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五番札所 地蔵寺 2

目次

 ジョンは機動寺院によって犠牲になった人々の合同葬儀を行った。
 場所は野外、赤い夕焼けを天井に、遺体には棺も無く、ゴザの上に白い布を被せたものであったが、道具だけはレイジが立派なものをこしらえてくれた。ジョンはやはりレイジの用意した木魚(ロボットアームではない)を叩きながら経を読み、人々が焼香を行った。
 布を被せられた遺体を前に、ジョンの心が涙で滲む。彼らは人生の道半ばで、足の生えた寺に食われ、死ぬまで祈りを捧げることを強要されたのだ。あるいは機動寺院の足元にたまたま存在し、家屋ごと胴体を潰されたものもいた。彼らがこれから人生で遭遇するべき幸せを、理不尽に摘み取られたのである。
 すまぬ! すまぬ! 俺が遅かったばかりに!
 読経が涙でくぐもった。そんなジョンの気持ちが伝わったのか、焼香し、共に合掌する人々もまた涙を流す。
「悲しむな、ジョン」
 そんなジョンに金剛杖が耳打ちする。
「悲しみに沈むな、怒れ。怒って立ち上がれ。理不尽な仕打ちには、怒りを持って立ち上がらなければならぬ。機動寺院の暴走は、誰かが仕組んだ邪悪な陰謀だ。おそらくあのカウンターとかいう奴の仕業だろう。奴の目的は分からないが、機動寺院の破戒が唯一の解決策だ」
 ジョンの経を読む声が力強くなっていく。
「私にこんなことを言う資格は無いかもしれない。そもそも機動寺院を構想し、建造したのは私だ。私に怒りを向けてもいい。この旅が終わったらへし折ってくれてもかまわん。だが約束して欲しい。どんなに犠牲者が出ても自分を責めないでくれ。そして出来れば、この旅を完遂してまたここに戻って来て欲しい」
 ジョンの読経のボルテージが上がる。
「聞けっ!」
 読経を終えたジョンは、その場にいる全員へ向き直った。
「いま四国は存亡の危機に瀕している! 理由はいわずもがな、あの足の生えたクソ寺だ! この惨状を見てくれ! 俺は今からあと八十四寺と戦わなければならない。当然、時間がかかる。この村はまだこの程度で済んだが、番号が後になれば後になるほど、その近辺の村はこのように蹂躙されるであろう! そなたたちにお願いしたい! もし近隣の村が助けて欲しいと願い出たら、どうか出来る限り助けて欲しい! 家族を友人だけでなく、隣近所に住む者に優しく接して欲しい! 俺は破壊僧だ! 破戒することが俺の仕事だ! しかし傷ついた四国を癒せるのは、四国に住むそなたたちしかおらん! 今日から一年、少なくとも一年は人を思いやることを心がけてくれ! 馬に乗っているとき、道に人がいたら速度を落としてくれ! 煽り乗馬をしないでくれ!」
 ジョンの悲痛な訴えを、人々は黙って聞いていた。そこには悲しみも怒りも無かった。破戒活動に明け暮れ、仏教に見切りをつけた男が自身の心の奥底に見出した、わずかな一かけら。それは慈悲! このとき葬式に参加した村人は、ジョンの心の奥底に見出されたわずかな一かけらを、それぞれの心の戸棚にきちんとしまったのだった。
 それからジョンは宛がわれた家へと引きこもり、レイジの用意した卒塔婆に梵字と戒名を記していく。作業は夜を徹し、明け方まで行われた。ジョンは卒塔婆をそれぞれの遺族へ手渡すと、対仏ライフルを背負い、誰にも別れを告げず金剛杖を突いて西へ向かった。


「少し眠るべきだ、ジョン」
 金剛杖の言葉にジョンは「大丈夫だ。俺は二日分寝ている」と答える。
 危うい、と金剛杖は感じた。
 昨日の弱気な発言といい、葬式といい、ジョンの心は不安定であるように思えた。危険な兆候である。
「次の寺のことを教えてくれ」
「五番札所、地蔵菩薩」
「六道能化か、いったいどんな能力だ?」
「寺自体は攻撃よりも防御に特化した機能を持たせた。徳によってコーティングされた襖を二重、三重に展開して戦闘時は衆生の盾となるようにプログラミングされた。武装がガトリング砲が二門。片方の仏弾を補充している間に、片方で撃つようにプログラムしてあるから、同時に撃たれることは無いが弾切れもない。そして本尊だが」
「なんだ?」
「武装している。甲冑を着こんで槍を持ち、馬に乗っている」
「それって……」
「オートブッダ(からくり仏像)だ、生存性を意識した勝軍地蔵菩薩なんだよ」


 本尊がオートブッダと聞いてジョンの目が細くなる。彼の心は七年前の戦いに飛んだ。
 オートブッダの技術は比較的古いものである。当時、南都六宗の放った千手観音と戦ったものだ。だが地蔵菩薩と戦った記憶は無い。地蔵菩薩は本来、無限の慈悲を持って人々を地獄から救い出し、子供を守護する菩薩である。
 しかし何故、そんな菩薩が馬に乗り、甲冑を着こんで槍を手にしているのだろうか?
「わからん」と、金剛杖は答えた。「だが不思議とそうあるべきだと思ったのだよ」
 ジョンと弘法大師は山を右手に西へ向かって歩いた。田んぼ道にポツリポツリと家屋が見えてくる。次の地蔵寺は板野と呼ばれる集落にあると聞いたが、板野は本来、地蔵寺に加えて金泉寺、大日寺の縄張りであり加えて西の端には六番札所、安楽寺もいた。
 三つの寺に蹂躙しつくされた集落には、ありありと蹂躙の後が垣間見え、荒れた田畑には機動寺院の丸く深い足跡が突き刺さり、山の斜面は何らかの攻撃によって一角を崩されて白い山肌を痛々しく晒していた。
 家屋は廃墟、廃墟、廃墟であり、家主が襲撃を受けたらしく損傷のひどいものや、逆に手付かずのものもあった。たとえ生き残っても、耕作に人手を多く必要とする田畑を維持することは不可能である。結局は生き残った人々も他の集落へ遁走してしまったのだろうか。
 急がねばならぬ。
 焦りを胸に早足になるジョンであったが、聞き込みをする住人すらいない集落の中では何の手掛かりも無かった。皮肉なことに、そういうときこそ出会わぬものなのである。やがてジョンは廃屋のひさしを借りて休憩し、笹の葉で包んだ握り飯を食べ始めた。
「焦るなジョン。ゆっくり、ゆっくりとやるのだ。然るべき時には必ずや機動寺院は現れる。少し寝ておけ」
 金剛杖の言葉はもっともである。それはジョンも理解している。頭と体では理解しているが、心が理解を拒んでいるのだ。
 座禅して心を鎮める。しかしそうしている間にも罪も無き衆生が、徳を吸われて干からびた死体と化しているのだ!
「うおおおおおおおお!」
 筋骨隆々としたジョンの心が雄たけびを上げた。そのとき足元で微かに地面が震えた。ガタガタと廃屋が揺れた。
 来たか。
 ジョンは金剛杖を帯に差して、対仏ライフルを手にした。レイジによって銃弾も、線香手榴弾も潤沢に揃っている。
 わかっているな、ジョン。まずは相手の様子を見るのだ。
 ジョンは自分にそう言い聞かせて廃屋から出た。山の麓から、寺が顔を出す。
 その寺は通常の機動寺院と同じく、基礎に当たる部分から足が生えた形態いるが、その足の数は数える限り十二本あった。本堂は動きに連動して外装が細かく動くのが確認できる。瓦屋根の左右には鯱のように二つのガトリング砲が据え付けられている。
「地蔵寺だ!」
 金剛杖が叫ぶ。ジョンは対仏ライフルの安全装置を外した。


 ジョンと地蔵寺の間は田んぼ道が広がるばかりで、身を隠せそうな遮蔽物は存在しなかった。無闇に突っ込むのは得策ではない。
 地蔵寺の進路は真っ直ぐこちらに向かっている。仏敵感知のセンサーが、反仏質を捉えているのだ。
 後方を見る。この周囲は廃屋が密集している。複雑な地形はこちらに有利に働くだろう。
 しかしジョンは右手の谷へ駆け出した。衆生が在りし日に暮らしていた家屋を、地蔵寺に踏みつぶされるのが忍びなかったのである。
 谷には身を隠す巨石も大木もある! それで充分、俺には有利だ!
 ジョンは大きな岩陰に身を隠して地蔵寺を待つ。地蔵寺は十二本の足を器用に動かして、地面を滑るように進んでいく。
 十二本の足、本堂を落とすのは至難か。
「大師、作戦はあるか?」
「あの十二本の足を潰して、いつも通り本堂に入るには時間がかかりすぎるな。かといって地蔵寺の複層装甲に直接、対仏ライフルを撃ちこんでいてもらちが明かないだろう」
「打つ手なしか?」
「いや、そうでもない」
 金剛杖が空中に地蔵寺のホログラムを投影した。
 そういえばそんな機能もあったな、と思いつつジョンは金剛杖の説明を聞く。
「十二本の足を一つ一つ狙うのは時間がかかりすぎるが――」
 ホログラムが回転して、地蔵寺の基礎を下から見上げる格好となる。
「十二本の足をコントロールする基部に攻撃を命中させることが出来れば、少なくとも一時的に体勢を崩すことが可能であろう」
「よし、それなら線香手榴弾の一撃が有効だな」
 ジョンは線香手榴弾と自動着火蝋燭を構え、岩陰に身を潜めて息を殺す。幸い地蔵寺は、そこまで反物質を感じ取るセンサーが敏感ではないようだった。
地蔵寺の足音は特徴的である。いつもの機動寺院なら大地に向かって、足が槍のように突き立てられて大きな地響きを響かせる。ところが地蔵寺はトトトトトという断続的な音と小さな響きだけが伝わってくるばかりであった。
「分かっていると思うがジョン、基部に線香手榴弾を放ったら、すぐさま離脱するのだぞ。でなければ寺に押しつぶされてしまう」
 ジョンは目を閉じて、地面の振動から地蔵寺の位置を感じ取ろうとする。それから自分のやることを心の中でシミュレーションしてみた。頭上をまたぐ地蔵寺に向かって火を点けた線香手榴弾を投げる。線香手榴弾は足と足の間にうまく挟まって爆発し、地蔵寺が落下するところを必死に走って逃げる。「ジョン!」本堂が落ちたら対仏ライフルを撃って本堂の隙間をこじ開け「ジョン!」中の人々を助け出し「起きろ、ジョン!」
 金剛杖の声にジョンは目を覚ます。地蔵寺が既に頭上へ迫っていた。
 何と言うことだ、俺はいつの間にか眠っていたらしい!
 だが状況はイメージ通りだった。ジョンは素早く線香手榴弾に火を点けて機動寺院の足元へ放つ。
 すると真っ白い板がどこから伸びて線香手榴弾を打ち返した。
「なに!」
 ジョンは砂利を巻き上げながら急いで逃げる。
 爆発。
 何とか殺傷効果範囲を免れるも、飛び散る砂利がジョンを打った。地面に転がりながら、ジョンは線香手榴弾を打ち返したものの正体を知る。
 障子だ! 障子が関節を持ったアームに繋がって、あらゆる方向から身を守る盾となっているのだ!
「馬鹿な!」
 金剛杖が驚いたように言う。
「あのような動きはプログラムに無い!」
 地蔵寺の屋根に据え付けられたガトリング砲がジョンに照準を合わせる。
 ジョンは素早く森の中へ逃げ込んだ。ガトリング砲から放たれる仏弾が、徳をまき散らしながら森を切り裂いていく。
 ジョンは大木の陰に隠れて対仏ライフルを構える。ガトリング砲の斉射が止んだ。地蔵寺は手近な木の枝をロボットアーム『木魚』にてへし折り、体内に取り込んで仏弾を充填する。その間にもう片方のガトリング砲がジョンを狙う。
 対仏ライフルが火を噴いた。反仏質弾が本堂へ向かった放たれる、がしかしアーム付きの障子に阻まれる。爆発して穴が開く障子。だが地蔵寺を守るアームはあと五本もある。
 ガトリング砲が放たれ、ジョンの隠れる木を仏弾で撃ち倒す。
 ジョンは間一髪、木の影から脱出して森の中へ逃れた。そこへ地蔵寺が追撃をかける。
 やがて森は仏弾によって切り払われ、後には地蔵寺が疲労困憊のジョンと対峙する光景が現れた。
 地蔵寺のガトリング砲の砲身が回転する。
 もはやこれまでか! そう思われたとき、馬の蹄が谷へ轟いた。
 レイジだ! レイジが馬に乗ってジョンの下へ駆けてくる! その後ろには紅が乗っていて、その間に八歳くらいの子供もいた。人間を三人乗せて駆けるショウガの馬力は通常の馬の一・五倍である。
「息を止めるんだ、ジョン!」
 言われるがままにジョンが息を止めると、紅が印を切って地蔵寺の周囲を真空状態にする。
 徳の供給を失って、地蔵寺の本堂が地響きを立ててジョンの目の前に落下する。ジョンは対仏ライフルのボルトをコッキングして、本堂の障子を破壊、内部へ突入した。
 本堂の内部では正に今、地蔵寺が人々に対してロボットアーム『木魚』を介し、電気ショックによる蘇生を試みていた。ジョンはあえてその様子を見守る。やり方は手荒いが機動寺院内部の人間を殺さないという方針は、双方とも一致している。
ジョンは冷静に対仏ライフルを背中に回し、刀を抜いて本堂の中央に安置された本尊と相対した。
 弘法大師が直々に造ったオートブッダ、勝軍地蔵菩薩は木彫りの荒々しい外観をしていたが、関節部から見える内部は大仏に見られる伝統的な技法と、大陸から持ち帰った仏教のハイブリット・テクノロジーを伺わせた。
 軍馬に跨り、甲冑を着こみ、兜を締めて槍を持った本尊は微動だにせずジョンを見下ろしていた。徳が足りないのか、あるいはジョンの様子を分析しているのだろうか。
「わかっているだろうが、ジョン。奴に般若心経の守りは効かない」
「ああ」と、ジョンは頷いて答える。
般若心経は、それを上回る徳の純度を持つ仏質の攻撃は防げない。破壊僧風に言うならば『釈迦に説法の法則』である。ジョンがしたためた写経と、長きにわたって信仰を集めた本尊では徳の純度に圧倒的な差が生じた。
本尊が槍で突けば、それはやすやすと般若心経を貫通するであろう。
「あの本尊の攻撃パターンは、寺を破壊されて外に引きずり出された状況を想定している。衆生がいる本堂内部では派手な動きは出来ないだろう」
 金剛杖は説明した。
「この場合、有効な戦術は周囲の人々を盾にすることだが――」
「否!」
 ジョンは宣言する。
「このジョン・田中! 本堂に押し入るために気絶させたとはいえ、無力な衆生を盾にして戦おうとは思わぬ! それは邪道! 俺は正道を行き、無理を引っ込め道理を通す者ぞ!」
「よく言った! ここで小癪な手段に出れば、後の寺に勝てる見込みは無し! 存分にやれ、ジョン!」
「応!」
「はうあっ!」
 地蔵寺が足腰の弱い老人を、ロボットアーム『木魚』の電気ショックで蘇生させた。これで紅の術により気絶した人々は全員蘇生し、そして自分たちの目の前で本尊に肩を向ける僧侶に驚愕する。
「あ、あなたは――」
 疑問を口にした足腰の弱い老人を、ロボットアーム『木魚』の電撃が一撃する。
「はうあっ!」
 機動寺院に食われた人間には『祈る』以外の行動は許されていない。ジョンは本堂に踏み入れてから初めて、怒りの感情にまなじりをわずかに吊り上げた。
 それが勝負の火蓋を切った。
 地蔵寺の本尊が跨る軍馬が前脚を上げて、ジョンを踏み潰そうとする。
 天井すれすれに槍を掲げる地蔵菩薩のセンサーが捉えるのは、ジョンの持つ刀。
 ではなく、左の掌に巻き付けられた数珠である。
「やっ!」
 軍馬が前脚を掲げた刹那、ジョンの左手から数珠が飛び出した。それは軍馬の前脚をからめとり、ジョンは数珠を引いてバランスを崩しにかかる。
 刹那、本尊の槍が数珠を打った。木造の本尊なれば、槍の先もまた木造であるが、純仏質と化した槍の先は鉄に劣らぬ鋭さと強度を持つに至っている。
 ガキン、と火花を散らして槍が弾かれる。
 ジョンが持つ数珠は仏教の七宝における金、銀を除いた瑠璃、玻璃、シャコガイ、珊瑚、瑪瑙の五つを用いて作られており、徳の純度不利を無効化することが出来るのだ。
「ぐあああああああ!」
 数珠を肩にかけ、背負い投げの要領で馬を畳に引き倒す。もとより木と仏教のテクノロジーによって生み出された軍馬は、悲鳴すら上げずに畳に投げ出され、本尊は素早く飛び降りて着地した。
 肩なの白刃が閃き、馬の目から頭脳中枢に突き立てられる。ジョンは軍馬の前脚に絡みついた数珠を解き、左腕に巻き付けて小手とする。
 攻撃、防御、どちらの手段も不足無し。
 本尊へ刀を向けるジョンに対し、本尊もまた槍の切っ先をジョンへ向けた。彼我の距離は二メートル、もない。
 ギシッ、と本尊の腕が軋んだ。
 危ッ!
 顔に迫る予備動作無しの突きを、ジョンはすんでのところで切っ先を刀でかわし、やり過ごす。
 突き、突き、突き。
 刀で、小手で、姿勢を変えて、ジョンは本尊の突きをいなしていく。
 下段。
 本尊の攻撃軌道が変わり、槍の切っ先が左足、その先端へ飛ぶ。
 ドン、と本尊の槍が本堂の畳を貫いた。
 ジョンの足はギリギリのところで刃を逸れ、槍は足指の間を辛うじてすり抜けている。
 ホッとしたのも束の間、本尊の左拳がジョンの頬骨に閃いた。
「ぐはぁ!」
 ジョンの体が後方へ吹き飛ぶ。攻撃手段を槍のみだと誤認した隙を突かれたのだ。
 それでも頸椎を骨折しなかったのは、破壊僧の本領である。ジョンは殴打の瞬間、拳の方向に飛ぶことで衝撃を減算せしめていた。
 しかしその間に本尊の槍は畳から引き抜かれ、衝撃の覚めないジョンへ向かって突かれた。ジョンはその突きに対して刀を向け、凄まじい速度で迫るそれをどうするつもりなのか?
 瞬間、ジョンの手から刀がするりと、抜けるように落ちた。空となったジョンの手は、自分に向けられた槍を掴むと、その運動エネルギーを利用して逆に本尊を投げ飛ばし、畳の上に墜落せしめた。
 破戒体術柔技(はかいたいじゅつやわらのわざ)『輪廻』。
血楽した本尊は、壊れた人形の如く四肢と機械仕掛けの五臓六腑を爆散させる。すかさずジョンは納経帳を掲げて本尊を封印した。
 四国霊場五番札所、地蔵寺がここに破戒されたのである。


 地蔵寺を破戒したジョンは、レイジや紅と共に本堂へ囚われた人々を救出し、衰弱している人間はその場で手当てし、介抱して可能ならば自宅まで送った。
 救出作業を終えた彼らは、破戒したばかりの地蔵寺の本堂を間借りして、そのまま一夜を明かすことにした。
「どうしてここに?」
 外でたき火を囲みながら、ジョンがレイジと紅にたずねた。紅の懐には彼女の息子、百乃介が抱かれたまま眠っている。
「そりゃ君を助けるためですよ」と、レイジは言った。
「なぁ、ジョン。考えてもみてください。反仏質弾が無くなったら、般若心経が無くなったら、その他入り用なものが出来たら、その度に仏具屋を探すんですか? 僕を連れても損は無いと思いますよ」
「あたしの真空の法も、役に立つと思わないかい?」と、紅が得意げに言う。「あれがなかったら、あんたは今頃、お陀仏になっていたね」
「その子は?」
「こいつは私の息子さ。親離れにはちょっと早すぎるだろう。こう見えてなかなか役に立つんだ」
「なんの?」
 ジョンがたずねると紅はしばし考えて「まぁ、具体的にはちょっと思いつかないけれど」と答えた。
「めぐりあわせは馬鹿に出来ぬ」と、金剛杖は言う。「紅の言う通り、何かの約に立つかもしれん」
「しかし、町の方はどうだ?」
「そいつは手下に任せて来た。なに、まぁ私がいなくても、一年くらいはなんとかなるだろう。それより今は四国の危機さね」
 紅が言うと、後ろで彼女の馬、ショウガが「ひーん」と鳴いた。ジョンの危機にレイジと紅、そして桃乃介を乗せて来た彼女だが、元々はジョンへ寄進された食料や燃料を積んで引っ張って来させられたのだ。その荷物は地蔵寺の攻撃時に街道へ放棄され、今は破戒された地蔵寺に置いてある。
「ニャー」
 そこへ暗がりから白い子猫が姿を現した。
 ぶ、仏猫!
 ジョンは動揺して腰を浮かしかけるが、そうとも知らないレイジと紅、そしてショウガは唐突に表れた子猫を破顔して迎え入れる。
「五つの寺院を破戒し、五つの仲間を得る。なるほど」
 金剛杖は納得したように言う。
「すると八十八の寺院を破戒した暁には、八十八人の仲間が行列のように出来てるってか。冗談じゃない」
「どうして? 素晴らしいことじゃないか」
 確かに、と思ったが何だか悔しいのでジョンは「俺はもう寝る」と、地蔵寺の本堂に引き上げた。
「ジョンよ、まだまだ煩悩が抜けきっておらん。そんなことでは、いつまでたっても悟りの境地には達しないぞ」
「うるせえやい」
 そういうジョンの顔は、微かな笑みを浮かべていた。

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