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<連載第14回>クリアカン駅からエルモシジョ駅まで|北澤豊雄「野獣列車を追いかけて」

<連載第13回>再びアメリカを目指す2本指の男はこちら


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 自らの国を出てアメリカを目指す移民たちの間で『野獣列車』と呼ばれている列車がある。貨物列車ゆえに乗車ドアも座席もない。移民たちは、屋根の上や連結部分にしがみつき、命の危険にさらされながら祖国からの脱出を図る。『野獣列車』、それは希望へと向かう列車なのか、それとも新たな地獄へと向かう列車なのかーー。


当連載『野獣列車を追いかけて ― Chasing “La bestia” ―』が収録された
北澤豊雄氏の最新刊『混迷の国ベネズエラ潜入記』
2021年3月15日に発売されます!


 11月××日

 クリアカン駅(Culiacan)では移民に会えなかった。メキシコで話題のニュース映像が脳裏にちらつき、外出を躊躇してしまったせいもある。シナロア州の州都クリアカンは人口約110万人。宿泊先の宿やレストランで出会った人々は優しく穏やかだが、麻薬カルテルの街としても知られている。
 2週間ほど前、メキシコの治安当局はクリアカンでメキシコの麻薬王エル・チャポの息子で幹部のホアキン・グスマンの身柄を拘束した。ところが直後に麻薬組織からの反撃にあい仕方なく息子を解放している。機関銃などで重武装した麻薬組織の仕様が治安当局を上回る規模で付近住民に更なる影響を及ぼす懸念があったためだという。(「CNNニュース」2019年10月19日)。
 こんなニュースに接してまもなくクリアカンに入ったせいか、少し身構えてしまったのである。
 駅周辺の移民探索もほどほどに宿に帰るとき、異様な光景を見た。
繁華街のやや外れに伸びているミゲル・イダルゴ通り。色とりどりのパラソルが30個ほど等間隔に並び、その下の長椅子に女性たちが座っていた。なぜか妙齢の美女が多いのである。彼女たちはドルの両替商だった。観光地でもない街の一画になぜこんなに両替が必要なのか。
 麻薬でドルが唸っているとしか思えなかった。


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[両替商の美女が並ぶ通り]


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11月××日

 シウダ・オブレゴン駅(Ciudad Obregon)付近には草むらや倉庫があり、移民たちは隠れやすそうだった。注意深くあたりに目をやると、いくつかのグループがある。日中はTシャツで十分暑いが、空気が乾いているせいかあまり汗を掻かない。
 ソノラ州シウダ・オブレゴンは人口約43万人。線路脇の草むらには鉄骨が人の背ほどまでに積み上げられており、家族連れの子供がジャンプして遊んでいた。だが父親とおぼしき男は野生じみた風貌とは裏腹に目はやや虚ろで、何かに耐えているような雰囲気を宿していた。黒い運動靴は底が半分ほど剥がれて歩くたびにペタペタさせていた。移民だろう。


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[シウダ・オブレゴンの街の様子]


 一方、母親らしき女性は、形の整った顔に厚い唇が印象的で、険しい途上であるはずなのに、そのことをまったくおくびにも出さない爽やかな笑顔を振りまいていた。
 声をかけるとホンジュラス出身の家族だった。妻女はパオラと言い、見かけ通り気さくだが旦那のほうは寡黙だった。友人夫婦とその友達の合計6人で国を出て来た。


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[パオラ夫妻と子供(左3人)]


 ブヨのような虫がひっきりなしに足もとにまとわりついている。野獣列車について尋ねると、パオラが言った。
「列車の上は怖くて眠れないから、みんなで連結部に乗る。人が多くて連結部に乗れないときは、列車を一本遅らせているわ。子供がいるからとにかく安全第一。アメリカまでもう少しだわ」
 国境の街ノガレスまであと2駅、距離にして約400キロである。国を出た理由は「危険だから。できることなら出たくなかった。でも、出なくちゃならなかった」と切迫感を感じさせたが、それ以上は話さなかった。旦那のやつれた姿を見ていると語れないことが多そうな気がしたが、パオラとはその後もコンタクトを取り続けることになる。


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11月××

 ソノラ州の州都エルモシジョは人口約80万人、長距離バスのバスターミナルでは警察に手を引かれた麻薬犬が活躍していた。国境に近づくにつれて、アメリカへの麻薬密輸の局面が増えていくからだろう。メキシコ政府は南部では移民探索に、北部では麻薬捜査に力を入れなくてはならない土地柄なのだろう。


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[エルモシジョの街の様子]


 エルモシジョ駅(Hermosillo)の周辺は乾いた砂地で、企業の工場やホテルやコンビニのほかに民家がわずかにあるだけで、そこからアメリカ方面に目をやるといくつもの丘陵地帯の稜線が見えている。
 駅から北へ1キロほどの住宅密集地にある移民の家は閉鎖していた。金網のフェンス越しに痩せこけた犬が3匹、激しい勢いで吠えていたが人気はなかった。近所の人に聞くと「セントロ(中心地)に移った」と言うが、セントロでも結局見つけられず、移民の姿も見かけなかった。あと一駅で終着駅のノガレス駅である。彼らはどこで、どんな気持ちで過ごしているのだろうか。


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[閉鎖した郊外の移民の家]


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<第15回>アメリカ国境を目の前にしては3月11日(木)公開予定


北澤豊雄(きたざわ・とよお)
1978年長野県生まれ。ノンフィクションライター。帝京大学文学部卒業後、広告制作会社、保険外交員などを経て2007年よりコロンビア共和国を拠点にラテンアメリカ14ヶ国を取材。「ナンバー」「旅行人」「クーリエ・ジャポン」「フットボールチャンネル」などに執筆。長編デビュー作『ダリエン地峡決死行』(産業編集センター刊)は、第16回開高健ノンフィクション賞の最終選考作となる。


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