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[小説・ユウとカオリの物語]優れたセンサー -ユウ目線 その5-

やっと。やっとだ。やっと今日だ。

 あの日の僕は、嬉しさと期待と、少しの不安が入り混じった心を抱えながら、電車から見える冬の夕暮れ空をボーっと眺めていた。鮮やかなオレンジ色に染まった空はまるで、暮れ行く1日に思いを馳せて、泣いているように見えた。

 暮れ行く1日を止めることなんて誰にもできない。過ぎ去った日を取り戻すことも、誰にもできない。時間は流れて行くんだな。僕は今、なぜここに居るのか。なぜ僕は、この道を歩いてきたのかな。なぜ僕は、彼らに出会ったのだろう。これから歩く道は、どんな道なのか。明日はどんな、日が来るのだろう。

 仕事を早々と定時で終えた僕は、これまでの1週間を思い出しながら、約束の場所「Bar Rose」に向かっていた。

 職場を退職することにして。その途端に、新しい会社への面接も決まった。今までよりも小さな会社だけど、こんな僕に、来て欲しいと言う。求められるって、ありがたいことだよな。もう未練なんてない。前を向かなきゃ。新しい道を、切り開いていくんだ。顔を上げなきゃ。
 そう思った瞬間、あの日のカオリさんを思い出した。そう、今から会うんだよな。あの日あの場所で出逢ったカオリさんは、まるで優しい光の中に佇む人だった。カウンターの端に座っていたカオリさんの、その向こうにはステンドグラスの壁があって、優しくライトアップされていた。その光の中でカオリさんは、僕の話を優しく聴いてくれていた。また、あの席で待っていてくれているのかな。

カランカランカラン......

「いらっしゃい」

カウンターの奥からマスターの声が聴こえた。

「こ、こんばんわ......」

「あら、こんばんわ。割と早かったわね。もう少し一人飲みが出来るかと思ってたわよ」

「す、すみません......」

「え?何謝ってるのよ、冗談よ。フフ……突っ立ってないで、ここ、座りなさいね」

「あ、はい、ありがとうございます。あ、マスター、僕もカオリさんと同じウイスキー、ロックで下さい。ダブルで」

やっぱりカオリさんは、あの席で待っていてくれた。ステンドグラスの光がよく似合う。だけど僕はやっぱり恥ずかしくて、その姿をあまり見る事が出来ないまま、この1週間の出来事をカオリさんに話していた。

「僕、あの謝罪の日、キツイこともたくさん言われたんですが、カオリさんが教えてくれたように、受けとれないボールはちゃんと避けましたよ。だから耐えれました。カオリさん、ありがとうございます」

「そうなのね。教えたからってすぐ出来る人も珍しいわよ。頑張ったわね」

 その言葉に僕は思わず顔をあげると、カオリさんはにっこりと優しく微笑んでくれた。なんだか恥ずかしくてまた、僕はうつむきながら話していた。

「僕、あの会社を辞めることに決めたんです。次の日もアイツは僕と目もあわせてくれなくて。でもあそこはアイツの大切な居場所なんです。僕が去るべきなんだと思ったんです。でもそう決めた途端、事情を話していた古い友人から、うちに転職してこないかって声がかかって。そこの社長に話してくれたみたいで。来週、面接に行くことになりました。腹を決めると、物事って動いていくもんですね」

「そうね。あの時のあなたも、腹を決めたようにここに入ってきたわよね。とっても繊細そうな人が来た、って思ったのよ。フフ......あのね......」

 そう言いながら少し笑った後、カオリさんは僕に正面を向いてこういったんだ。

「顔、上げましょうよ、ね。わかってる。恥ずかしいのよね。だけどあなた、とっても良いセンサーを持ってるのよ?顔を上げて相手を見ること。
目を伏せていては大切なものを、見逃すわ。自分の自信のなさや自己否定にひっばられていると気づいたら、顔を上げることよ。純粋さと繊細さを持って生きるというのは、とても大変なことだけれど、ちゃんと顔をあげて生きると、たくさんの素敵なことに出逢える。なんといってもセンサーが優れているんだからね」

 なんだかまた、泣きそうになった。優れたセンサー。僕の気弱なところを、そんな風に言ってくれた人は初めてだった。繊細だとは人からよく言われる。鈍感力とかっていう本をくれた友人もいた。HSPテストだっていつも高得点なんだよな、僕。鈍感になんかなれないって、ずっと悩んでた。だけど......優れたセンサー......そうか。これは僕の武器になるんだ。

「はい。ありがとうございます。下を向きそうになったら、今の言葉を思い出します。僕、新しい場所でこれからまた一歩一歩、頑張ります」

「あなたなら大丈夫。あのね、思うんだけどさ、あなたって人に対して垣根がないのよ。誰に対しても、とっても平等に純粋に接するでしょう?だからね、これはひとつ、わたしからのアドバイス。最初からまだそんなに仲良くもないうちから、とっても親切にしてくる人には気を付けて。あなたにはそういう人、あわないから。距離を取るようにするのよ。これから新しい場所で、それさえ気を付ければ大丈夫。きっとこれからは、あなたを助けてくれる人がたくさん現れるはずよ」

 そんなに仲良くもないうちから親切にして来る人......確かにそうだ。そういう人って、すぐ良い人だと思っちゃうんだよな。姉ちゃんにもいつも心配されてたもんな。確かにそういう人とはその後、もめることになることが多かった。すごいな、カオリさん。占い師みたいじゃん。だけど違うな、カオリさんだって色々あったんだろうな。

「ところでカオリさん、先週会った時に、自宅でプログラミング教室をやってるって言ってましたよね?」

「えぇ、やってるわよ。子供から社会人まで。昔はセミナー的なこともやってたんだけどね、今はこのご時世なのもあって、基本はマンツーマンレッスンよ。」

「そうなんですか!僕、もっと勉強してレベルアップしたいんです!カオリさんがやってるWEB系の言語も勉強したくて。仕事の幅を広げたいんです。僕、通っていいですか?」

「え?来てくれるの?もちろん良いわよ大歓迎よ。ただし、勉強となるとわたし、ビシバシ行くからね!覚悟して頂戴ね」

 そう言いながらカオリさんはいたずらっぽい顔をして笑ってた。僕はそんなカオリさんのいたずらっぽい笑顔に、なんだかわくわくしていた。これから始まる新しい道のりが、楽しいものになるぞって、その笑顔が教えてくれていた。

読んでくださりありがとうございます。
2人でそれぞれの目線から、2人の物語を書きあっています。
マガジンにアップしていきますので、良かったら最初から読んでみて下さいね。
ユウとカオリの物語|https://note.com/moonrise_mtk/m/mafeab246795b


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