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<連載第4回>あんた、もしかして犯罪者かい?|北澤豊雄「野獣列車を追いかけて」


<連載第3回>暗闇の中を鈍い音を立てて進む黒い物体はこちらから


 自らの国を出てアメリカを目指す移民たちの間で『野獣列車』と呼ばれている列車がある。貨物列車ゆえに乗車ドアも座席もない。移民たちは、屋根の上や連結部分にしがみつき、命の危険にさらされながら祖国からの脱出を図る。『野獣列車』、それは希望へと向かう列車なのか、それとも新たな地獄へと向かう列車なのかーー。
 南米へ足繁く通うノンフィクションライターの北澤豊雄氏が、単身『野獣列車』を追いかけ、その列車をめぐる人々の姿を活写した28日間の記録。


 駅舎の中は倉庫のようになっており、机や椅子にくわえて貨物列車の部品も無造作に積み上げられていた。窓ガラスを割った跡があるのは、移民が野獣列車を待つ間に中で過ごしたのだろう。いや、そんな大胆なことが出来るはずはないと打ち消した。
 アリアガ駅からここイステペック駅(Ixtepec)までバスを乗り継いできたが、その間に入国管理局による検問が4回あったからだ。入国管理局は国境のみにあるのではない。国内各地に点在していて移民の拿捕に躍起になっている。移民たちは何より強制送還を恐れる。駅舎のガラスを割って中で過ごすなどという目立つことは避けるに違いなかった。
 三車線のレーンのひとつには黄色の貨物列車が駐まっていた。駅の南北はローカルバスの発着所になっており、住民の多くが線路の上を往来している。オアハカ州のシウダド・イステペックは人口約3万人の小さな町である。


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[イステペックの町の様子]

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 たそがれ近くの柔らかな陽射しが街並みの上を滑っている。
 バス停の脇には露店があった。50代前半くらいの主人がビニール袋の中にトウモロコシの粒を詰めて販売していた。「エスキテ」と呼ばれ、お好みでマヨネーズやケチャップやレモンをかけて食べるおやつのようなものである。ここに来た目的を告げると、店主は何と一袋を無料でくれた。


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[メキシコのおやつ、エスキテ]


「それは良い仕事だ。野獣列車を使う移民は一時期に比べると減ったけど、今でもこのへんで野獣列車待ちをしている奴らが必ずいる。ただし、なかには悪い奴もいるから、くれぐれも気をつけるように」
 しばらく駅の周辺で移民をさがしていると、駅舎のホームでリュックを枕代わりにして横になっている体格の良い女がいた。水色のスウェットパンツに紺色のタンクトップ。日焼けした浅黒い肌には艶があり、移民という感じではない。


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[イステペック駅のホームで出会ったサラ]


 近づいて、目が合うと「野獣列車に乗るのですか?」と私は尋ねた。
 女はとくに警戒せずニッコリ笑うと、「そうだよ。南へ行くと」と言った。南? 野獣列車はアメリカを目指す移民たちを乗せて北へ行くはずだが。
「アメリカへは行かないのですか? アリアガ駅に戻るのですか?」
 女は寝転んだまま少し困ったような顔をした。私は地べたに座って「エスキテ」を差し出した。女の表情が綻んだ。エルサルバドルの出身だという。
「アメリカにいたけど、強制送還になり、再びメキシコに来た。アメリカとの国境方面に向かっていたけど、メキシコ南部の友達のレストランで働かないかと言われ向かっている。金を貯めたらアメリカに行きたい」
 野獣列車にくだりがあるとは考えたこともなかった。むろん貨物の運行としてのくだりはあるにせよ、人を乗せているとは思いも寄らなかったのだ。
「くだりに人は乗っていますか?」
「ほんの少し」
「アメリカはどこに住んでいたのですか?」
「南のほうだよ。それよりあんたは、野獣列車に乗ってアメリカを目指すのかい?」
 私も移民の類いだと思われているのだろう。そんなこともあろうかと思い、コロンビアで偽造の身分証を作っていた。アントニオ・フェルナンド・ボレ。これが私のコロンビアでの名前である。メキシコ入国に際してわざわざ古い服を着て、髭も剃らず、シャワーもなるべく控えてきた。場面や状況に応じて取材者と移民の2つの顔を使い分けようと思っていたのである。
「そうだよ。コロンビアのボゴタから来た」
「でも、顔は中国人だね。君のルーツは中国だね」
 そう言って彼女は自分の両目を指で釣り上げた。目が細い、と言いたいのだろう。彼女はサラと名乗った。


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[コロンビアで作った偽造の身分証]


「ボゴタは稼げないのかい?」
「日本食レストランで働いていました。月に300ドル(約3万円)ほどです」
 コロンビアの月額の最低賃金である(2019年10月時点)。
「バハ・カリフォルニアのエンセナーダに行くといい。アメリカ人の金持ちが多いから、そこの飲食店で金を貯めてアメリカに行きなさい。賄いのご飯も美味しいよ」
 太平洋に面した観光地でアメリカからも近い。
「サラはエンセナーダで働いていたの?」
「少しね。中米からアメリカを目指している人や、アメリカから強制送還になった中南米の人が集まったりしている」
「飲食店ではいくら稼げるの?」
「チップも入れて300~400ドル(約3万円~4万円)よ」
メキシコの最低賃金は地域や職種によって異なるがおおむね1万7千円前後(月額)である(2019年10月時点)。
「ところで、野獣列車の乗り心地はどうなの?」
 サラは渋面を作った。
「落ちないように神経を使うから疲れるよ。あんたも乗ってみれば分かる」
「エルサルバドルから初めてアメリカを目指したときも乗ったの?」
「乗ったけど、もうだいぶ昔のことだから忘れちゃった」
 それからしばらくコロンビア料理の話などをしていると、遠くから人の声が聞こえてきた。目を懲らすと男女の警官だった。巡回だろう。私はすうっと立ち上がった。これまでラテンアメリカ14ヶ国を回っているが、警官や軍人こそが怖いという固定観念が拭えず、実際にコロンビアでは職質の末に一時拘束されている。パナマでは留置所に収容されたこともある。ましてや今日は偽造の身分証を携帯している。無用なトラブルは避けたかった。
 サラは意に介さず寝転んだままだ。この図太い神経で世の中を渡っているのだろう。
「もう行くの? あんた、もしかして犯罪者かい?」
 何か大切なことを聞き漏らしているような気がするが、私は首を振ってサラと別れた。


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[イステペック駅に停車中の野獣列車]


<連載第5回>移民の家「ルチャガル」はこちら


北澤豊雄(きたざわ・とよお)
1978年長野県生まれ。ノンフィクションライター。帝京大学文学部卒業後、広告制作会社、保険外交員などを経て2007年よりコロンビア共和国を拠点にラテンアメリカ14ヶ国を取材。「ナンバー」「旅行人」「クーリエ・ジャポン」「フットボールチャンネル」などに執筆。長編デビュー作『ダリエン地峡決死行』(産業編集センター刊)は、第16回開高健ノンフィクション賞の最終選考作となる。

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