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第二巻~オオカミ少年と伝説の秘宝~ ①-2

第一話「湖畔にたたずむ古城と吸血鬼伝説」-2
 
  
    
 
「父さんからも言ってよ。あそこは危険なんだって」
 ローイは父親――北グオール村の村長に必死で訴えかけた。
 ランとアージュは古城に行く前に寄って行くようローイに勧められたというのもあるが、買い出しと情報収集のために古城の近くの北グオール村に寄ったのだ。
「ん――しかし、お嬢さんたちは魔物は怖くないんだよね?」
 村長に古城に行きたい旨を伝えた際に、退魔師うんぬんの話は、すでに話してあった。
「そうです。あたしたち、魔物と戦う術を知ってますから」
 アージュは続けて、今年の緑蘭月にベルデ村で見事、ドラゴンの鱗粉なる宝を手に入れ、意思を持ち、村人を襲いくる凶悪な植物たちをやっつけた話(注・アージュはかなり大げさに話してます)をして信憑性を高め、「思えば、あのとき……父は、あたしたちを独り立ちさせる決意をしたのかもしれません」と、話をまとめた。
 横で聞いているランは気が気じゃなかった。
(いいのかなあ……どんどん噓に噓が塗り重なっていくよ)
 オードはなにも言わないが、あとで説教をたっぷりするつもりに違いない。
「私としては……ぜひ、真偽のほどを確かめてほしいが……」
 村長はちらりと息子の顔を見た。
ローイは「僕と変わらない年の女の子をあんなところに行かせるのか?」と非難あふれる目で父親をにらんでいる。
 険悪な空気を変えようと、ランはあわてて口を開いた。
「あの、吸血鬼が出るってホントなんですか?」
「本当かどうか、見たことがないからわからんが……この村には、古くからこういう話が伝わっているんだ」
 息子から目をそらし、村長は吸血鬼伝説を語ってきかせてくれた。
 
 二百年前ぐらいの城主にアルフォンソ伯爵という人物がいた。
 ある赤蘭月の夕刻、山道を歩いて疲れ果てた旅の者を伯爵はやさしく城に迎え入れた。
が、その旅の者こそ吸血鬼だったのだ。
その夜、伯爵は生き血を吸われ、呪われた血を持つ者となってしまった。
それからというもの、伯爵は赤蘭月になると近隣の娘たちを次々とさらい、城に閉じこめ、永遠の命を生きるために処女の生き血を吸っていたという――。
 
「えーっ、それって恩をあだで返されたってワケ? ひどいなあ」
 ランが伯爵に同情して口を尖らせると、アージュがさくっと訊いた。
「で? 今もその人住んでるんですか? アルなんとかって伯爵」
「いや、アルフォンソ伯爵の姿を見た者は誰もおらんよ」
「じゃあなんで、誰も近づかないの?」
「様子を見に行った者は誰ひとりとして帰ってこなくて……十年ぐらい前に酒飲みで有名だったゴルじいさんが行ってからはひとりも行っていない」
「ふーん……じゃあ長い間、空き家だったわけね」
 明らかにズレた感想をつぶやいて、アージュは指先を小さな顎にあてた。早くも城に入ったあとのことを考えているのだ。
「赤蘭月の間だけでも、アージュたちをうちに泊めてあげてよ」
 少女の身が心配なローイがさらに訴えるが、村長は渋い顔をした。
「いやしかし、赤蘭月の間は旅人を泊めてはならないという掟が……」
 旅人に生き血を吸われた伯爵の伝説から、そういう掟が生まれたのだろう。
それを察し、アージュはローイに微笑んだ。
「心配してくれてありがとう、ローイ。あたしたちは大丈夫よ。古城に行くわ」
「で、でも……」
「で――村長さん、ものは相談なんですが」
 アージュは、ずっと眉根を寄せて渋い顔をしている村長に向き直った。
 
            


 
 夕刻の森の中をアージュとランは急ぎ足で歩いていた。
「これで寝るところも確保したし、お礼ももらえば一石二鳥よね!」
 アージュは、にこにこしていた。
 ふたりが『吸血鬼があの古城に住んでないことを証明、もしくは吸血鬼を退治した』場合、村長から謝礼をもらう運びになったのだ。
《アージュは劇作家の才能があるのではないか? よくもまあ、あんな設定がすらすらと思い浮かぶものだ。私でさえ、本気にするところだった。もしかしたら、アージュは本当に、その……退魔師の卵なのか?》
 生真面目なオードが珍しく妙に感心してみせると、アージュが笑って答えた。
「なに言ってんのよ。親が本当に退魔師だったら、『我が家の恥だ』とかなんとかわめかれて、あたしなんか速攻で退治されてるわよ」
《それもそうか……でも、本当にそういう職業が存在するのか?》
「するわよ。この大陸じゃ、あまり知られてないだけじゃない?」
 ランとオードは「ふーん」とうなずいた。
ふたりは暗黙の了解で、アージュがどこから来たのか詮索しないことにしている。どーせ訊いても答えないし、ランに至っては地図が読めないから教えてもらってもわからないし。
 崖沿いの道に出ると、木立が切れた。古城は湖に面した崖の上にせり出す形で建っているのだ。
 城に到着すると、魔法の鍵であるオードで城門を開け、三人は裏の厨房の入り口から潜入した。正面の扉は蔦が複雑に絡み合い、しかも太い閂でがっちり固められていたからだ。
 薄暗い厨房の中に入ると、カビくさい臭いが鼻をついた。空気が重く淀んでいる。
 ランとアージュは手近な窓をひとつふたつ開けると、荷物の中から小さなカンテラを取り出し、火を灯した。
明るくなると、長い間人が住んでなかった証拠に、床には塵がうっすらと降り積もり、天井には綿菓子の出来損ないのような蜘蛛の巣があちこちに張っているのがわかった。
「とりあえず、城の中、探検しましょ」
「探検っ! わーい」
「ったく、子どもね。金目のものがあったら、もらっていくのよ」
 純粋なランと違い、夢もへったくれもない言葉をアージュがつぶやく。
《でも、もし本当に吸血鬼がいたらどうするのだ?》
「そのときは本当に退治しちゃえば?」
 アージュは強気な発言をかました。
 
            


 
 今日は日が暮れても曇り空のため、月が出ることはなく――変身しなかったアージュはランとオードとともに城の中の探索を続けた。
 部屋という部屋をオードで開け、中を確かめていく。
 どの部屋もほこりと蜘蛛の巣でいっぱいだった。重厚な作りの衣装ダンスや猫脚のテーブルや壺も、どれもほこりにまみれ、長い時間、誰にも触れられなかったことを物語っている。
 そして、伝説を彷彿とさせるような不気味なものも中にはあった。
 階段の踊り場にかけられた青白い肌の貴婦人の肖像画、廊下の隅に置かれた神話に出てくる腕の折れた火の神の石膏像、立派な角を持つ鹿の首の剥製などなど……。

「不気味なお城だなあ。おばけとか出そうな感じするよ~~」
 ランが大きなホールに飾られている鉄の甲冑を覗き込む。中はからっぽで骸骨とかミイラ化した死体とかが入ってなくて、ランはホッとした。
「あんた、『呪われた血を持つ者』なのに、おばけが怖いの? バカじゃないの?」
 そういうアージュは獅子の像から、なんとか瞳にはめ込まれている宝石が取れないかと指先でいじくっている。たくましいというか、度胸がいいというか。
「うう……怖いものは怖いって言ってなにが悪いんだよ」
 ランは小さな声でつぶやいて、ホールの天井を見上げた。
ここでは舞踏会などが開かれていたのだろうか。蜘蛛の巣で覆われたシャンデリアや壁に描かれた神話の絵などを見ていると、城の持ち主が権勢を誇った時代があったことを思わせた。
「これだけの広いお城に誰も住まないなんて、もったいないよね。クルリ村の近くにあったら、すぐに引っ越したのに~~」
「オードはこのお城のこと、聞いたことはなかったの?」
《おとぎ話程度だ。デリアンとは三百年前の戦争以来、平和条約を結んでいるから我が国に侵略される恐れはない。ここは国境に近いといっても、特に重要視されることはなかったのではないかと思われる》
「ふーん……」
 平和ならば、こんな田舎は問題ないということなのだろう。
 それから三人は城の外も一応、見回ることにした。
そして、古い涸れ井戸の中に白骨死体を発見した。
酒瓶が転がっているところから察するに――
「あれ、ゴルじいさんじゃないのかな?」
「酔っぱらって井戸に落ちただけみたいね」
《そのようだな。とりあえずは冥福を祈ろう》
 オードに促され、ランとアージュは軽く黙禱した。
 
 結局、部屋という部屋を全部回ってみたが、吸血鬼に関連するようなものはなにも見つからなかった。
 変わったものといえば、一階の北の一番奥の部屋に処刑や拷問の道具があったぐらいだ。
鉄ぐさりや足かせ、焼きごて、ムチ。そして、壁に立てかけられた棺桶。特にこの棺桶は変わっていて、蓋の裏にびっしりと尖った鉄針がついていた。棺桶に押し込まれ、ゆっくりと閉じられたら、針が皮膚を刺し、じわじわと肉に食い込んでいくことだろう。想像するだけで痛い。
「うわ……趣味悪っ。きっとこの部屋よ、吸血鬼伝説の正体は」
「あー……」
アージュとランは「なあんだ」と、明らかにつまらなさそうな顔をした。
城主の趣味だったのか、国境に近いので隣国へ逃れようとした罪人を罰したのか……詳しいことはわからないが、これらが伝説のもととなったのは間違いないと思われた。
《では、あかずの間というのは……》
「それも、ここでしょ」
 北側は湖に面しており、逃げだそうとしても容易には逃げ出せない場所にこの部屋は位置している。
「あーあ、吸血鬼がいたら派手にやっつけようと思ってたのに、がっかりだね」
 どうせ謝礼をもらうなら、「退治しました!」という証拠をつきつけた方が劇的だ。感謝の度合いも違うし、英雄扱いされるのは気分がいいし。
「じゃあ、夕飯にしましょうか。もう、お腹ぺこぺこよ」
 アージュの提案で、三人は最初に入った厨房に戻った。
 そうして、そこで火をおこし、北グオール村で買い込んできた野菜と肉でスープを作り、パンを浸して食べた。
 夕食が済むと、それぞれの寝室を決めた。アージュは城主の寝室と思われる大きなベッドのある部屋にし、ランはその向かいの部屋を取った。
 ランが自分の部屋を掃除し終わったとき、窓ガラスにぽつぽつと雨の当たる音がした。
《この城に泊まれてよかったな》
「ホントだね、ちょっとほこりっぽいけど。じゃあ、おやすみ。オード」
《おやすみ、ラン》
 ランは首からオードを外し、ナイトテーブルに載せるとベッドに潜り込んだ。

(第一話・3へ続く…)

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