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【怪談実話116】二本の井戸

十八年前、十代だった裕子さんは当時の彼氏A、男友達のB、Cと夜間にドライブに行った。Aの運転で彼の地元の田舎に向かい、車内では音楽を流してカラオケボックス状態で楽しみつつ、道中で狸や猪を見かけては皆子供のような声を上げていた。漆黒の田園地帯を直進していると、久し振りに信号が見えた。赤信号のため、車は止まる。

停車中、Bが「なぁ、あそこって何なん?」と指を差しながら訊いてきた。Bが言う方向に目を向けると、薄暗い木々の中に鳥居が見える。「行ってみようや」とCが促し、鳥居付近まで車で行って停車し、皆で敷地内に歩いて入った。古びた神社だ。

懐中電灯も所持しておらず、周囲は月明かりでぼんやりと見える程度。興奮気味のBとCは、どんどん先へ進んで行った。裕子さんとAは、ゆっくりと歩いて鳥居に向かう。Aの地元だが、彼もその神社を知らなかった。鳥居をくぐり抜けて少し歩いた右手側に、裕子さんは見慣れない光景を目にした。

──近距離で並べて配置された、二本の井戸。
それらはそれぞれ円形で大きさが僅かに異なり、両方とも蓋で覆われている。
井戸と井戸の間には、ほとんど隙間がない。

井戸を横目に見ながら前に歩いていると、奥まで進んでいたBとCが「ヤバめの祠があった」と楽しげに叫びながら走って戻ってきた。満足気な彼らと合流し、皆で車に向かって戻っている途中、最後尾を歩く裕子さんは自分に向けられる視線を感じた。足を止め、辺りを見回す。

すると、二本の井戸の方に人影が見えた。不思議と恐怖感はなく、薄暗さにも目が慣れていたため、目を凝らした。

薄緑色のジャケット。白色のスラックス。小綺麗な出で立ちの老齢の男が、井戸と井戸の隙間に直立している。その狭い隙間に人間が立つのは不可能なため、生者でないと彼女は悟った。男の足元は透け、井戸と重なって目に映る。

「顔の右半分が頭から頬骨の下までグシャグシャに崩れてて、えぐれてるようにも見えました。その人は、何かを訴える様子も動く様子もなく、じっと私を見つめてました」

裕子さんが「彼」を立ち止まって眺めていると、先に車に戻っていたメンバーから「おぉい。車だすぞ」と急かされた。彼女は鳥居をくぐって車に戻った。

もしかしてあの人、井戸に飛び降りたんかな。だから、あんなに顔がグシャグシャになってたんかな……。

車中でそんなことを考えながら、その夜のドライブは終わった。
彼女がその神社に行ったのは、それっきりだそうだ。

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