見出し画像

札幌マラソン

ハーフマラソンのスタート地点は真駒内にある陸上競技場だった。真駒内から向かうとき、何か懐かしい感情を覚えた。過ごしやすい気温、澄んだ空気、一つの場所へと人が集約されていく。

ああ、そういえば野球をしていた頃もこんな感じだった。
それは遠い記憶だった。もう6年くらい前になるだろうか。あの時は試合に出るわけでもなく、ただ漫然と向かっていた。
少しだけ高揚しながら球場へ向かうのは実に10年ぶりだ。

いつの間にか、野球は10年以上遠くの場所に消えてしまった。
ただ、断片的に残っているものがある。

僕は野球の練習が好きではなかった。というよりも自分が何をすればもっと良いピッチャーになれるのかがわからなかった。
野球ボールを投げられない。筋トレしても食べたら全部吐いてしまう。
投げる技術も、身体を大きくする努力もどちらも叶わない。

だから、気づけば走っていた。長い距離を走ると苦しい。苦しんだ分だけ報われるような気がしていた。甘い考えである。

スタートの1時間前に着いた時、真駒内の競技場にはすでにごった返すほどの人がいた。会話をしながらストレッチをしたり、アップで走り出している人がいる。

僕はいつも通りトイレを済ませ(そのトイレ探しにはいつも通り盛大な工夫と知能があったのだが、本筋とは関係ないのでカット)、スタート地点に向かった。

1ブロックにおそらく1000人ほどいる。僕はDブロック。スタート地点で既に3000人以上は前にいた。

これは最初の2、3キロは団子だろうなあ。

そんなシミュレーションをしていると、音声が会場に響く。

『この前、20キロ走ってみようと頑張ったんですけど、10キロでリタイアしちゃったんですよ』
どうやら、開始前にラジオ的な(解説・実況的な)ものを流すらしい。

それにしても、
内容がつまらない。そもそもお前は誰だ。ラジオを舐めるなよ。普段走ってないんだから、走れるわけないだろ。まだ小学生時代の恋バナされた方がよほどマシだわ。

などと心の中で悪態をつきながら、時間を潰した。

『スターターを務めますのは、札幌市長の〇〇です』

とアナウンスされた時、まばらな拍手が起きた。
僕の隣で待機する夫婦が会話をする。
「北広島市長の時は盛り上がってたのに、札幌市長は盛り上がらんねえ」
「支持率の違いよ」

マラソンを走るだけなのに、政治的な評価まで下されるのは世知辛い。

スタート音が鳴る。しかし、当然列は進まない。
1分程度、立ち往生だった。
それからノロノロと進み出した。
仕方がないので、札幌市長に一度手を振った。

それにしても、
誰だあいつは。僕も知らなかった。

列は順調に進んだ。少し風があり、気温が高めなことを除けば、コンディションは良好だった。お腹のコンディションも良好だった。少し小便感はあったので、どこかで行くことになるだろうが、その程度で揺らぐほどではない。

脚の動きも比較的よかった。前回の北広島のハーフでは序盤に突っ込みすぎた結果12キロ付近で足が止まり、なんとかゴールまで漕ぎつけた。
今回は、序盤は抑え気味でいこう。5分45-50秒くらいで入れると良い。

しかし4キロ付近だった。膠着状態が解けてきて、段々とスペースが空いてきた。前の人を抜かせるようになってきた。

「〇〇、がんばれー!」
と沿道の女の人が応援する。それに手を挙げ、応える〇〇。
僕はムッとした。僕には、声援をかけてくれる人は誰もいない。いつも一人だ。

自分の中の悪い虫が出た。〇〇を抜く。楽しくなってきて、また別の人も抜く。それが心地よくなりどんどんとペースを上げていった。
いける気がするな。
そう思ってしまってからは遅い。序盤で人を抜く行為には疲労が付き纏う。まだ密度が高く、右に左に移動しながら進むため、脚への無駄な負担がかかるのだ。

僕はそうとは知らずに快調に飛ばした。

7,8キロ地点。自分が進む道と、対向からこちらへ向かってくる道があるところだった。巨大な片側一車線ずつの道路といえば伝わるだろうか。

逆サイドには、給水所があった。

可愛い子いないかなあ。
僕はキョロキョロしながら探す。大通(街中)に入ったからだろうか。沿道で応援する人、道を歩く人は若めの可愛い子が増えている。もちろんその視線も声援も僕個人に向かれてはいない。

その時、

「吉野!!!」

声が聞こえた。
ん、聞き間違えか? 僕は確かに吉野だ。そして僕に向かってその声は投げかけられた気がする。札幌に友達はいない。正確には二人いるが、一人は帰省中であるし、一人はこういう時に沿道にいるタイプではない。

僕は走りながら首を捻り、声の主を探した。

手を振っている人がいる。

誰だ。よくわからない。

再度、じっと目を凝らす。

あ、

職場のおじさんだ(直属ではない上司)。

ちなみに逆サイドの給水所にて、ボランティアをやっているらしい。

僕は走っている。逆サイドのおじさんからどんどん離れていく。
手を振り、言った。
「頑張りまーす」

ふう。可愛い女の子ではなかった。

が、意外とおじさんの声援も悪くない。力が出てきた。
どうやら僕は、

寂しかったらしい。


大通の平坦な道を走り続ける。脚はまだ動いている。

尿意を催してきた。走り出してから45分(9キロ)ほどが経過していた。
おそらくあと30分は保つが、あと1時間は持たないくらいだ。

僕はトイレを探る。脳内に地図を広げ、おそらくこの後進むであろう道筋を考え、走っていた。

この辺にトイレがあるな。そう思ったところには公衆トイレがあった。
黄色い侵入禁止テープと警備員のおじさんがいた。

僕は警備員のおじさんに言う。
「トイレ行ってもいいすか?」

「どうぞ」

と言われる前に僕は侵入禁止テープを超えていた。もちろん侵入禁止と言っても大層なものではなく、むしろ走行レーンに一般人が入らないようにするためのものだ。

ランナーがトイレを使う分には問題ないだろう。

僕はトイレに向かいながら、数を数える。

いーち。にーい。さーん。……

何秒ロスしているかを計算するためだ。

にーじゅう。と数えると同時にトイレを飛び出し、レーンに戻った。
約20秒のロスか。さっきまで近くを走っていた黄緑色ウェアの可愛い子は見えないほど前方まで行ってしまった。

トイレの探し方、決断の仕方、時間短縮の仕方、僕はこれを20年以上やっているプロだ。もちろん負けるわけがない。

ちなみに手は洗わなかった。これが時間短縮である。

レースは続いた。折り返しをして、街中を再び走る。普段は足を止められてイライラする信号も待つ必要はない。気持ちいい。

職場のおじさんがボランティアをしている給水場に到達した。約11キロ地点。

一応おじさん(スポドリ担当)の近くまで行こう。
水を受け取り、スポドリ付近まで行く。

おじさんがいた。

「おお!」おじさんの感嘆。
「頑張ります!」僕の決意。
「ごぼう抜きしろよ」おじさんの無茶。

その程度の会話だった。おじさんの横に職場の人が他に2名いて、その人たちからも激励を受けた。

僕は意外と一人じゃないらしい。

給水所を越えて、走りながら思った。

でも、やっぱり可愛い子に微笑まれたいなあ。


そして僕は自分の状態にも気づいていた。脚の疲労が蓄積されてきている。脚の筋持久力とでも言おうか。それが著しく落ちている。現役時代であれば、もう少しスピードも持久力もあった。最近はよく走っているが、長い距離を走っていない。3-5キロが多いため、10キロ以上になるとまだ耐性ができていないのだ。


川沿いの平坦な道をただ進む。すでに12キロを越えていた。時間も1時間を過ぎた。
大体あと50分以上走ることになる。身体は思うように進む状態ではない。

ここは耐える。ただ足を前に出すことに集中するのだ。それを30分続ければゴールまでの計算ができる。

僕は進んだ。どんどんと抜かれていく。もちろんスマホを持っていないから、ラジオや音楽を流すことはできない。

退屈だ。

走る時、複雑な思考はできない。

でも僕は、この退屈な時間が結構好きだった。

世の中は、みんな大層なことを言う。綺麗事を言う。それが綺麗事だと理解しないまま言っている。何かを諦める。諦めたことを肯定する。何かとの折り合いをつけて生きる。

それらが嫌いだ。嫌いなのだ。
僕は綺麗事を本気で言ってほしい。
諦めたことに対する悔しさを忘れないでほしい。
欲しいものを欲しいと言ってほしい。

僕はそういう人でありたい。

苦しい時、人の思考は限定される。
だから走る時、本当に大事なものだけが浮き彫りになる。

上半身はすでに乳酸による疲労で動かない。脚はとりあえず進んでいるが、止まってしまえば進まなくなる。

でも、僕は進んでいる。
なぜ進むのだろうか。

自分に問いかける。だが、もちろん結論など出ない。
苦しい身体では答えを出すことなどできないのだ。

沿道からは声援が聞こえる。誰か個人に向けてのものではない。みんなに向けてのものだ。そういう声援も沢山混じっている。

遠くから小さい子供の「がんばれー」という声が聞こえる。
手を振っている。

僕も振り返す。少しだけ歩幅が大きくなる。もちろんすぐに歩幅は戻る。何かの効果は一生続かない。

「頑張れ」という言葉が好きでない時期があった。頑張っていた。頑張ろうとしていた。でも頑張れない。そんなことは振り返れば、いっぱいあった。

でも結局、僕は誰かの「頑張れ」に救われて生きている。

そして僕もまた、誰かに言うのだ。

「頑張れ」と。

そうしたサイクルで回っていく。走るとそういうことがただ漠然と見えてくる。だから走ることは結構好きなのだ。

そんなポエムを考えていた。
ここまで足を進めた原因は幼き子供の声援に他ならない。

ありがとう。幼き子供よ。

そういえば、僕は昔から好きな女の子を前に走らせながら(脳内で)、それを追いかけるように走っていた。追いつくことはなかった。追いついたら、歩を止めてしまうから。そんなことをしながら長距離を走っていた人が僕以外にいるのだろうか。

高校時代、僕は何百キロ、何千キロとそうやって進んできた。現実でも、彼女に追いつくことはなかった。きっとそういうものなんだろうな。

一応、今回も脳内で彼女を走らせてみた。なぜか前方を追いかける形ではなく、僕の横を走らせた。話しかけようと思った。

でも、それはやばいやつだ。あまりに女々しい。だから流石にやめた。

「幸せか?」「やりたいことはあるか?」「仕事は楽しいか?」
そんな言葉が浮かんできては消えた。

ほんとは横を走りたかったのだとわかる。
そんなしょーもない諦めを僕は抱えている。

僕は横を走ってくれる人が欲しいみたいだ。

欲しいものを欲しいと言うのはなかなかに難しいらしい。


結局、思考が「なぜ頑張るか」「なぜ生きるのか」「誰かを好きになることについて」を堂々巡りしていたら、残り3キロになった。

あと18分くらい。やっと終わる。

もう疲れたよ。
疲れてゴールしても僕を待つ人はいない。そんなことは分かっている。


僕はやりきれないタイプの人間だ。ラストスパートが苦手だ。

林修は言っていた。
「最後までやり切って受かった①」
「最後までやりきれなかったが受かった②」
「最後までやり切って落ちた③」
「最後までやりきれず落ちた④」

今後の人生において一番まずいのは②だ、と。頑張り切らなかったのに結果が出てしまった人は、今後の人生でもこのくらいでいいかと思ってしまう、みたいなことを言っていた記憶がある。記憶は定かではないが。

でも、僕は甚だ疑問だ。
全ては総合点で決まる。

残り一ヶ月必死に勉強したところで、それまでやってなければ受からない。
最後の1キロを必死に走ったところで、それまで速くなければ勝てない。

僕はもう開き直って生きている。最後ができないなら、それまでをできる人になればいい。そう思っている。

でも、頑張れるようにもなりたい。

書けないとか書かないとか、もう飽きた。

僕は書きたい。人の心を震わせるような話が書きたい。あの子が涙する話を書きたい。自分自身が心からガッツポーズできる話を書きたい。

最後に手を抜く人間に、人の心が震わせられるだろうか。
27歳にして、思考を固定してもいいのだろうか。

きっとダメだ。だから僕は最後まで走り抜ける人間になりたい。


残り1キロだった。それまで上りが続き、脚は限界だった。
でも、僕は力を振り絞った。幼き者の声援も、彼女の幻想もそこにはなかった。

ただ走りたいから、走った。
残り1キロは誰にも抜かれなかった。ただ前にいる人たちだけを抜き、進んだ。

ゴール直前、雨が降ってきた。

その雨に意味なんかなかった。意味を付与するのはきっと自分自身だ。
そして僕はその雨に意味なんか付与するつもりはない。

僕はゴールした。

ただ約21キロを走っただけだ。大した記録を出したわけでもない。何かの答えが見つかったわけではない。
最後のスパートをかけ、最後まで「頑張る」ことができただけだ。それに意味を付与するかも自分次第でしかない。

僕を待っている人は誰もいなかった。
黄緑色ウェアの可愛い子にも追いつけなかった。

一人で寂しく帰路をゆく。痛む脚を引き摺り、真駒内駅に向かっていく。

真駒内駅からはおしゃれをした若くて可愛い女の子大勢が、僕の来た方へと向かってくる。

ああ、そういえば今日はキンプリのコンサートが競技場の隣の施設であるんだったな。だから沿道に可愛い子がいっぱいいたのだ。

そのことにふと思い当たる。綺麗に着飾った女性たちとランニングウェアの僕はすれ違う。誰も僕を見ない。

そんなもんだ。

そのことにも意味なんかない。


僕は電車に乗った。座る時に膝がキシキシと音を立て、膝が曲がるまでに時間を要した。

「どっこいしょ」と座った時、僕は気づいた。

まだ手を洗っていない。

僕は思った。

まあいっか。


人生2回目のハーフマラソンはこうして終わった。

もちろんこれといって意味のある収穫はない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?