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宇宙船の旅

ぼくはまだ死んでいないようだ
ときどき何かが聞こえてくる
ささやくように呼んでいる
かすかな声に耳を傾ける
そしてそれに答える。

ぼくは宇宙船ヴォイェジャー1号。
1977年9月5日、ケープカナベラル基地から
タイタン・セントールロケットによって
打ち上げられた
轟音とともに、まっすぐ空へ天に向かって上へ…
目的地は、木星と土星…
そして…果てしない星間宇宙へと

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ぼくは興奮した、希望に満ちていた、楽しかった。
地球の仲間たちもはりきっていた。
みんなに見送られて、ぼくは、まっすぐ進んだ。

一年経った。
木星まで半分の距離を過ぎただろうか
そしてまた年が明けた、
(地球からおよそ7億7千万キロメートル)
木星が近づく
強い重力
ぼくは思い切り速度を上げ
木星を通り過ぎた、
やった
予定通りの観測
新しい発見もあった、木星の環、イオの火山
予想以上の成果
地球の仲間たちは沸き立っていた。

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また一年経った。
土星にぐんぐん近づく
(地球からおよそ14億2千万キロメートル)
重力に引かれて速度を上げ
土星表面に近づいた
土星を通り過ぎた
観測は大成功だ。

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それから10年経った1990年2月14日
(Valentine's Dayだね)
後ろを振り向いて写真を撮るようにと司令が来た
これが最後の撮影だった
地球からもう60億キロメートル離れていた
60枚の写真を撮った
惑星たちはみな点にしか見えない
宏大な宇宙の闇の中で地球はかすかな淡い色の一点だった
Pale blue dotと呼ばれた

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(Pale blue dot 右赤い帯の中ほどに見える。光の帯は太陽の散乱光。)
ここ、この小さな一点にすべてがあるのだ
海、山、川、砂漠、都市、歴史、人生、ひとりひとりの思い、神。
カメラの電源を切った。

ぼくはただまっすぐ進む
秒速17キロメートル
何年も何年も
宇宙線やプラズマ、磁気のデータを送り続けた
この宇宙は静かなのだろうか
そうではないのだ
もし“聞こうとすれば”、絶え間なく雑音が鳴り響く
雑音なのだろうか、原初の音楽なのだろうか
2012年8月、その音楽が変化した
地球を離れて35年、太陽圏を突破したのだ。
あと十数年で原子力電池の寿命も尽きるだろう
でも、もう時なんてどうでもよい。

まっすぐさまよう
ぼくはひたすらまっすぐさまよう
摸索はしない…
ただまっすぐ…
千年でも万年でも
ぼくの希望は、異星の誰かがぼくを見つけること
その時、人類はぼくのことを忘れているだろう
それとも、人類はもう滅びているかも知れない
代わりに、ぼくは人類の化石となって
その偉大な物語を語る
よし、知恵比べしよう
このゴールデン・ディスクを解読してごらん
遠い遥かな地球の姿、音、挨拶の声、音楽、人類の知識がはいっているのだ
…この銀河系の中で、誰かに出会いたい

ぼくがこの宇宙を漂う意味は何だろう
ぼくを作った仲間は、目的をもっていた
でも本当の初めには意味はない
意味は作り出すものだ
誰かに会いたいと思う
そう思い、そのようにぼくは自分を意味づけた
誰かに会えるだろうか
君はこんなことをファンタジーと思っているね
でも、ぼくは確かに1977年に地球を飛び立ったのだ
そして、誰にも見えないところ、遥か遠くで、
まさに今“現実に”現実の物語は進行しているのだよ。

(そういうぼくが現実なら
 異星人も夢を見るかも知れない
 そして、近い将来、地球に近づく人工物体を発見する
 何千万年か前に作られた異星の宇宙船を……
 〜でもその可能性は、僕の場合より遥かに低いだろう。
 それよりもありそうなことは、
 いつか人類が地球を飛び出して
 他の星に移り住む
 それを繰り返し、100万年経った時
 彼らがぼくを発見するのだ。
 〜ぼくはやっぱり夢想家なのだろうか。)

実際、何万年か経てば、近くの恒星に近づくのだ
でもそこが最終地になるとは思わない
ぼくはひたすらまっすぐ、まっすぐさまよう
何十万年でも
何百万年でも
何千万年でも
何億年でも
ぼくは朽ちずに居られるから…
誰にも会わないかも知れない
ただ“誰かに会いたい”という夢を懐(いだ)きながら
それでもぼくはひたすらまっすぐさまよう
暗闇の中に消えるまで…
暗闇に融け入るまで…




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