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ゲノムで読み解く昆虫食 研究者が見据える未来の食とは?

世界の人口は年々増加傾向にあり、2050年には90億人を超えると予想されています。人口の増加に伴って懸念されるのがタンパク質の不足です。カーボンニュートラル(脱炭素)や持続性の観点から、さまざまな解決策が検討されていますが、中でも注目が集まっているのが「昆虫食 × ゲノミクス」です。本記事では、昆虫食に関する最新の研究からビジネスの応用までゲノミクス研究学生の視点で解説していきます。

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Contents
- タンパク質不足に対抗する昆虫食
- ゲノミクスの強み
- 昆虫食とゲノミクス
- 最新のゲノミクス×昆虫食の研究
- 昆虫の変態を制御する仕組みをコオロギで解明
- ゲノム編集によるカイコ卵サイズの大型化
- ゲノミクスが応用された食品ビジネス
- GABAを多く含むトマト
- 食中毒のリスクを低減したジャガイモ
- 収量増加を目的としたイネ
- 肉厚のマダイ
- まとめ
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タンパク質不足に対抗する昆虫食



まずは「昆虫食 × ゲノミクス」の「昆虫食」に注目します。


私たちの生活に欠かせない栄養分である「タンパク質」。
タンパク質は体を作る構成要素であるだけでなく、酵素やホルモンなど体の機能を調節する大切な役割を果たしているため、不足すると、免疫機能や筋力が低下します。

世界人口の増加に伴っては現在生産されているタンパク質の1.5~2倍の量が必要になると考えられており、2025~2030年には現状の供給形態は需要に追いつかなくなると推測されています。この予測は「タンパク質危機(protein crisis)」と表現され、欧米を中心に注目され始めています。

このような状況の中、2013年に国際連合食糧農業機関(FAO)はタンパク質危機の解決に、栄養価が高い昆虫類の活用を推奨する報告書「Edible insects:Future prospects for food and feed security」を発表しました。
これを受けて、大手食品企業が昆虫を養鶏飼料に用いるための研究を始めたり、昆虫食に関連したスタートアップも出現するようになりました。

現在では多くの研究機関や企業が昆虫の食資源としての可能性に注目しています。
良品計画さんから販売されたコオロギせんべいなどは皆さんもご存知かもしれません。

昆虫食は私たちの生活に欠かせないタンパク質を補給してくれる新たな選択肢なのです。


ゲノミクスの強み



次に「昆虫食 × ゲノミクス」の「ゲノミクス」についてです。
皆さんの中にはゲノミクスという言葉にあまり馴染みのない方もいるかもしれません。


ゲノミクスとは、生物のゲノムのシーケンシングと分析に関する遺伝学の一分野です。簡単に言えば、DNAの塩基配列を決定したり、塩基配列が生命の機能にどのような影響を与えているかを解明したりする学問です。

昆虫食の業界の中で注目されるゲノミクス分野の技術の一つがゲノム編集です。2020年のノーベル化学賞でも話題となったこのゲノム編集は、遺伝子を改変する技術のひとつであり、狙った遺伝子を切断して特定の遺伝子を機能させなくする方法(一般にゲノム編集と呼ばれる)と狙った部分に新しい遺伝子を加える方法(一般に遺伝子組み換えと呼ばれる)があります。

日本では2019年10月1日からゲノム編集食品の流通・販売に関する新しい届出制度が始まっており、特定の遺伝子を切断するだけなら安全性審査や表示義務はなく、遺伝子を導入する場合でも安全性審査を通過すれば食品としての販売が可能となっています。

ゲノム編集のメリットは低コストかつ短時間で品種改良が可能なことです。この部分が昆虫食の業界においても活用が期待されています。


昆虫食とゲノミクス



では、昆虫食とゲノミクスはどのように関わるのでしょうか。前節でも少し触れましたが、昆虫食の業界では低コストかつ短時間での品種改良に注目が集まっています。


昆虫食は滋味に溢れ、タンパク質含有量も多いという長所を持つ一方で、捕獲や飼育に手間と時間がかかることから生産コストが高いという短所を持っています。
そこで今求められるのが、ゲノム編集を利用した効率的で生産コストが低い昆虫生産というわけです。

ゲノミクス(ゲノム解析)によって明らかとなった昆虫の塩基配列を深掘りしていくと、個体サイズやライフサイクルなど生産性に関連する遺伝子やゲノム領域を見つけることができます。このような生産に関連する遺伝子を編集することで、個体サイズを増大させたりライフスパンを促進したりと生産効率を上げることができるようになります。

こうして昆虫食が抱える短所をゲノミクスの力で克服していくことが昆虫食 × ゲノミクスの基本的な考え方となっています。


最新のゲノミクス×昆虫食の研究



ここではいくつかの昆虫食に関連したゲノミクスの研究について触れておきます。


・昆虫の変態を制御する仕組みをコオロギで解明

徳島大学の石丸善康助教と三戸太郎准教授らの研究グループは、食用昆虫として注目の集まるコオロギを用いて、昆虫の成長や寿命の制御に関わる幼若ホルモンの生合成経路における新たな内部の仕組み(分子機構)を明らかにしました。

この研究で明らかとなった新しい分子機構は、幼若ホルモンの合成を刺激するとともに、昆虫変態、成虫化のスイッチとして機能するシグナルを引き起こすことも示されました。これらの機構はコオロギ特有ではなく昆虫で共通すると考えられ、食用昆虫の過剰な成長を誘発して巨大化を引き起こす成長促進剤の開発にもつながるのではないかと期待されています。
https://www.pnas.org/content/113/20/5634.long


・ゲノム編集によるカイコ卵サイズの大型化

九州大学の藤井 告准教授と伴野豊教授らの研究グループでは、コオロギと同じく食用昆虫として注目されるカイコを用いて、カイコの卵サイズを制御する遺伝子bmPHYHD1をゲノム編集により欠損(ノックアウト)させることで大型の卵が生産されることを示しました。

生物の最大サイズは卵のサイズと相関があると考えられており、卵サイズを制御する遺伝子の発見は個体サイズの増加から昆虫タンパク質の収量増加に貢献することが期待されます。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jibs/87/3/87_3_071/_article


ゲノミクスの応用が目前の食品ビジネス



ここでは昆虫から少し離れますが、ゲノミクスを活用した食品の生産性向上の中でも、実用化が近いと考えられているものをいくつか紹介します。


・GABAを多く含むトマト

GABAには、リラックス効果や血圧上昇抑制効果の働きがあることが知られています。一般的なトマトにもGABAは含まれていますが、ゲノム編集技術により多量のGABAを蓄積させるトマトの開発が進んでいます。


・食中毒のリスクを低減したジャガイモ

ジャガイモに含まれるソラニンという物質は食中毒の原因になります。ゲノム編集技術で、ソラ ニンが作られないようにするジャガイモの研究が進められています。


・収量増加を目的としたイネ

面積当たりのお米の収量が増えることは、 農地の有効利用や生産コストの低減につながります。ゲノム編集技術で、籾の数を増やすなどして収量増加をめざしたイネの研究が行われています。


・肉厚のマダイ

水産物の生産量を高めるため、養殖魚でも様々な研究が進んでいます。その一つとして、筋肉量を増やして肉厚にするマダイの研究があります。


まとめ


一昔前までは「遺伝子組み換え食品 = 健康に悪い」という確証のないイメージが広がっていました。しかし近年ではゲノム編集や遺伝子組み換えに関する正しい知識が定着し始め、国内でもゲノム編集に関する新たな制度が制定されたこともあって「ゲノム編集食品 = 安全が保障された高機能食品」としてのイメージが強まってきました。

新しいタンパク質としての「昆虫」、新しい食品との関わり方を持った「ゲノミクス」。この二つを掛け合わせた研究やビジネスは生命科学的思考として、今後一層私たちの生活に定着することでしょう。

皆さんもゲノム編集から新たなビジネスチャンスを掴んでみませんか。

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