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【人が怖い実話10】ヤクザを殺したカタギの男

1952年(昭和27年)、私の父方の祖父が47歳のときに体験した話。

その祖父は私が幼い頃に亡くなったため、ほとんど記憶にない。本エピソードは父親からの伝聞録となる。祖父は島根の田舎で酒屋を営んでおり、その地域では顔が広かったらしい。

・・・

それは、夏祭りの日だった。

「かくまってごせ(かくまってくれ)」

知人の農家の男性Aさんが、青ざめた顔で祖父の酒屋に駆け込んできた。とりあえず祖父はAさんを店の奥の居住スペースに連れていき、事情を聴く。

当時、島根の東部には「安達組」という暴力団(山口組の傘下)が城を構えていた。その組員らが夏祭りに来ている最中、Aさんは組員のひとりを殺害してしまったらしい。因縁をつけたつけないといった揉め事から殺人に至ったようだが詳細は不明である。

他の組員らはAさんの犯行だと知っており、血眼で彼を追跡しているという。警察よりも先にヤクザに捕まったら、どんな目に遭うのかは容易に想像がつく。夏祭りが血祭りになろう。

殺人を犯したとはいえ、状況が状況だけに自分を頼って逃げ込んできた彼の懇願を無碍にはできない。
そこで、組員の追跡が落ち着いたら自首するという約束で、匿うことにしたそうだ。自宅奥の母屋に隠れるよう、Aさんに促した。

数時間後。ガラガラと店先の引き戸が乱暴に開けられる音がした。

「のぉ。ひと捜しとるンんやけどぉ」

明らかに苛立ちを感じさせる、ドスの効いた低音の男の声が店内に響き渡った。祖父が応対に出る。一目でヤクザと判別できる、15人ぐらいの野朗集団が店先を占拠していた。

狭い集落のため、組員らは一軒一軒しらみつぶしに当たってAさんを捜索していたのだ。

血相を変えた荒くれ者の大群に囲まれ、自分が匿っている相手を捜している状況。私がその立場なら、脚がすくみ生きた心地がしないだろう。

ところが、祖父は全く怯むことなく「Aさんの所在は知らぬ存ぜぬ」を貫き通し、大勢の暴力団員らを一歩も居住スペースに入れずに追い返したそうだ。

結局、時間にして半日ほど祖父はAさんを匿った。その後に彼は無事に自首したという。

「もしAさんを匿ってることがバレてたら、只じゃ済まなかっただろうな」

感心した口調で、父親は話し終えた。




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