかし、夜になって赤蘭月が昇れば、人々は門戸を固く閉ざし、街はひっそりと静まりかえるだろう。

女神像の前に人影はなかった。

ランとアージュはひとまず荷物をおろし、地面に腰をおろした。

ここに来たのは、オードに頼まれたからだった。
彼は、この街に二度と戻ってくることはない——と覚悟したのだ。

「王女さまにキスさせるなんてさ、アージュもいいとこあるじゃん。なあ、オード」

しかし、オードの返事がなかった。

《……——》

「なに? ひょっとして、真っ赤になってんの?」

《……私のことはしばらく放っておいてくれ》

「うん。わかった」

ランはオードをはずし、女神像の向かいの木の枝にひっかけた。こうすれば、女神像が眺められるからだ。

そうして、しばらく沈黙が続いたあと、アージュが思い出したようにぼそっと言った。

「……あたし、根性で魔物に変身したヤツ、初めて見たわ」

「あはは……」

ランは半笑いを浮かべた。

あんなこと、もう一度やれと言われても、できるかどうかわからない。

「でも、オレ、アージュが吸血コウモリ少女だったなんて知らなかったから、そっちのほうがびっくりしたよ」

「吸血コウモリ少女って、なんか嫌な響きね」

「そうかな。あ、でも、オレ、自分がオオカミになるってわかんなかったとき、鳥だったらいいなあ、って思ったんだよね。空飛べるし」

「……あんたって、本当にお気楽すぎるわ。ついでに言うと、コウモリは鳥じゃないわ。空飛べるけど」

「いいな~、うらやましい」

「あのね——っ」

アージュはあきれて、額に手を当てた。

「あ、そうだ。なんで、アージュはグラド公とかの血を吸わなかったんだよ? まずそうだから?」

ぽかっ、と本日四度目のげんこつがランの頭をお見舞いした。

「違う! あたしはどんな悪党でも人の血は吸わないことにしてるの。あたしと同じようなヤツ、増やしたくないから」

アージュはやっぱり、人を思いやれるやさしい心の持ち主なのだ。
そう思うと、ランはまたうれしくなった。

うれしくなると楽しい。

きっと、この先も何度でも、この「楽しい」が感じられるだろう。

「でもさー、オレ、今回のことでなんか自信を持っちゃったよ。呪われた血が役に立つこともあるんだな」

「そんな自信、持たなくてもいいわよ」

「なんで? だってさ、オレたち三人とも大活躍だったじゃん。そもそもオードがいなかったら、こんなにうまくいってないし」

「オードがいなかったら、グランザックに来ることもなかったのよ?」

「それ言ったら身も蓋もないって……」

ランがトホホな気持ちでため息をつくと、枝にぶら下がっているオードの声がした。

《私のために遠回りさせてすまなかった。すまない》

「え? これって遠回りだったの?」

ランは首を傾げた。

遠回りもなにも、アージュの目的地をいまだに知らないのだ。

 

「そういえばさ、アージュって、本当はどこに向かってんの?」

 

地名を言ったって、地図を読めないあんたにはわかんないでしょ。

と——言い返されるかと思ったが、アージュは「仕方ないわね」と前置きしてから、こう言った。

 

「白蘭月の白い丘に咲く白い蘭の話、知ってる? その白い蘭の朝露はね、呪われた血を清めると言われてるの。だから、それを手に入れようと思って。こうして旅してたワケ」

 

アージュはうなずき、ニッと笑った。

「あんたたちさえよければ、いっしょに連れて行ってあげなくもないけど?」

「行く行くっ、絶対行くっ!」

《私も。ぜひにお願いする》

ランとオードは弾んだ声を上げた。

今回の事件でちらりと「呪われた血も悪くないかも」と考えたランだったが、人間に戻れるに越したことはない。オードも王女のもとに帰ることができるし。

「そうと決まれば、そろそろ行くわよ」

「はーい!」

ランは元気よく返事をして、立ち上がった。

 

こうして——。
ランとアージュとオードの三人組は再び、旅に出ることになった。

白蘭月の白い丘に咲く白い蘭の朝露を求めて。

新たな旅の目的に、ランの胸はわくわくしてきた。
アージュとオードといっしょなら、きっと探し出すことができる。

そう信じられるのは、このふたりのことが大好きだからだ。

                                   

第一巻~おわり~

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?