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シャボン玉

シャボン玉が空に飛んで行く。
キラキラと光り、凄く綺麗だ。
どうかこのままずっと、壊れません様に。

私が小学生になった時、パパが新しいお家を建ててくれた。
2階建てで、大きくて、私だけのお部屋が有って、お庭が広い。
パパはカッコいい車を3台も買った。

家にはパパに会いに、沢山のお客さんが来る。
お菓子やケーキ、果物やお酒、ぬいぐるみやおもちゃを持って。
伊藤さんのパパもその1人だ。

皆、パパにペコペコしている。
パパはいつも「あいつらは俺の家来だから。」と言っていた。

「伊藤さんのパパも?」
「伊藤も家来さ!家来というか、犬だな!ハハハハハ!」

伊藤さんとは3年生の時のクラス替えで同じ4組になった。
私は4組のリーダー的な存在だった。
学芸会ではいつも主役を演じ、常に沢山の友人に囲まれていた。
私が何を言っても、殆どの女子が同意してくれた。

伊藤さんは小柄で、声が小さくて、大人しくて、あまり目立たない。
でも、着ている服や持っている物は可愛くて、男子ともよく話していた。

伊藤さんが持っていたポチャッコの新作の下敷きが羨ましくて、こう言った事が有る。
「私のお誕生会に来たい?その下敷きを私にくれれば、呼んであげても良いけれど。」
「…別に、行きたくないです。」

犬のくせに…!

私は面白いゲームを考えた。
伊藤さんに話しかけられたら
「あんた、誰だっけ?」
と答えるゲーム。
伊藤さんが遊びに加わろうとしても、運動会でのお弁当グループに入ろうとしても、遠足での自由行動について来ようとしても、皆で「あんた、誰だっけ?」と言って、仲間外れにした。

伊藤さんが男子と話していたら、「伊藤は男好きー!」と皆で叫んだ。
上履きや教科書を隠したり、掃除当番を押し付けたり、皆で口裏を合わせ、伊藤さんだけには年賀状を出さなかったりした。
伊藤さんからは年賀状が届いたけれど、返信はしなかった。

「平成っていう元号に、まだ慣れないな!つい昭和って書きそうになっちゃうよ!」
パパはよくそう言って、笑っていた。

その内、伊藤さんは学校へ来なくなった。
そしてその頃から、家にもお客さんが来なくなった。
いつも素敵なお土産を持って来てくれたスーツ姿の男の人達も、伊藤さんのパパも。

5年生になり、クラス替えが行なわれた。
私は3組。
伊藤さんは1組。
伊藤さんは学校へ来ている様で、1組の女子や男子と一緒に遊んでいるのを、よく見かける。

私は前のクラスで一緒だった中川さんと仲良くしている。
中川さんとはそこまで親しくなかったが、中川さんしか話す人がいないのだ。
可愛い麗子ちゃんやオシャレで大人っぽい里奈ちゃん達のグループに入りたかったけれど、馴染めなかった。
前のクラスは楽しかったな。

少し前から、家にまたお客さんが来る様になった。
伊藤さんのパパの後任だというウチダさんや、怖い男の人達だ。
でも、ウチダさんからのお土産は無いし、パパはウチダさんに頭を下げてばかりいるし、怖い男の人達は家を荒らしていく。
パパのカッコいい車も、美しい絵も、可愛いフランス人形も、ママが大切にしていた綺麗な食器も、家から消えていった。

パパはよく、電話をかけていた。
「伊藤様はいらっしゃいますか?」
「伊藤様にお会いしたいのですが…。」
でも、伊藤さんのパパは二度と家には来なかった。

家からはどんどん物が消えていく。
パパはずっと真っ青な顔をしている。
「私達、これからどうやって生きていけば良いのよ!!!!!」
ある晩、ママは泣きながら、そう叫んだ。

次の日、私は1組から出て来る伊藤さんを見つけ、声をかけた。
「伊藤さん!」
「あのね、パパが伊藤さんのパパに会いたがっているの。
 パパね、今、とても大変なの。
 ねぇ、伊藤さんのパパにまた家に来てって伝えて貰えないかな?」

伊藤さんは冷たい目をしてこう言った。
「あなた、誰でしたっけ?」


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