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ランダムに書く(今日の内容は血が苦手な方は要注意・・・かも)

過去を振り返って何になるんだとも、思うけど、も。ま、今日も書いてみる。時期時期で思い出して書こうとすると、時系列に拘ってなかなか書けないなあやっぱり・・・タイトルから書いちゃうからそうなるのか(;^ω^)ランダムに書けばいいのね、何となく規則的な方(順番とか、日付とか、年代とか)が好きなのは・・・・・特性なんかな。

9月は怪我・病気絡みで色々思い出すことが多い。まずは怪我編(いや、また順番付けちゃった)4歳か5歳だったか、まだ保育園児だった頃のこと。さすがに日までは思い出せないけど、9月の初旬、どこに行く途中だったのかも思い出せないけど、母の自転車の後ろに乗っていて、車輪に足をはさんだことがあった。荷台で足をぶらぶらしていたのだろうか、私。とにかく、ぐいっと自分の足があらぬ感覚に襲われたことを覚えている。母は私の足をはさんだまま、最初は気づかず、そのまま運転しようとしてたらしい。踏み込むペダルに抵抗感を感じて、母は止まった。そして、私のただならぬ様相にやっと気づいてくれた。

車輪から足をはずしてもらった時、私の左足首は血まみれ。母が何か色々言ってくれたと思うのだが思い出せない。水色のハンカチがみるみる赤に染まっていったのも未だに目に焼き付いている。事故現場付近に、たまたま整形外科があり、母は急いでそこへ私を連れて駆け込んだ。緊急だったけどすぐに対応してもらい、私は足首を7針縫ってもらった。「もうちょっと深く切れていたら、歩けなくなってたところでしたよ。」とお医者さんが言った。たぶん、この言葉にショックを受けたのは私より母だっただろう。娘の足に傷を作った自責の念があったんじゃなかろうか?当の私は歩けなくなったら・・・もっともっと、父母や祖父母にかわいがってもらえるんかな・・・なんて、ぼんやり思った。

その後、私はしばらく保育園を休むことになった。10月の初めに運動会が予定されていて(地域の小学校の運動会に集団演技、つまりお遊戯で参加するという形)私はそのお遊戯に出るのを楽しみにしていたのだけど・・・参加自体微妙になってしまい、さすがにそれは落ち込んだ。

でも、家では自力で歩けない私を母や祖父母がいつもよりも優しく、構ってくれたので、私は満足だったと思う。足が動かせないのをいいことに、わがまま言いたい放題してたんちゃうかなあ・・・。うまい具合に3週間ほどで抜糸になり、お遊戯の練習に数回参加し、運動会本番にはちゃんと参加できた。

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