見出し画像

【取材した怪談話131】別れの合図は『少年ジャンプ』

中学二年生といえば、反抗期真っ盛りの時期である。
当時の雅史さんも例外ではなく、深夜まで友人らと外で溜まり、日付が変わってから帰宅することもザラだった。自宅から徒歩二十分程度の公園で、夜な夜な友人らとキャッキャと無駄話を交わして過ごすことが多かった。

公園の上方の山の斜面には、墓地が広がっている。

ある日の夜、いつものように公園で雅史さんは友達二人と駄弁っていた。十二時を過ぎた帰り際、ふと彼がその墓地に視線を上げると、女の姿が見える。彼らが居る地点から女の位置まで百メートル弱の距離があったが、女の場所は街灯で照らされており、かつ視力二.〇だったため、くっきり視認できた。

「服装は白いワンピース、髪が胸ぐらいまで。身長は百五十~百六十ぐらいでしょうか。墓と墓の間の通路に立ってて、表情までは分かりませんでした」

雅史さんは感受性が強く、「視える」性分であったため、その女も生者でないとすぐに理解した。その時は友人らには何も言わず、その日は帰宅した。

後日、同じメンバーで夜中にその公園で集っていた。日付も変わり、そろそろ帰ろうとした時に墓地に目をやると、また同じ女が同じ場所に立っていた。

「なあ、あそこに女の人が立ってるの見える?」

女が立っている場所を指差しながら、雅史さんは友人らに訊いてみたが、ふたりとも「いや、見えない」と頭を横に振る。

そんなことが、公園に行くたびに続いた。毎回、墓地を見るとその女は同じ場所に立っており、雅史さんにしか見えない。

雅史さんが初めて女を見てから五回目ぐらいの時。同じ公園で友達と駄弁っていると、友達のひとりが「お前が見てる女って、もしかして、あのへんに居る?」と墓地を指を差しながら雅史さんに訊いてきた。

「そうそう。服、何色か分かるか?」
「白」

最初は見えなかった友達のひとりが、女を認識できるようになった。他のひとりは、見えないままである。

・・・

その夜。

雅史さんは、ある夢を見る。
件の墓地に、夜、ひとりで佇んでいる。夢だと分かっている状態だが、あまりにも鮮明だったためにリアルと錯覚しそうなほどの光景だった。
夢の中では、なぜか自分が誰かに追われているような感覚があった。
振り返っても、誰もいない。
誰もいないのだが、逃げなきゃいけないという使命感がある。
とにかく走って走って駆け抜けて、自宅に戻った。
自宅の前まで戻ると、はっと目が覚める。

その夜から毎晩、同じような夢を見るようになった。
夢の内容は概ね同じだ。見えない何かから、走って逃げて帰宅する夢。
だが、走って逃げるスタートの位置が、日を重ねるごとに家に近づいていた。

初日の夢は、件の墓地からスタート。
二日目は、墓地よりも自宅に近い橋からスタート。
三日目は、橋よりも自宅に近い路上からスタート。

そして四日目の夢。
それまでの夢で最も自宅に近い、近所の病院からスタートした。ただ、この夢だけはそれまでと状況が異なった。

「ああ、またこの夢かと思って振り返ると、女性が立ってて、近づいてきました。怖くて家に走って帰りました」

自宅前に到着した時点で、目が覚めた。

・・・

その夢の翌日。

入浴時に浴室で風呂椅子に座って洗髪している最中、雅史さんは頭上から厭な視線を感じた。頭髪を湯水ですすぎ、頭上の窓の方に視線を上げた。

「網戸の窓の外に、女が立ってました。僕を見下ろしてて。死ぬほど怖かったですよ。墓で見た人だったと思います。シルエットが全く同じだったので。目は前髪で見えませんでしたが、口元は笑ってました」

窓枠から、白い服を着た女の上半身だけが見える。浴室の外は隣家が接していてほとんど隙間がなく、人が立てるスペースはない。それに、窓の位置から考えると、女は二メートル以上あるか、宙に浮いているかのどちらかだ。

短い悲鳴をあげ、雅史さんは浴室から飛び出した。
その後、恐る恐る浴室に戻って再び窓を確認したが、誰の姿もなかった。

・・・

その夜。

先ほどの風呂場の件の怖気が脳にこびりついたまま、雅史さんは二階の自室で床に就いた。時刻は二時頃。寝ようといた矢先。

ぎし、ぎし、ぎし、ぎし──

一階から、誰かが階段をゆっくり上がってくる音が耳に入る。
両親も二階の各部屋で就寝しており、それぞれドアを閉めた音を聞いている。一階には、誰もいないはず……。寒気が込み上がり、力いっぱいに目を瞑る。

ぎぃい……ばたん

部屋のドアが勢いよく開けられ、勢いよく閉じられたような音。

──みし、みし、みし、みし

寝ている自分の左側から、何かがゆっくり歩いて接近してくるのが分かる。敷布団で寝ているため、歩行音が近距離で耳に響く。

どすん

次いで、腹部に衝撃を受けた。
その時はじめて目を開けると、女が馬乗りになってまたがっていた。女の顔つきや表情は、髪で隠れて窺い知れない。分かるのは、ノースリーブのワンピース姿の髪の長い女だということだけだ。

何とか抵抗を試みるが、手足を動かすことができない。首を絞められているわけではないが、首も苦しくなり、呼吸が困難になった。声も出せない。カッという空気を掠(かす)るような僅かな呻き声しか出てこない。

その時、雅史さんの脳裏に、遠方で暮らす祖父と祖母の顔が浮かんできた。目を閉じて(助けて!)と心の中で懇願し続けた。

次第に呼吸機能が復調していき、四肢も動かせるようになった。
気づいたら、女は消失していた。

・・・

その日以降、毎晩ではないが、同じ現象が起きるようになった。毎回同じように夜二時頃に女が一階から階段をゆっくり上がってきて部屋に入室し、雅史さんの腹部に馬乗りになる。二時よりも早く就寝した場合でも、二時頃に目が覚めたという。

両親に相談したが、「どうすることもできないわね」とお手上げだった。
一度、自室のドア付近に醬油受けに盛った盛り塩を置いてもらったものの、女が現れた翌朝には塩がほぼ液状に溶解していた。

女の来訪が三週間ぐらい続いて精神的にも参っていた、ある夜。

雅史さんは、自室の学習机の上に一冊の『週刊少年ジャンプ』(漫画の週刊誌)を置いた状態で眠りについた。翌朝にすぐに読めるようにするためだ。いつも彼は学習机に頭を向けて就寝するため、『ジャンプ』が頭上に落下しないような机の奥の壁際の位置に置いておいた。

その夜も、夜中にパチリと目が覚めた。
いつもと同じように、女が一階から上がってきた。ぎいいと部屋のドアが開き、バタンと閉まる。ああ、今夜も来た……と雅史さんが目を閉じた状態で嘆息していると──。

……ゴソゴソ……ゴソゴソ

いつもと違う、何かを物色しているような音が耳に入ってくる。え、と思って目を開けた途端。

仰向けになっている自分の顔の真上から、本が降ってきた。
厚みから、それが『ジャンプ』だとすぐに悟った。
『ジャンプ』は、本の背が天井に向いた状態で、顔の中心線に沿って落下してくる。そして雅史さんの顔面に直撃し、顔の上でパカっと開いて静止した。

痛ッ!

手で雑誌を撥ね除け、上半身を起こして辺りを見回した。だが誰の姿もない。

「確かそれを機に、女は来なくなりました。『ジャンプ』が別れの挨拶だったのかもしれません。公園で見た時に指を差して茶化したから、バチが当たったんだと思います。幽霊のこと、ナメてたんで」

また、女が現れるようになってから来なくなるまでの間、雅史さんは遠方の祖父母に何度か電話したそうだ。女の話は出さず、近況や感謝を伝えた。それも奏功したのでは、と彼は推察する。

その後は、件の公園に行った際に墓地に目を向けても、女の姿は見えなかったという。
ちなみに、公園で女の姿が視えるようになった友人には、特に何事も起こらなかったそうだ。

・・・

本エピソードに関して一通り取材を終え、私は率直な感想を雅史さんに述べた。

「『ジャンプ』が落ちてくるの、面白いですね」
「そうですね(笑)。この部屋では他にも強烈なことがあって」
「そうなんですか(興奮)。そのお話も聞かせていただけますか」
「はい。あれは確か、中三の時のことですが──」

(次のエピソードに続く)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?