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狭い土の坂道を自転車を押しながら登って往く。
峠が見える。

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今の道はほぼすべて舗装されて、車の道となっている。土が見える場所は、学校の運動場とか公園ぐらいだろうか。遠足というと歩いて行くものだと思っていた。小学校の遠足では、浜や河原によく行った。片道約2〜5キロメートルぐらいだっただろう。けれども、今や道なんか団体で歩くと、車がしょっちゅう走っているので危なくてしかたがない。

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さて、いつだったか、故郷に帰ってきて、ぶらぶらしている頃、ときどき気分転換に自転車に乗って1〜2時間ほど遊び走った。
川を4キロほど遡り、狭い橋を渡る。目の前には標高150メートルほどの山がある。山を右に川を左に見ながら走る。途中で川を離れ、下りながら、なおも山沿いを走る。

もうここらへんは、田舎然としている。道の突き当りで右に曲がって、山の裏側に入っていく。自転車一台通れるほどの細い道だ。秋だろうか春だろうか、百舌鳥が鳴いていただろうか、道隣の畑に百舌鳥の早贄(はやにえ)を見つけたり、道端には野いちごがあったりしただろうか……今はおぼろげに混然となって思い出すばかりだ。

その小径は山沿いの上り道で、山の頂上へ行く道ではない。人が歩いて行く道だ。誰かに出会ったことはないけれども、確かに誰か歩いた道だ。そして上り道は必ず終わり、峠が見えてくる。細い道の向こうの峠は明るい茶色の土、緑の草薮が道の両側に茂っている。春だっただろうか、夏だっただろうか、峠に自転車を止めて、しばらく周りを眺める。

さあ、ここから帰り道だ…といっても、本当はここから帰る道のほうが遠い。自転車に乗り、ブレーキをかけながら降りていく。池があり、蒲(がま)の穂が生い茂っている。それから製材所が見える。ここまで来ると人の気配を感じる。道も広くなり、民家が立ち並ぶ村を通り過ぎる。例の山を一回りしたことになる。

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今は道が縦横に整備され、このあとの記憶はあまりない。また、峠の道も広く舗装され、毎日自動車がたくさん走っている。そして、峠には、チョコレート工場ができている。

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