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【取材した怪談話144】夜間警備・寺院

元警備員のJさんから伺った話。
彼が若手の頃、夜勤時に会社で待機中、とある寺院から設備異常を知らせる警報が鳴った。原因を確認するため、Jさんは会社の車両で現地に急行した。警備員の巡回・点検は、単独で行う。

寺院に到着したのは、夜二~三時だった。夜間は無人のため、照明もなく真っ暗だ。敷地内の駐車場に車を停める。

その時から、何となく厭な予感に包まれていた。内心は行きたくなかったが、仕事なので仕方がない。車から降りて、歩いて本堂に向かう。防弾用鉄板が埋め込まれた五キログラムの警備服を着用しているのだが、いつもよりも重く感じる。

途中、寺門をくぐった途端。首筋に痛みが走り、肩も重くなった。空気の塊がズシンと載っているような、重力を感じる。鳥肌も止まらない。そんな状況のもと、Jさんは点検を開始した。

点検においては、先に建物の外周と内部を巡回して人が居ないことを確認してから、最後に設備異常の原因を調べる。

建物を外周から点検した後、寺院の中に靴を脱いで立ち入った。全ての部屋、トイレ、シャワールームを点検し、人がいないか、異常がないかを確認する。その寺院は、地上一階、地下一階の構造だった。

見回りに際しては、防犯上の理由で部屋の照明を点けてはならない決まりだ。滞りなく各部屋を巡回していき、地上一階は何ら異常は見られなかった。次いで、速やかに地下に移動する。

「地下の階段に足を踏み入れると、めちゃくちゃ寒かったんです。エアコンが効いてるわけじゃないのに(当時の季節は不明)。イメージとしては、冷凍庫を開けた時に出てくる冷気が足元から纏わりついてくる感じです」

地下には、倉庫用の小部屋が並んでいた。線香類、卒塔婆などの備品が格納されている。一部屋ずつドアを開けて懐中電灯で照らして確認したが、異常はない。

さらに奥に進んでいき最後の部屋が視界に入った時、Jさんは息を飲んだ。その部屋だけ、明らかに異質だったからだ。

他の小部屋は片開きの簡易な木製ドアだったが、その部屋の扉は黒色の鉄製で両開き型であり、南京錠が掛けられている。扉の全幅は二メートルを超えていた。両側の扉には、文字が書かれた白色の御札が一枚ずつ貼り付けられている。

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「ここ絶対開けたらダメだろ、と直感しました。封印されし部屋、みたいな」

全部屋の確認が義務である。この部屋も開錠して入らなければならない。
黒扉の威圧感に怖気づいたJさんは、その場で会社の先輩に電話した。
ビビッて電話するというのはプロとして失格で無様極まりないのは分かっているが、自分が知っている誰かと言葉を交わさないと気が触れそうだった。

「あの今、〇〇寺に居るんですが……。明らかに入ったらヤバそうな部屋があるんですが、入んなきゃダメですか?」
「行け。何かあってからじゃ遅いから。もしかしたら、部屋に壁穴が開いててそこから泥棒が侵入して隠れてるかもしれないしな」

盗難、損壊等を見逃すと警備会社に責任が問われるため、あらゆる可能性を考慮、点検しなければならない。入社時から徹底的に教育され、頭では理解しているつもりだ。だが今は、身体が本能的に拒絶している。

「外周点検に問題なければ大丈夫だから、パッと開けてざっと確認したらすぐに出てもいいぞ」

そう先輩に発破をかけられ、ほんのわずか気分が楽になった。Jさんは腹を括った。

持参した鍵を使い、南京錠をがちゃりと開錠した。
両手を扉の取っ手に添え、ゆっくりと手前に引いていく。
ぎいい、と鈍い音を立てながら、扉が徐々に開いていく。
重い扉のため、少しずつしか開かないのがもどかしい。

及び腰になりながらゆっくりと室内に入り、懐中電灯の光で部屋を照らす。

広さは、四畳ほどだろうか。
前方の壁と両サイドの壁には、木製の棚が数段(床付近から天井付近まで)設けられている。
その棚の全ての段には、黒塗りの位牌がぎっしりと並べられていた。それぞれの位牌には文字が彫られており、亡くなった方の位牌だとすぐに悟った。全ての位牌は正面に向けられ、各段に横二列でジグザグに配置されているため、奥の列の位牌の文字も見えた。位牌の大きさは様々で、数は数百個なのか数千個なのか数え切れないほどだ。
床には、骨壺のようなものが何個か配置してあった。

その光景を見た瞬間、Jさんは気分が悪くなった。部屋には、誰もいない。誰もいないのだが、どこからか何かに見られている気がしてならなかった。

壁や天井に損壊がないことも確認し、逃げるようにその部屋を出て施錠した。滞在時間は、一~二分だった。

その後、悪寒を覚えながら地上に戻り、設備異常の原因を確認した。漏電が原因だった。その旨を報告書に記入し、寺院の事務所に提出して会社に戻った。

寺院に居る間は気持ち悪さが抜けなかったが、寺院から離れるにつれて気分も落ち着いてきた。

・・・

夜勤後、昼ごろに帰宅した。
その日の夜、Jさんがリビングでテレビを観ている時、会社から帰宅してきた父親と目が合った。開口一番、こう言われた。

「お前、今日どこ行ってきた?」
「え、なに」
「ふざけて心霊スポットとか行ってないか」
「ないけど、どうしたの」
「なんか、心当たりないのか」

思い当たるとすれば、夜勤で点検した寺院の南京錠の部屋だ。その一件を父親に説明した。

「そこだ。お前の身体、黒い靄(もや)に囲まれてる。あと、背中に女性の霊が二人いるぞ」

父親は家族の中で最も霊感体質のため、極めて信憑性が高い発言だった。霊が憑いてるというのも厭だが、それよりも<黒い靄>という言葉が、やけに薄気味悪く感じた。夜勤時に目の当たりにした無数の黒塗りの位牌の映像が、鮮明に蘇る。

「どうしたらいい?」
「外に出ろ」

Jさんが先に家の外に出ると、ありったけの塩を携えた父親が遅れて外に出てきた。父親はその塩をJさんの頭からパラパラと撒いた後、Jさんの背中にしばらく掌を当て、次いで背中をぱしんと叩いた。その瞬間、胸あたりから何かがスポンと前方に抜けるような感覚があった。その後、自分の顔を鏡で見ると、溌剌とした顔つきに復帰したような印象だった。

父親によれば、以前にもJさんが「連れて」帰ってきていることがあったらしいが、無害なものだったため指摘しなかったそうだ。だがその日の<黒い靄>は父親も見たことがなく、処置を要するものと判断し、その場で祓うに至ったという。

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