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【取材した怪談218】彷徨う叫び

男性K氏が二十代の夏、兵庫県内のラブホテルに彼女と車で赴いた。彼はTシャツに短パンでサンダルの出で立ちだった。受付で■■号室を選び、エレベーターに乗って上階に上がり、その部屋に入室した。洗練されたシックなデザインの部屋で、ベッド、ソファ、テーブル、テレビが並べてあった。

部屋を真っ暗にしてソファに並んで座り、彼女と甘い雰囲気を愉しんでいた、その時──。

おおおおぅおおおおぅおおお

彼らの後方から、中年男性の断末魔のような声が接近してきた。その声の塊は二人の間を通り抜け、部屋中を縦横無尽に飛び回った。「この世に対する未練が感じられた」と彼は顔を歪めながら振り返る。時間にして三十秒から一分の間、その叫び声は部屋中を飛び回り、最後は天井の方に向かってスーッと消えていった。

K氏らはパニックに陥った。慌てて部屋の電灯を点けてテレビの電源を入れる。今の何や、と彼がおののくと、「ゆ、有線ちゃうかな……」と彼女は怯えた表情で言葉を絞り出した。──が、本当にそう思ってないのは明らかだった。
結局その後すぐにチェックアウトして、車に乗り込んで逃げ帰った。

ちなみに、彼がソファに座った時、「床がビシャビシャに濡れていた」という。スリッパに通していた足の一部が床に接触した際、濡れた感触があったそうだ。この濡れていた件は、後から思い出したとのことだった。

時計の針が進み、それから十数年が経過した。
K氏の友人がそのラブホテルで清掃のアルバイトを始めた。友人によれば、■■号室の清掃をする時だけ、必ず複数人で行うことになっているそうだ。

このラブホテルは現在も営業している。

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