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クリスマスがやってきたッ!

 十二月二十四日、僕は事務所のソファーに座って奴を待ち構えた。時刻は午後十一時五十九分を指している。今日はやけに時間の進みが早い。
 床ではダックスフンドが暇を持て余してボールで遊んでいた。彼はこの後に起こることをまったく知らないでいる。知らせた方がよかったか? いや、知ったところでどうにもならない。
 時計の長身が十二時で止まった。十二月二十五日、午前零時ちょうどに事務所のドアが蹴破られ、事務所にクリスマスがやってきた。
「荒巻デッドダイイイイイイイイイイイブ!」
「ひっ!」
 ダックスフンドが小さく悲鳴を上げて尻もちをついた。
 クリスマスは身長二メートル、体重は二百キロありそうなゴリラ型の体格をしていた。体色は黒く、全身が鎧のような皮膚と筋肉に覆われている。頭部には長い角をした山羊の頭骨を被っているように見えるが、あれが彼の体の一部かどうかは未だにわからない。
「兄貴! なんなんだこいつ!」
「彼はクリスマスだ」と、僕はソファーに座ったまま説明した。僕も最初はびっくりしたが、五年目となると特に何も感じない。慣れとは恐ろしいものだとつくづく思う。
 クリスマスはノッシノッシとこちらに近づいて、テーブルにドンとワインボトルを置いた。銀紙に包まれているが多分ワインだろう。先端には可愛らしい赤いリボンが結ばれている。
「グラスを用意しろ! 荒巻デッドダイイイイイイブ!」
 クリスマスは向かい側のソファーに腰を下ろして言った。
「ああ」
 僕は二人分のワイングラスを持って、席へ戻る。
「冷蔵庫にケーキの残りがあるけど」
 ダックスフンドの言葉を「ふん」クリスマスは鼻で嗤った。
「ケーキなぞ、女子供の食物よ! 貴様、メスか?」
「オスだよ」
「子供か?」
「犬的には大人だね」
「じゃあ、駄目だ」
「駄目だってさ、兄貴」
「クリスマス、今どきそういうことを言うと、ポリコネがうるさいよ?」
 僕の小言にはいっさい耳を貸さず、クリスマスはワインの包み紙を「ウガーッ!」荒々しく引きちぎり「フヌゥ!」コルクにアイスピックみたいな長い爪を突き刺してポン、と引き抜く。そして血のように赤いワインを二つのグラスに注いだ。
 乾杯は無い。注ぎ終わったら、ぞれぞれおもむろにワインを飲む。
「グハッ」と、僕はワインとは思えないほどのアルコールにむせた。熱い液体がのどから胃に滴り落ちると、潰瘍でも出来たように痛みをもたらした。
「うぐっ………」
「やばそうなワインだ!」
 ダックスフンドが心配そうに言うと「地獄のワインだからな、当然だ」と、クリスマスが「グハハハハ」満足そうに言う。
「地獄から来たの?」
 ダックスフンドがたずねた。
「………」
 クリスマスはダックスフンドの問いには答えず、代わりに目ざとく床の片隅にある、犬用の水飲み皿を見つけた。彼はソファーから立ち上がり、それをダックスフンドの前に置いてワインを注いだ。
「飲め! 犬! 地獄のワインだ!」
「僕、犬だよ?」
「地獄のワインはケルベロスも喜んで飲む!」
「そりゃケルベロスは大丈夫かもしんないけどさ」
「飲むんだダックス」と、僕は胃痛をこらえて言う。「飲まなければ彼は永久に帰らない」
「そういうことだ」
 ガハハハハハ、とクリスマスは笑った。
「ちなみに地獄のワインは赤、青、黄色、緑、オレンジ、白、黒の七種類あってな。それぞれ『いじめ』、『万引き』、『悪口』、『ピンポンダッシュ』、『立小便』、『落書き』、『膝カックン』をイメージしているんだ」
「地獄から来たの?」
 ダックスフンドがたずねた。
「………」
「ちくしょう、何でこんな目に」
 クリスマスが答えないので、とりあえずペロペロとダックスフンドはワインを舐める。
「う~………ゲッ!」
 ダックスフンドはまるで人形のように両足をピーン、と伸ばしどさっと床に倒れた。
「フハハハ! いいぞ! いいぞ!」
 クリスマスが手を叩いて大笑いする。ダックスフンドには悪いが、今のは僕も少し面白かった。
 そうして僕たちが二時間かけてワインを飲み干すと、クリスマスは満足そうに頷いて立ち上がり「プレゼントだ」と、僕とダックスに三千円分のamazonギフトカードを配って「メリークリスマス!」と叫び、来た時と同じようにけたたましくどこかへ帰っていった。
「いったい何なんだあいつ」と、ダックスフンドが言う。ワインの胃痛は、不思議なことにクリスマスが消えると同時に無くなっていた。
「さっぱりわからない」と、僕は答える。
「たぶん、あいつも寂しいんだろう」

クリスマスがやってきたッ! 了

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