[小説・ユウとカオリの物語] カミングアウト │ユウ目線9話
「実はわたし、LGBTQ当事者なの。パンセクシャルってやつかな。恋愛において男女の区別がある感覚がわからない」
「......えぇ、知ってましたよ」
僕がカオリさんのところに、プログラミングの勉強に通いだしてからしばらくした頃のこと。あの約束の日にカミングアウトしていた僕は、レッスン後の雑談の中でいつしか、過去の恋愛のことや、今の自分のジェンダーに対する葛藤の話なんかを、なんでも話すようになっていて。あの日も、昔一度だけ付き合ったことのある彼女の話をしていた。
「僕はいつも男性ポジションで、甘えられる方で。そうじゃなきゃ振り向いてもらえないって思ってたんですよね。まぁこんな見た目じゃないですか。自分で言うのもなんだけど、若い頃からチヤホヤだけはされてましたから。だから自分でも、カッコつけてたんですよね。女子に甘えられる自分であろう!って。あ、でも、甘えられるのはいいんですよ。だけど自分が甘えられないのが、しんどくて......」
僕は基本的に、女性にしか恋愛感情は抱かない。それも、好きになるのはほとんどが、男性と恋愛をしてきたいわゆる「ノンケ」女性だ。自分のことは、男性よりの中性だと認識してきたし、そう説明してきた。だけどカオリさんと出逢ってからの僕は、雑談の中でカオリさんが何かと僕を「かわいい」と言って笑ってくれることが嬉しくてしょうがなかった。今まで女性扱いされることに嫌悪感を持っていた僕は、それは不思議な感覚だったんだ。そして僕がカオリさんへの自分の恋愛感情に気づいた時、同時に自分は男性よりの中性なんかじゃなく、ノンバイナリー、つまりは女性とも男性とも違う、その男女の枠にはめられることに違和感を感じていたのだと気が付いた。だって、カオリさんは不思議と僕に、男性も女性もみていなかったからだ。
「結局僕が男性よりの中性としていたのはあくまで、男性が好きな女性に、振り向いて欲しかったからなんですよね。だけどいざ付き合ってみて、ずっと男性ポジションでいつも振舞うのがどんどんしんどくなってきていることに気づいてしまって。僕はもうずっと、僕の本当の気持ちなんて話せなくなってしまっていたんです」
そう、僕は心の奥底に、本当の僕をしまいこんで隠そうとしてきた。見つかったらやばい、そう思って来た。そんな話をカオリさんにしていたんだけど、カオリさんはこんなことを言ったんだ。
「その彼女、ノンケさんでしょ?そしていつも好きになるのはノンケさんだったんでしょ?だったらそりゃそうよ。だからユウは相手に合わそうとしてきただけなのよね。相手に合わせて生きてきたから、いつも気持ちを隠そうとしてしまう癖がついてるのよね」
そうだ。そうなんだ。相手に合わそうとしてきただけなんだ。だから気持ちを隠す癖がついてる。なんでカオリさんはいつも僕の気持ちが手に取るようにわかるんだろう。......そう、感動したのと同時に僕の中にふと、ある疑問がわいたんだ。
あれ?今、ノンケさんって、言ったよね…
僕が知る限り今まで生きてきた中で経た経験を紐解いても、ノンケの人は自分達の事を「ノンケさん」とは言わない。しかも「さん」付けで。それはまずない。ノンケという言葉自体に抵抗ある人もいるくらいだ。そういや約束の日に僕がカミングアウトした時もカオリさん、「FtMの友達がいる」って言ってた。いくら友達がいても使わないよね。しかもFtMもセクマイ用語だし......これってやっぱりもしかして......カオリさん......
そう、僕はあの時、カオリさんの真実に気付いていた。それがカオリさんが伝えたかった「共通点」かどうかまではわからなかったけれど。だけど僕はあえて、僕に話さないカオリさんの気持ちを大事にしたかった。いつか自分のことをもっと話したくなったら話してくれる。それまで待とうって。そう思って来たんだ。だからずっと触れないようにしてきた。だけどそんな僕の気遣いはすぐに取り越し苦労となった……
「カオリさん!美味しい紅茶、見つけたんですよ!今度持ってきますね!」
カオリさんとは共通点が多い。特にどうやら味覚が似てることが僕はとっても嬉しかった。だって、味覚の共通点には、未来がある気がしたんだよね。あ、でも僕また、どうでもいいことLINEしちゃったな。僕はどうも、思い浮かんだことをみんなカオリさんにLINEしてしまう。だってカオリさん、
「フフ……毎日楽しみにしてるのよ。だってユウからのLINE、おもしろいんだもの」
なんて言うから。調子のって送っちゃうんだ。わたし限定Twitterみたいだと、笑ってくれてたけど。最近はカオリさん、楽しそうに返事をしてくれるから、余計に僕は毎日LINEでカオリさんに甘えちゃってる。
「ユウと話してるとね。わたしはどんどん素直になるなぁ。言いたいことが出てくるのよね」
「カオリさんのこと、もっと知りたいです。聴きたいです」
カオリさんも今日の出来事をLINEで面白おかしく送ってくれて、何気ないやりとりが続いた。で、カオリさんからきたLINEに僕は、立ち止まってスマホをじっとみた。
「もうひとつ。話したいことがあるんだけど。共通点のこと」
「あ!それです!聴きたいです!」
「実はわたし、LGBTQ当事者なの。パンセクシャルってやつかな。恋愛において男女の区別がある感覚がわからない」
うん。知ってましたよ。セクマイだと。ううん、話してくれるのをずっとずっと、待ってましたよ。カオリさんがとうとう僕に、カムアウトしてくれた。だけど僕はそこまでわかってなかった。カオリさんは、恋愛において性別の垣根がない、いわゆる「パンセクシャル」だった。結婚したのはたまたま男性が好きだった時だということ、その後女性ともFtMの人とも付き合ったということ、たくさん伝えてくれた。バイセクシャルじゃなくって、パンセクシャルなのか。そうだ、だから僕に対して、男性も女性もみていなったんだよ。だからこんなに素の自分で楽にいれたんだ。
「恋愛においてはね、性別なんて......血液型と一緒よ。それくらいのもんよ」
そんな言葉に僕は、キュンとなった。やっぱりこの人が大好きだ。この人となら僕はきっと自由でいられる。だけど僕のことも、恋愛対象になるのかな......さすがに今それを聞く勇気はないな...今聞く時じゃないよな。カオリさんが自分の真実を話してくれた。今はこれで良しとしよう。うん。焦りは禁物!だよな!
だけどこのやりとりからあの、初めての電話の日まではたったの2週間ほどの事だったんだ......