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代物

シワシワのレジ袋をテーブルの上にグシャッと放った。
夕飯に買ってきた弁当の蓋のプラスチックがバリと固い音を立てる。
すっかり冷めてしまった弁当を温めることもなく、固いご飯に割り箸を突き刺した。
割れかけたプラスチックの蓋には、20%引きのシールが貼られ、今日はその上に半額のシールが貼られていた。
元は誰かが手間暇をかけて大切に育てたはずの野菜や肉は、ベルトコンベアーの上で形を変えられて、今や値引きのシールがベタベタと貼られた廃棄寸前の代物に変わっている。

昔は、本当に最初は、俺もそうやって気にかけながら世話をされてきたのだろうか。
けれど、なんの生産性もなくただ流れた月日の上で、引っかき、叩きつけられるようにベタベタと値引きのシールが貼られた今の俺は、廃棄の箱の上で腐り切るのを待つだけだ。

とっくに狭い部屋の隅に追いやった過去の一瞬の栄光は破れて埃まみれになっている。
とっくに公園のゴミ箱に捨て去ったはずだったのに、なぜか最後の一冊だけが忘れ去られて残されたままになっている。

ずっと志してきた作家の道で、たった一度の賞を手にした俺は、瞬く間に「新星」という名の札を貼られた。
世間は勝手だ。「担当」と名乗る男は、俺が大切に並べてきた文字を、「新星」という名を口に、にこやかにまくし立てながら一文字も残らず搾取していった。
そして、俺が干からびる横で、新しい輝かしい星が次々に生まれるたびに、「担当」は鮮やかに身を翻した。
何者でも無かった俺は何者にもなれず、貼られた値引きシールを呆然と見つめていた。

鳴り止まなかった電話は息の根を止めた。
笑顔を貼り付けて擦り寄ってきた"知人"は手帳から俺の名を二本線で消した。
酔って手を出してしまったよく知らない女への慰謝料で金は底をついた。

腐った黄土色に成り果てたかつての「新星」の札の上に、手早く貼られた値引きのシール。
さらにその上に、汚く殴り書きをされたシールが重ねて重ねて貼られて俺を埋め尽くしていった。

もう、いいだろうか。
何年かぶりに床に転がるペンを手に取った。

お元気でしょうか。あなたは変わらず、お元気でしょうか。
僕は今、狭くてカビ臭い1DKの部屋でこの手紙をあなたに書いています。
あなたに何を伝えたくて、この手紙を書いているのか分からない。けれども、何故かあなたに書かなければいけない気がしました。
すっかりと遠い昔に僕を生んだあなたは、変わり果てた僕の姿は見えていますか。
何者でもない僕は今、何者でもなく腐っていくのを待っています。

あなたは今、何をしていますか。

伝えたいこともない葉書を書き終えると、思わず手が震えた。細かい痙攣を繰り返す指先からスルリとペンが滑る。
コップに注がれた、しんと静まり返った湖のような表情をしている水の上で、ペンから滴り落ちたインクが数滴落ちていた。
それはポトポトとこぼれ落ちて水の中に消えていく。
綺麗に澄んでいた水を、たった数滴のインクがみるみるうちに薄黒く濁した。
俺はその水を思いっきり飲み干した。
インクのツンとした匂いが喉の奥から水を押し返す。
喉から苦く逆流する水を押し戻して飲み込むと、代わりにしょっぱい水がツーと溢れてきた。

この水は俺の血だ。俺の身体を流れて流れてそのまま真っ黒な川になってしまえばいい。
身体がドクドクと音を立てて一気に体温を上げる。
熱湯のような血が全身に駆け巡る。
俺はおもむろにほんのりと赤くなった手をライトにかざして、その指を思いっきり噛みちぎった。
犬歯が引きちぎった皮膚から鉄くさい味がする。灼熱の痛みと鉄の味が混ざり合って、もはや何の感覚も抱かなくなった頃、やっと口から引き抜いた指からは真っ赤な血が流れていた。
俺の血はあいもかわらず真っ赤だった。

澄んだ小さなコップの水を真っ黒に染めた数滴のインクは、何者でもない俺を染めることはなかった。
貼り重ねられたシールの下がジュクジュクと鈍く痛んだ。


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