レンズ越しの恋
彼女はいつもお気に入りのカメラで僕を撮影しては満足気な顔。
季節ごとに撮影スポットを決めていて、必ずその場所で景色の中におさまる僕を撮るんだ。
好きなだけ撮影すると満足気に、もう帰ろうって…
君と過ごした幾つもの季節。
ふたりで映っているのは、たった1枚だけしかない。
後は、全部僕ひとりだけの写真。
桜と僕、海と僕、紅葉と僕、雪と僕…
君はいつもレンズ越しに僕を見つめていて、僕はレンズの向こうの君を見ていた。
季節の撮影会の帰りに立ち寄った居酒屋でビールを美味しそうに飲む君をスマホで撮影しようとしたら撮影禁止って怒られたのを覚えている。
君と最後に会ったのはいつだったかな?
僕は季節ごとの写真を整理しながら考える。
そうだ…
あの桜並木のベンチで待ち合わせしたのが最後だ。
僕が転勤するって言ったら、彼女は…
もう会えなくなるんだねって寂しそうに笑ったんだ。
あの日、僕は彼女に付き合ってくださいって言おうと思っていたんだけどなぁ。
ふたりの距離が離れても一緒にいたいと思っていたのは僕だけだったみたいで…
僕はそれ以上、何も言えずに彼女のもとから去ったのだ。
あれから、何回か季節は巡り、彼女の事を思い出す事も少なくなった。
桜が咲いたら久しぶりに地元に帰ってみようかな。
彼女が撮ってくれた桜並木を歩いている僕が、今より輝いているような気がして…
あの頃の彼女の瞳に映る僕を探しに行きたいと思ったのだ。
未来に憂いなど感じずに、ただ無邪気に笑っていられたあの頃。
僕の隣にはいつもカメラを構える彼女がいた。
彼女は今も誰かの写真を撮っているのだろうか?
もう戻れない春の日。
あの桜並木のベンチで待ち合わせした僕たちは…
僕の心のフィルムの中で永遠になる。
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