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なぜ学者ではなく聖母を選ぶ?〜『ロモラ』を読んで雑記〜

noteで何度も取り上げるほど、私はジョージ・エリオットが大好き。
今回はそんな彼女の唯一の歴史小説で、フィレンツェを舞台にした壮大な物語『ロモラ』の古本を取り寄せ。

「認められなかった女」が「聖母」となる

主人公ロモラは全盲の父と暮らしている。ある時は歴史書を朗読し、ある時は夢半ばで研究を断念したことを嘆く父親を慰める生活を送っていた。
夫のある裏切りに心を痛めたロモラはフィレンツェを去る。
彼女はたどり着いた島で献身を尽くし「聖母」として崇められることになる。
あらすじ

ロモラは豊かな教育を受けながらも、女であるという理由で、研究の継承者として父に認められない。
また、語り手に「父の世界しか知らない無知な娘である」と評される。

そして彼女は「カッサンドラ・フェデーレ(実在の文学者)のような学者になる」と豪語していたのに、新天地で職業人でもなく、「聖母」となり人々の救済に心を砕く。

なぜ????と疑問なのだった。

慈善事業の起源と報酬

ヴィクトリア時代において、上・中流階級に属する女性たちが家庭に閉じ込められていたのは周知の事実だ。
豊かな教育を受ける一方で、常に家庭に心を砕くことを求められた上流階級の女性たちは、「なにか社会のためになることをしたい」と願っても叶えられなかった
彼女らが持て余した情熱を向ける先として、修女会のような宗教共同体があった。

女性は説教を聞くことしか許されなかったイギリス国教会と比較して、「女性にも仕事を与える」組織であるローマ・カトリックは、志のある女性たちの注目を集めた。
そのため、こういった事業にはそもそも女性たちを経済的に独立させる意図はなかったのである。

「クリミアの天使」の経済状況

人々の痛みに寄り添ういわゆる母性を重要視する仕事としては、看護師が挙げられるだろう。
「クリミアの天使」として名高いF・ナイチンゲールは、上流階級の出身でありながら看護師をプロフェッショナル職として確立した。
少女時代に享受した質の高い教育の成果を存分に発揮し、統計学の祖とも言われるが、看護師としては無給であった。

彼女の年間の生活費500ポンドは父親が負担していた(これは、彼女と折り合いの悪かった姉のパーセノープとを引き離す目的もあったという)。
そして、彼女自身もこのことを自覚している。

福祉分野は、起源から1人の人間の経済的独立を保証する仕組みになっていなかったし、家庭の財力に依存できる者に対して間口が開かれていた。

エリオットのキャリアと報酬

エリオットは中産階級の生まれ。父の勤務先の蔵書を自由に読み、また語学については教師をつけてもらうなど、学習の機会に恵まれた。

32歳のときに文筆で生計を立てることを決め、その後ロンドンで雑誌「ウェストミンスター・レヴュー」の実質の編集者となった。

37歳で『牧師館の情景』をとりかかりとして小説を書き始め、次作『アダム・ビード』は多言語翻訳の契約となるなど、作家としてのキャリアは滑り出しから好調だった。
『ロモラ』は出版社から1,000ポンドの額を提示され、最終的に彼女は700ポンドを受け取ったという。

彼女自身は、女性が自力で生計を立てるという面でも、受けた高度な教育の成果を「たしなみ」に全振りせずに自立に生かすという面でも「新しい女」だった。

ロモラは学問の世界で生きられなかったのか

ロモラは学者である父親の研究を手伝うことができることからわかるが、かなり高レベルの知識を有した女性である。
では、なぜエリオットは、ロモラに自分のような「知識を活かせる職業」を選択させず、利益追求もさせなかったのか?

エリオットの著作のなかで、ロモラの父と同じく研究の大成という夢半ばでこの世を去る人といえば、『ミドルマーチ』の主人公ドロシアの夫、カソーボンである。

ドロシアは、父親のようになんでも知っている人を夫とすること、そして夫の研究を手伝うことを望んでいた。
しかし、カソーボンは研究の合間の癒しを求めていたのであって、助手を望んでいたのではなかった。
この点では、ロモラと父の関係と似ている。

また、男性のサポートという点では、『ジェイン・エア』とも『オーロラ・リー』とも共通である(しかも男性が全盲というところまで一緒)。

カソーボンが病に倒れ亡くなった後、ドロシアは青年活動家のラディスローと再婚し彼を支える。
彼女も、カソーボンの研究を引き継ごうとは思わなかったようだ。
ロモラもまた、父親の蔵書が売り払われてしまうことを悲しみはするものの、蔵書を買い戻したり、あるいは活用して研究を大成しようとは考えなかった。

また、ロモラをフィレンツェから逃避させ、全く新しい土地で成功させるというのは興味深い。

エリオットの女性観には、まだまだ深入りできそうな予感。

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