チョン・セラン/声をあげます(亜紀書房)

 所謂ディストピアではなく、かといって薔薇色でもない、現代の諸問題を見据えてある程度ポジティブな未来を描いたSF小説はないでしょうか。
 こんなことを考えたのは、チョン・セランの「声をあげます」(亜紀書房)を読んだからでした。
 八編からなるSF短編集。どれも面白いのですが、特に惹かれたのが「リセット」と「七時間め」。

 「リセット」は、巨大ミミズの降臨によって文明が文字通りリセットされる物語。語り手(私)は共にミミズ学者である二人の母に育てられ、幼い頃から自然とミミズへの愛情を培い、また同時に人間第一の文明に静かな怒りを抱いています。突然の出来事に戸惑いつつも心の中で歓喜する私は…一応、このミミズ襲来についてはオチがついています。
 物語の後半はリセットから数十年が経ち、語り手も交代します。リセット以前の価値観は悉く見直され、家畜や過剰生産は悪習として断罪されています。興味深かったのは人々が着用する衣類は配給制となっているようで、資源の再利用が徹底されています。個人的には、富の偏り、搾取労働、資源問題の解決策の一環として、衣料を配給制にするのはありではないかと思っています。

 「七時間め」は同じく文明崩壊後の世界を舞台としています。ウィルスの蔓延を経て生き残った人類はようやく消費文明を捨て、フェミニズムやエコロジーの正当性を実感することとなります。肉食の廃止や出産の管理、遺伝子の共有など具体的なことが描かれていますが、物語の最後ではこうした改革は本当に正しいのかという問いもなされています。「人類は、地球に償いをした後静かに滅びるべきだ」というのが、著者の根源的な主張ではないでしょうか。

 他の作品も様々なテーマで読み応えがあり、是非多くの皆さんに手にとってもらいたいです。

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