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【取材した怪談242】楽しそうにすると出てくる

40年ほど前の話である。
慎一郎さんが通っていた高校では、少々珍しいスケジュールの修学旅行が実施されていた。

N県に二泊三日で旅行するのだが、宿泊先はクラスごとに生徒が自由に決めていた。だから宿泊先はクラスごとにバラバラになる。

但し、二日目に所定の場所で必ず田植え実習を受けなければならない。田圃に直に入り、手で苗を植える実習である。この実習場所を考慮して宿泊先を決める。

慎一郎さんのクラスは、A旅館に宿泊した。
インターネットなど普及していない時代だから、生徒の一人が電話帳から適当に選んで決めたそうだ。

何階建てだとか細かいことは覚えていないそうが、古い旅館だった。到着した初日は、夜に食堂に皆で集まってガヤガヤ騒いだ。旅行には担任の若い男性教員も同行したが、うるさく注意されなかったらしい。

・・・

二日目。田植え実習の日。
朝食後に、旅館の女性従業員からこんなことを言われた。

「あんまり楽しそうにすると出てくるかもしれないので、夜間はできれば大人しくしてください」

いま振り返ると妙な日本語だが、その時は(夜に騒いだら住み込みの従業員たちも眠れないのだろう)と思った。

朝食後、田植えに行く前、クラスから選抜された5人の旅行役員が集まってその日の詳細な行動日程を決める会議をすることになった。慎一郎さんも役員のひとりだ。

「皆が泊っている部屋以外で簡単に会議できる部屋ってありますか」と旅館の従業員に訊ねたところ、「あるにはありますけど……」と歯切れの悪い返答だ。

「ほんとに、どこでもいいんで」と慎一郎さんが食い下がると、しぶしぶ和室に案内された。その際、「いろいろ貼ってあるものがありますけど、剝がさないでください」とお願いされた。その時は、ポスターか何かだと思った。

案内された和室は、8畳ぐらいだろうか。
<貼ってあるもの>はポスターではなく、御札だった。

「入った瞬間に、ひんやりしました。御札の数は数え切れないぐらいでした」

貼られてから随分と時間が経っているような古びた御札ばかりが、壁や天井の至る所にびっしりと貼り付けてある。綺麗に整列されて貼られているのではなく、縦、横、斜めとバラバラに貼られている。部分的に貼り重なっている箇所もある。「赤地に黒文字か白地に黒文字のどちちか」で、何と書いてあるのか分からない。

「剝がさないように」と宿の人には忠告されたが、剥がすどころか近づくもの厭だった。だが宿の人に無理言って案内してもらったので、そこで会議するしかなかった。できるだけ部屋の中央に皆で集まり、早々に話し合いを終えた。

・・・

その後に田植え実習に出かけ、その夜。
注意されていたにもかかわらず、生徒らは初日と同様に食堂で皆で騒いだ。その後、慎一郎さんらは就寝するために自分たちの部屋に帰った。部屋は4人部屋の和室で、部屋の出入口は襖で仕切られている。

敷布団で眠ってそれほど時間が経たないうちに、彼はふと目覚めた。場の雰囲気で他の3人も目を覚ましたのが分かったその時──。
部屋の出入口の襖が、ゆっくりと開けられた。
廊下に誰か立っている。
中高生ぐらいの女子だ。
薄暗がりながら、セーラー服っぽい姿なのが分かる。
慎一郎さんの高校の制服ではないし、他校の生徒は宿泊していないはずだ。
完全に襖を開けた状態で、彼女は黙ったまま突っ立っている。
長めの髪と暗がりのせいで、顔はよく見えない。

同部屋の男子の誰かが眠そうな声で「先生に怒られるから帰れよ」とそのセーラー服の女子に言うと、彼女は襖をゆっくりと閉めた。慎一郎さんはその後すぐに眠った。

(夢なのか?)とも思ったが、翌朝に同部屋の男子らに確認したら、全員見たという。それどころか、他のクラスメイトの部屋にも真夜中にセーラー服の女子が訪ねてきたらしい。担任教員の部屋にまで姿を現したそうだ。

「全部の部屋を一部屋ずつ周ったんじゃないかな。あまりにも鮮明で逆に怖くなかったですよ」と慎一郎さんは振り返る。

「旅館の従業員にその話をしましたか」と私が問うと、彼は首を横に振った。「話題に出さないほうがいいと思って。見なかったことにしよう、となりました」と補足してくれた。

件の御札部屋とセーラー服の女子が関係あるのか、現在もこの旅館が存在するのかは不明である。

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