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積み荷の分際 第7話
「有意、お前けっこうヤバい状況だぞ」
ハンドルを握った鴻上が他人事のように笑った。
「どうヤバいんですか?」
「中央病院に見舞いに行ったけど、完全に面会謝絶だったぞ。駐車場にパトカーが数台停まってて、事件の匂いがぷんぷんした」
「誰もお見舞いに来てくれなくて泣きそうでした」
在沢はちびちびと微糖のコーヒーを啜った。先程、脇腹に押し付けられた硬いものは、すっかり温くなった缶コーヒーだった。
「ガミさんがLiSAを回収してくれたんですか?」
「ああ。白衣を着て医者のふりをして、邪魔な奴らを押し退けてな。リサをかっぱらって、とっととずらかってやったぜ」
ミーヴが道路標識に激突した後、柊木政務官の安否を心配した取り巻きたちが一斉に駆け寄って、野次馬をシャットアウトする壁のように包囲してしまった。政府関係者でなければおいそれとは近付けぬと悟った鴻上は、手持ちの白衣を羽織り、高らかに叫んだ。
「私は医者だ! どけ、素人は引っ込んでろ!」
鴻上の怒号に呼応して、取り巻きの壁が左右に割れた。頭部を殴打して気絶していた在沢と柊木の意識の有無を確認するふりをしながら、まんまとLiSAの回収に成功した。
「貴様ら、何をぼーっとしている。一刻を争う事態だぞ。さっさと救急車を呼べ!」
叫びながら群衆に紛れた鴻上は試験走行場から立ち去った。
鴻上はいかにも武勇伝のように語ったが、通りすがりの医者は、ふつう白衣を持ち歩いていないだろう。
「なんで白衣を持ち歩いているんですか、ガミさん」
「備えあれば憂いなし、ってな」
アニメソングが間奏に入り、車内がふと物静かになった。在沢は告解室で神父に罪を告白する敬虔な信者のような面持ちとなった。
「警察に事情聴取されました。俺がアクセルとブレーキを踏み間違えたから、人が死んだって言われました」
在沢の目からぽたぽたと涙がこぼれた。
「ガミさん、俺、アクセル踏んでないです」
絶対に事故を起こさない車を設計したはずなのに、あろうことか、テスト走行中に人を轢き殺してしまった。罪のない人の命を奪ってしまった。人工知能が運転を代行していたとはいえ、監視役であった在沢にも相応の罪の意識は生じた。
「俺、殺してないです」
在沢の心を代弁するかのように、寒々とした曲が流れた。
「ああ、そうだといいな」
鴻上は窓の外を見やると、素っ気ない調子で言った。
「ガミさんも俺がやったって思ってますか?」
「さあな。それはまだ分からん」
鴻上は外の景色を見続けており、在沢とは視線を交わさない。
ライトバンは人気のない畦道をのろのろと走っていく。対向車もなく、見渡す限り畑だらけで、遠景に筑波山の山肌が見えた。
旧知の仲である鴻上が運転する車だから、何の疑いもなく乗り込んだが、この車はいったいどこに向かっているのか見当もつかない。
「これ、どこに向かっているんですか。もしかして警察ですか。俺が殺したって自白しろって言うんですか」
在沢はシートベルトをがちゃがちゃと触り、慌てて外そうとする。
安全を守るための拘束が、犯罪者を移送する際になされる手錠と腰縄のように思えてきた。
「落ち着け、有意」
「落ち着いてられませんっ!」
もたつきながらもようやくシートベルトを外した在沢は、助手席のドアを開けようとする。しかしドアロックされており、手動では開かなかった。
「ガミさん、止めて! 俺、ここで降ります! 止めてください!」
腹の底から絶望が込み上げてきて、車内に流れていたはずの音楽が何も耳には聞こえてこない。在沢はありったけの声で叫んだが、ライトバンはガタガタと揺れながら荒涼たる道を進んだ。
「ガミさん、俺、アクセル踏んでないです」
在沢はがっくりと虚脱し、観念したようにぽつりと呟いた。
「俺、殺してないです。……たぶん」
「なあ、有意。お前、もしかして知らなかったのか?」
鴻上は車を急停止させると、取り乱す在沢を笑い飛ばした。
「アクセルとブレーキを踏み間違えたかどうか、そんなのはEDRを調べれば一発で分かるんだぜ」
「なんですか、それ……」
在沢は、きょとんと目を丸くした。
「やっぱり知らなかったか。お前、人工知能には詳しいけど車にはさっぱり興味ねえもんな」
「ええ、まあ……」
《はぁぁーーーーーーーーいぃぃぃ。知らないでぇえええすぅぅ。だってえ、ユイはただのAI野郎だもぉおおぉん》
空気を読んで沈黙を守っていたはずのLiSAが大笑いしている。こんな明け透けなギャルじみた口調で喋るように学習させたつもりはないが、ちょっと見ない間に鴻上に仕込まれたのだろうか。
「リサ、うるさい。ちょっと黙ってて」
《はぁぁーーーーーーーー? あんた、命の恩人のあたしにそんな口きいて良いと思ってんの?》
「だからリサ、うるさいってば」
《うるさいって言う方がうるさいんだぞ。ばーか、ばーか》
ギャル化したリサがきゃんきゃん吠えているのがうるさくてしょうがない。キンキンした金属的な声が脳に響くので、リサの電源をオフにしようとしたところ、鴻上に止められた。
「ちょい待ち。お前の窮地を本当にLiSAが救うかもしれねえぞ」
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