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【怪談実話106】電柱

女性Tさんは小学6年の頃、同級生の女友達とふたりで英語塾に通っていた。

ある夏の終わりの塾の日、同級生が体調を崩したため、Tさんはひとりで塾に行った。塾を終えて外へ出ると陽は落ちかけており、住宅街ではあるものの、田舎なので街灯も少なく、薄暗く気味の悪い景色へと変貌していた。

普段は友達とケラケラ笑いながら自転車を漕いで帰る道。
見慣れている景色のはずが、「こんなに気持ちの悪い道だったっけ?」と思わせるぐらい、不気味に感じたことを今でも鮮明に憶えているそうだ。

当時のTさんは、とても怖がりだった。その日の帰り道は1人で心細く、「とにかく急いで帰ろう」と自転車に跨がり、思いっ切りペダルを踏み込んで漕いだ。

自転車で少し走ったところで、とある電柱に意識と視線が向いた。そこには電柱のみ佇んでおり、なぜ自分でも気になったのかも分からない。「なんか怖いな……」と思いながら、自転車で通り過ぎた瞬間。

───ずしん。
身体が一気に、重たくなった。
自転車を漕いでも漕いでもなかなか前進せず、Tさんはパニックに陥りかけていた。その重さを例えるなら、<上から誰かが覆い被さっているような重さ>だったという。

塾から自宅までは、自転車で5分も掛からない距離だ。しかしその日は、帰宅までに15分ぐらい要した。やっとの思いで自宅に到着したが、身体の重さは変わらない。

「重い……重い……」と息を切らす彼女に、母親は不思議そうに「少し遅かったね、どうしたの?」と聞いてきた。体の重さと息切れの苦しさ、謎の気怠さに襲われて、Tさんは「もう寝る……ご飯も要らない……」とベッドに直行して横たわり、そのまま眠りに落ちた。

その夜、彼女は不思議な夢を見た。

夢の中のTさんは、5歳ぐらいの女の子だ。
気持ち良い程に澄みきった空の下、青々とした緑いっぱいの広大な草原に立っていた。

ふと自分の右手が誰かと繋がれていることに気付き、恐る恐るその相手の顔を見上げる。

皺だらけのゴツゴツとした茶褐色の男の人の手で、でもそっと優しく繋いでくれている。見上げた顔はぼんやりと黒くくすんでおり、はっきりとは見えないが、優しく微笑んでくれている。高齢の男性だ。

その柔和でニッコリと笑った口元は、妙にTさんを安堵させた。そのお爺さんから「行こうか」と言われ、彼女は「うん」と喜んで頷き、一緒に歩き出しました。

少し歩いたところで、彼女の後ろ側、それも凄く遠い場所から声が聞こえてきた。遠過ぎて何を言っているのか聞き取れない。振り向こうとした時、手を繋いでいたお爺さんから「振り向くな」と低い声で叱られた。優しく繋いでいた手には強く力が入っており、つい先程まで感じていた安心感は恐怖心へと変わった。彼から手を離そうと、Tさんは必死に藻掻いた。

そうやって抵抗している間にも、後方からの声は接近していた。やっと明瞭に聞こえた時、彼女は確信した。ママの声だ。

夢の中では母親は姿は見えないものの、「Tちゃあん!」「そっちに行っちゃダメッ」「早く戻って来なさい!」と、怒りながらも心配している母親の声が耳に届いた。

Tさんはありったけの力を振り絞り、何とかお爺さんから手を離し、歩いて来た道を全速力で駆け戻った。

お爺さんから手を離した瞬間に「ちッ」と聞こえた舌打ちが、凄く怖かったそうだ。

夢の中で走っている最中に、目が覚めた。
「今の夢は何だったんだ……」と、まだぼんやりする頭で考えたが、結局分からず、またすぐ眠りについた。

・・・

身体が重くなって3日目ぐらいに、Tさんは祖母と叔母が暮らす家に遊びに行った。母親が玄関を開けて先に入り、Tさんはその後に続いて入った。

玄関の敷居を越えた瞬間、首の後ろからスパーンッと何かが吹き出るような感覚が走った。

「えっ……? あれっ……?」とキョロキョロするTさんを見て、母親は「あんた、最近少しおかしいね」と鼻で笑った。

自分の身に何が起こったのかも分からない。ただ、凄く重たかった身体が一瞬にして軽くなり、何かが首から抜けていったその瞬間は、形容しがたい爽快感に包まれた。

叔母は仕事で不在だった。その家で祖母と食事した後、帰宅した。自室で寛いでいたところ、電話が鳴った。仕事から帰った叔母から、Tさん宛てに電話が掛かってきたのだ。

当時は叔母とほとんど会話しなかったため、「なぜ私宛てに?」と不思議に感じた。「もしもし」と電話に出ると、叔母は少し尖った口調で矢継ぎ早にまくし立てた。

「あんた、私の部屋に<変なモノ>連れてきたでしょ? 帰ってきたら親子が2人、クローゼットの前に立ってんだけど。聞いたら、あんたに連れてきてもらったって言ってる」

叔母の部屋に居た<親子>は、母親とその娘だったそうだ。
母親は、肌着のような少し汚れてくすんだような白色の薄い着物か羽織物を着ていたとのこと。
娘は、『ちびまる子ちゃん』のような服装だった。

Tさんは混乱し、何がどうなってるのか分からなかった。心当たりがあるといえば、塾の帰り道の件と、その日の夢だ。それを叔母に伝えた。

「はぁ……そういうことか。ただ拾っただけなんだね。じゃあこっちで祓っとくわ」

溜息混じりに叔母に言われ、電話が切れた。

・・・

後日談。
この出来事から10年後ぐらいに、Tさんはとある霊媒師にお祓いを受けた。その時にこの夢の事を伝えた。
それを聞いた霊媒師は、「子供の頃に原因不明で亡くなっている方の中には、そうやって連れて行かれる方も居ます」と告げた。

「じゃあ、あのとき私が繋いでいた手を振り払ってなかったら、どうなっていたんでしょうか」と尋ねると、「おそらく、ここには居なかったでしょうね」と霊媒師は答え、ゾッとしたそうだ。

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