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失敗から生まれるデザインの「個性」 ~オイバ・トイッカ : 北欧モダニズムを超えて~

I’m not looking for perfection, I want to be fun.
(私は完璧さを求めるのではなく、楽しくありたい。)
- Oiva Toikka(オイバ・トイッカ)

イッタラのバードやカステヘルミをデザインした、フィンランド人のデザイナー〈オイバ・トイッカ〉をご存知ですか?

日本ではアルヴァ・アアルトやカイ・フランクと比べると知名度は低いものの、フィンランドでは伝説的なデザイナーとして誰しもがその名を知る人物です。オイバが生み出すプロダクトは、いわゆる北欧デザインの「シンプルさ」とは一線を画す、ユニークでユーモラスな表現が特徴です。

今回の北欧デザインコラムでは、これまで日本で語られることが少なかったオイバのユニークなデザインの背景を紐解きながら、彼の「不完全なデザイン」が私たちにどんな影響を与えうるのかということを一緒に考えてみたいと思います。

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1.「北欧デザイン」からの逸脱

みなさんは「北欧デザイン」という言葉からどんなイメージを思い浮かべますか?

アルヴァ・アアルトの家具やカイ・フランクのテーブルウェアが代表するように、「シンプル」「洗練」「機能的」というイメージを連想する方が多いのではないでしょうか。これらのイメージは、カイ・フランクやタピオ・ヴィルカラが1950年代に確立した「北欧モダニズム」という様式に由来するイメージです。

一方で、オイバ・トイッカの作品を見ると、バードやポムポムといったアートピースをはじめ、「不格好」で「ユーモラス」な、北欧モダニズムとは真反対のイメージを抱く方が多いのではないでしょうか。

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オイバ・トイッカが生まれたのは1931年、カイ・フランクらよりも20年遅い時代でした。彼がデザインの道を志す頃には、すでにフィンランドではシンプルで無駄のない北欧モダニズムのイメージが市民権を得ていました。しかし、オイバは既存の洗練されたイメージや手法に追随することなく、独自の個性的な美学を貫くことで、「北欧デザイン」に「楽しさ」の要素を取り入れていったのです。

こうしたオイバの「北欧デザインからの逸脱」はいかにしてなされたのか。そして彼は何からインスピレーションを受け、どのようにデザインに「個性」を生み出していたのでしょうか。次の章では、オイバ・トイッカのインスピレーションの源を探っていきたいと思います。

2.「外」への好奇心
(あるいはフィンランド版「何でも見てやろう」)

1958年、若き日の小田実は、航空券を握りしめ単身アメリカへの旅に出ました。ちょうど時を同じくして、オイバ・トイッカもラテンアメリカと西アフリカへの旅に出ています。オイバはのちにこのときの旅が自身のインスピレーションに大きな影響を与えたと振り返っています。小田実とオイバ・トイッカ、この二人に共通しているのは、まさに「何でも見てやろう」という「外」の文化への「好奇心」でした。

例えば、オイバのガラスアイテムの特徴である「色の重なり」。このインスピレーションはメキシコの伝統的なグラスに由来しています。また、「チーター」の柄に代表される動物柄のモチーフは西アフリカへの旅で着想を得たといいます。

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さらに、オイバは20世紀半ばのアメリカのムーブメントにも大きな影響を受けたと振り返っています。一つはアンディ・ウォーホルらに代表されるポップ・アート。その一つのモチーフである「Flower Power」は、オイバが初期に商業的成功を収めた「フローラ」のシリーズを生み出しました。もう一つは、1950年代にアメリカで起こった「スタジオ・ガラス・ムーブメント(Studio Glass Movement)」。大規模な工場でガラスアイテムを大量生産するのではなく、小さなスタジオでアートピースを製作する動きです。こうした時代の潮流をオイバはしっかりと捕まえていたというわけなんですね。

カイ・フランクのシンプルで洗練されたデザインのインスピレーションの根っこがイギリスのアーツ・アンド・クラフツ、スウェーデンの啓蒙思想、そしてドイツのバウハウスといった西側から生まれた思想にあることに比べ、オイバのインスピレーションは大陸を超え、全世界の文化にその根っこがあると言えるのです。

さらに、もう一つオイバに大きな影響を与えているのは、彼の故郷であるカレリア地方に伝わるフォークロアの文化と北欧神話「カレワラ」です。カレワラに出てくる神々や英雄は、完全無欠な人物像として描かれるのではなく、むしろ人間くささや弱さをも兼ね備えた存在として描かれます。幼少期にカレワラの物語を読んだオイバは、登場人物たちの「矛盾」に面白さを見出したと回想しています。ここで根付いた「imperfection(不完全)」という考え方は、のちのオイバの個性的な創作に寄与していくこととなります。

以上のように、オイバは並外れた好奇心に従って、様々な文化に触れながらそのアイデアを積極的に吸収しようとしてきました。それはアメリカやアフリカという地理的な「横」の広がりであると同時に、民族文化や神話といった時間的な「縦」の広がりをも内包していたわけです。オイバは「知的チャネルが広ければ広いほど、新しくて正しいものを生み出す可能性が高くなる」という言葉を残しています。すなわち様々な文化や思想に好奇心をもち触れることこそがインスピレーションの源となる。「フィンランド版『何でも見てやろう』」。これこそがオイバが唯一無二の作品を創り出すスタイルなのです。

次の章では、オイバの「個性」を形作る独特なデザインアプローチを見ていきましょう。

3.偶然性を取り入れる「ブリコラージュ的」アプローチ

”Baroque is exactly the right word to describe my work."
(「バロック」は私の仕事をぴったりと言い表す言葉だ。)

オイバは自身のデザインを「バロック」と表現しています。「バロック」とはポルトガル語で「歪んだ」を意味する言葉であり、カイ・フランクら北欧モダニズムのデザインに対置する形でそう呼び表わされています。バロックといえば「バロック・パール(歪んだ真珠)」という宝石のジャンルが一部の地域に存在しますが、一般的なパールがジオメトリックで美しい形をしている一方で、バロック・パールはその生成の過程で歪みが生じたもので、一つとして同じ形がない、唯一無二の不格好さに愛着を見出す楽しみ方をされます。すなわち「不完全さ」に「個性」を見出すデザインこそが、自他ともに認めるオイバの特徴であるということですね。

しかし、オイバの作品に見られるような「不完全さをデザイン」することは非常に難しいはず。ではオイバはいかにして作品のアイデアの着想を得ていたのでしょうか?そこにはオイバの「唯一無二性」を生み出す独特なアプローチが存在しています。

“I trust in accidents and misunderstandings.”
(私はアクシデントや誤解を信じている。)

形が複雑なアートピースは作るのが難しく、制作の過程で大量の失敗作が発生します。通常、失敗作はそのまま廃棄されるのですが、オイバは職人たちに「失敗したものを絶対に捨てるな」と命じ、自ら自宅に持ち帰ってその造形や色彩をつぶさに観察していたそうです。つまり彼は「予期せぬ結果」から大きなインスピレーションを受けていたということなんですね。

当時、デザインの基本的なアプローチは「スケッチ」であり、カイ・フランクもアルヴァ・アアルトもまずスケッチを通して「完成図」を決めてから制作を行っていました。こうした手法はいわゆる「エンジニアリング的」であり、設計やグランドデザインを通して「完成」を目指すものです。一方でオイバの手法はレヴィ=ストロースが言うところの「ブリコラージュ的」であり、当初の意図を超えたアクシデントや偶然性を取り入れながら「完成」を目指すものであると言えます。

カイ・フランクのティーマやカルティオといったアイテムは、設計図による「必然性」を前提としているために、どうしても他のブランドのアイテムと似てしまう傾向がある。一方でオイバのアイテムは「失敗」と「偶発性」を前提としているため、他のブランドには決して真似できない造形や色彩を表現できたというわけなんですね。

つまり、寺山修司の「書を捨てよ、町へ出よう」よろしく、机に向かって頭をひねるのではなく、とにかくまずは手を動かしてみる。そして失敗と調整を繰り返す過程で初期のイメージを変化させながら、唯一無二のデザインをつくっていったというわけなんですね。

この「トライ&エラー」のスタイルこそが、オイバの作品の「個性」を形作るもう一つの手法なのです。

4.「不完全」に対する価値の反転
(あるいはルッキズムについての一考察)

ここまで見てきたように、オイバのユニークなデザインの背景には、①「外」の文化や思想に積極的に出会おうとする領域横断的な好奇心 ②アクシデントや偶発性を前提とする独特なデザインアプローチ があることが分かりました。

そんな中で、オイバの一番のエッセンスは何かと言えば、「失敗や不完全さに面白さを見い出した」という点であると私は思います。社会的にネガティブに捉えられがちな要素を「その個体だけが持つ個性」として捉え直す。そうした「価値の反転」の表現こそがオイバの凄みではないかということです。

前述したように、オイバのデザインは「偶発性」を前提としているがゆえに、とくにバードやポムポムをはじめとするアートピースには個体差が強く出るという特徴があります。現在オイバの作品を取り扱っているイッタラの店舗では、在庫の中からお気に入りの個体を選ぶことができますが、その「選び方」に日本とフィンランドの間で興味深い違いがあります。

日本では個体を選ぶとき、「形が整っていて」「気泡と色ムラの少ない」、いわゆる<完璧な形>が好まれる傾向があります。一方で、フィンランドでは「すこし潰れていたり」「色ムラがある」ような、いわゆる<個性的な形>が好まれる傾向が(どちらかと言えば)あるようです。

より身近な例で言うと、日本では「形の悪い」野菜やフルーツは一般流通にのらず「訳アリ品」として選別されますよね。どうも日本にはモノのカタチにおける「価値」を、「完璧さ」に見出す傾向があるように思われます。

先日フィンランドから日本に異動してきた同僚の女性と話していたのですが、「日本に来てから自分のルックスや人からの見られ方が気になるようになった」と言っていたのが印象的でした。スマホや電車の中吊り広告に溢れかえる「美しくあれ!(整形せよ!)」という外見至上主義への脅迫観念は、日々私たちの無意識に「完璧さ=正義」という美意識を植え付けると同時に、私たち自身の中にもルッキズムに近い美的感覚が存在していること、すなわち完璧さに対する共犯関係をこのエピソードは象徴しているように思えます。

しかし、ちょっとしたバランスの悪さや歪みをモノの「個性」として捉え直し、そこに愛着を見出してゆく。そうした「ものの見方」は、見た目主義に陥った私たちに異なる視点を与えてくれるように思うのです。

社会学者の真木悠介は、より良い人間関係を考える上でまず自然との関係性を考え直すべきだという主張をしています。

人間の自然に対する感触が、他の人間への対応の中に反映し、このような人と人との関係が逆に自然を取扱う仕方にあらわれる…草や木や動物たちとの交歓を享受する能力は、同時に人間の関係性への味覚をしなやかに発達させる。
—真木悠介『気流の鳴る音』

真木は自然と人間という有機体同士の相互連関に注目しているわけですが、他方、「自然への接し方が他の人間の対応の中に反映される」という視点は、人とモノとの関係性へも代入できるのではないかと私は思います。つまり私たちの「日々の暮らし」を包み込むインテリアやテーブルウェアをはじめとする「モノ」とどんな関係を築いていけるか、それが人間を相手にした関係性にも反映されるのではないかという仮説です。

現代社会において、完璧なものを良しとする私たちの心情は「信仰」に近いものがある。一方で個性を認めるときの心情には「愛着」の要素があるように思われます。愛着の生まれる場所には、受け手が自らの想いを投影できるだけの余白があるはずで、その余白こそがオイバが表現しつづけた「不完全さ」に通底するのではないでしょうか。そしてモノに対してそうした寛容な見方ができるならば、相手の「不完全さ」を「個性」として捉え直し、そこに面白さや美しさを見出すことを通して、人間関係をしなやかに発達させることにつながるのではないかと思うわけです。

I’m not looking for perfection, I want to be fun.
私は完璧さを求めるのではなく、楽しくありたい。

オイバの「外への好奇心」ではありませんが、自らの文化圏とは異なる場所に確かに存在する「価値の基準」を知ることで、自分たちの価値観を相対化させてゆく。その過程を繰り返すことで「ものの見方」、そして「人との接し方」が洗練され、より良い社会が形成されてゆく。

オイバ・トイッカのデザインは、完璧主義に陥った私たちの価値観に重要なヒントを与えてくれるのではないでしょうか。

おわりに

本稿の内容は、2021年10月末に表参道エリアで開催されたDESIGNART TOKYO 2021に合わせて、イッタラ表参道ストアで私が担当したイベントを元に再編集したものです。

フィンランド・デザインの文脈において重要な存在であるオイバ・トイッカですが、日本における知名度はまだまだ低く、むしろバードシリーズやカステヘルミシリーズというアイテムの方が広く知られているのが現状です。そのため、日本語でまとめられた文献もほぼ存在しておらず、本稿は概論的ではあるものの、日本でオイバに興味を持った方の入口になるような存在になれたらと期待します。

本稿で述べたように、オイバの独特なスタイルと哲学は、先の見えない時代の中で、私たちに大きなヒントを与えてくれるように思います。拙い文章ではありましたが、ここに書かれた何か一つでも、あなたのインスピレーションに新しい風を吹き込めたなら、それほど嬉しいことはありません。

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若き日のオイバとガラスのアートピース

<参考文献・資料>
・『Oiva Toikka Glass and Design』(2007)
・https://www.apartamentomagazine.com/stories/oiva-toikka/
・https://www.glassbirds.com/oiva-toikka-video1.html
・https://www.meillakotona.fi/artikkelit/oiva-toikka-oli-taiteilija-jolle-tyo-merkitsi-hauskanpitoa-tallainen-oli-rakastetun-lasitaiteilijan-elama
・http://mid2mod.blogspot.com/2011/03/oiva-toikka-interview-birds.html

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