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破片

「ねぇ、永遠なんて信じる?」きれいな薄ピンクのネイルが施された指先で自分の腕をなぞりながらおもむろに彼女はわたしに尋ねた。「急にどうしたの。そんなことを聞くなんて」「ううん。なんとなく。」中学時代からの友人が、そんなことをなんとなく聞いているのではないことはすぐに分かる。「もしかして、彼のこと?」

彼女は3か月前に、5年間付き合った幼馴染の彼と結婚をした。真っ白なウエディングドレスに身を包み幸せそうに微笑んだ彼女の姿を見て、感動と少しだけ嫉妬が混じりあった複雑な気持ちになった。それでも、親友が幸せになる姿は純粋に喜ばしいものだった。
彼女は自分の指先を見つめながら口を開いた。
「そうよ。彼のこと。わたし、彼と結婚したことを少し後悔しているの。」「どうして。彼のことあんなに大好きっていつも言っていたのに!」大人しくてあまり感情表現をせず、いつも少し困ったように微笑んでいる彼女が彼の話をするときだけは、いつも少し興奮気味に目を輝かせていた。彼からプロポーズを受けたときなんて、嬉しくてたまらない気持ちを抑えられずに彼女はわたしの顔を見るなり涙をこぼした。そんな彼と結婚をして、彼女は今幸せの絶頂期にいるはずなのに。

「わたしね、気付いてしまったの。わたしは彼のことが大好きだけれど、いつか先の未来でこんなわたしは泡のように消えてなくなってしまうかもしれない。結婚式で私たちは永遠の愛を誓った。それは美しいことで私たちは終わりのない愛に夢を見る。でもね、それがどれだけ恐ろしいことなのか。」
うっとりと目を伏せながら語る彼女から次はどんな言葉が出てくるのか、中学時代からの親友のわたしだとしても想像がつかなかった。

「紅茶のお代わり、どう?」わたしは彼女が顔を上げるのを期待して、問いかけた。「いいえ。結構よ、そこにいて。」顔を上げた彼女の褪せた紅茶色の目には少し強ばった顔をした私しか映らない。
「永遠を誓ったということは、永遠があるとしたら、わたしはこれから死ぬまで永遠に彼のことを見つめ続けなければならない。でもね、わたしが永遠に見つめ続ける彼の瞳に映るものは何だと思う? 情熱的に彼を見つめるわたしの姿?」
彼女はふと壁に目をやり、手を伸ばした。日は傾き始めうっすらと彼女の手に零れ落ちる。

「いいえ。彼の瞳の中に囚われてるのは私じゃない。本当は貴方なんじゃないかしら。」

永遠はあるのだろうか。その質問に答えるとしたら、わたしはこう言うしかない。「もしも永遠があるとしたら、それはたったひとつの場所にしか存在しえない。」そして、わたしはとっくの昔にあなたに永遠を見出したと。

「分かっていたわ。ずっと前から。でもね、私は彼と貴方の間にあるよく透き通るガラスなの。鮮明に美しく透き通るために薄く薄く作られたガラスなの。
でもね、透き通ることへの代償にすぐに壊れてしまう。壊れた破片こそが永遠の形なんじゃないかしら。」
最後にふっと微笑み一口の紅茶を残して彼女が何も言わずに私の前から去った部屋で、わたしは彼女と同じように手を伸ばした。

光と影は同じ場所にあるはずなのにいつだって対峙する。その隙間にはお互いが決して手を伸ばせないよう誰にも見えない薄く透き通ったガラスでもあるのだろうか。
少し時が流れてやがて手のひらにこぼれていた光は影へと飲み込まれていった。
わたしはゆっくりと窓辺のカーテンを引いた。
壊れて散ったカタチこそが永遠なのかもしれないという言葉に酔いしれながら。
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