骨付鳥

私の暮らす街には、有名な骨付鳥がある。
先日、はじめて恋人と一緒にその店に行ってみた。夕方通りかかる時は開店前から長蛇の列ができており、とてもじゃ無いけど並ぶ気にはなれない。

『この近くさ、骨付鳥の店あるんじゃない?お昼そこにしよっか。』

『あー、でもあっこ、めっちゃ人おるんじゃない?』

と言いつつ、のぞいてみると、お昼時はそうでもなく、すんなりと入店ができた。
案内されて席に着くと、恋人が適当に注文を済ませてくれた。
私は飲食店で注文をするのがとても苦手だ。
『すみませーん』のタイミングもわからず、メニューの名前を言ことすらとても恥ずかしい。
恋人は知ってか知らずか、たいていの店で私の代わりに注文をしてくれる。
ありがたい反面、もう少しメニュー見せろよ、と思う時が時たまある。

この前日、私は恋人のある言動にとても腹を立てており、(一方的に)気まずいまま今日を迎えた。移動中の車の中でも、店を探す時でさえ、ほぼ口を聞かず、あー、とか、へーとかそういう生返事のみで、私はまだお前を許していない。とあからさまに子供のような態度をとっていた。
一方、恋人はというと、
『ここ、前に同期ときてさー』
とか、
『こっちの方が柔らかいから、こっちにしといたよ』
とか、知ってか知らずか、普段より優しい口調で私に話しかけていた。

20分ほど待って、届いた骨付き鳥。
店員さんに、『かぶりついてお召し上がりください』と言われ、初デートがここだと、結構ハードル高いよなと、考え、隣の席のカップルをみた。いかにも初々しそうなカップルで、ものすごく控えめに、箸を使って肉をほぐす彼女と思わしき女性を見て、これ、どっちが選んだデートコースだ?と言いたいところをグッと抑えて、私は骨付鳥にかぶりついた。

ピリッとしたスパイシーな味。ものすごく熱かったものの、あー、そうだな、これはかぶりついた方がより美味しく感じるやつだ。と、店員さんに目線で伝える。恋人が一緒に頼んでくれたおにぎりも間で挟む。これはおにぎりが喜ぶ味だなと、今度は恋人に目線で伝える。
うまいじゃないか。と思いつつ、恋人の顔を見ると、やはりどうしても昨日のことを思い出し、ムスッとした顔しかできないまま、また肉にかぶりついた。

『ここ、2人で来るの初めてやな。』

と、恋人が急に言うので、『ぁえ?』と言うようなすっとんきょんな声がでて、油まみれの私の口元をみて恋人が笑った。
恋人はこのセリフをよく使う。
『ここは前にきたよねー、あれが美味しかったね、思い出だねー』
とか、
『ここまだ、2人できたことないね!まだまだ、行きたいところいっぱいあるね!』
とか、
そういう、ちょっと照れくさいようなことを言ってくる。平然と言ってくる。恋人は記憶力がよく、昔したこととか、言ったことをよく覚えている。一方私はというと、1週間前のことですら怪しいほど記憶力がわるい。

『そうねー、初めてやね。家族で昔来たことはあるけどねー』

と、そう返し、もっと色々あったやろ。と自分のことながらつっこんだ。

『また、増えたね一緒に行ったところ』

『うん、そうやね』

段々と減っていく肉に、またかぶりつく。

こうやって、私は、恋人に絆されていくんだな。
次にこの骨付鳥を食べに来た時は、
『あの時、私は怒ってたんだけど!』
って言えるように、今日のこと覚えておこう。


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