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<連載第1回> 合言葉は、「ラ・ベスティア」でアメリカへ|北澤豊雄「野獣列車を追いかけて」

 自らの国を出てアメリカを目指す移民たちの間で『野獣列車』と呼ばれている列車がある。貨物列車ゆえに乗車ドアも座席もない。移民たちは、屋根の上や連結部分にしがみつき、命の危険にさらされながら祖国からの脱出を図る。『野獣列車』、それは希望へと向かう列車なのか、それとも新たな地獄へと向かう列車なのかーー。
 南米へ足繁く通うノンフィクションライターの北澤豊雄氏が、単身『野獣列車』を追いかけ、その列車をめぐる人々の姿を活写した28日間の記録。


 鉄と鉄が擦れ合い、摩擦で車輪が軋む悲鳴のような音が徐々に遠のいていく。
 レールに手を触れるとまだ生暖かく、かすかな振動を残している。さっきまで大勢がいたはずの線路に人影はなく、日中の容赦のない陽射しが晴れ渡った空から降り注いでいる。列車が出発したというのに見送る人は誰もいなかった。
 私は額の汗をぬぐって息をついた。この町の高速バスの停留所に着いたとたんに汽笛が聞こえ、慌ててタクシーを捕まえて線路に向かった。だが野獣列車は一足先に行ってしまった。
 線路脇に待たせてあったタクシーに乗り込んだ。が、冷房が壊れているのを思い出して舌打ちした。
 ふと思った。野獣列車の上は熱くないのだろうか。熱いトタン屋根の上に乗った猫のように耐えるのだろうか。いや、そもそも列車の上に人が乗ったままアメリカとの国境まで無事に辿り着けるものだろうか――。

 2019年10月。ここはメキシコ南部チアパス州のアリアガ駅(Arriaga)。野獣列車の始発である。いや、厳密にいうとアリアガ駅から南へ約20キロのトナラ駅(Tonala)が始発なのだが、運行頻度が少ないせいで移民たちはアリアガ駅を始発にしていた。

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 野獣列車を追いかけるために隣国グアテマラから陸路でメキシコに入国していた。国境から高速バスでアリアガ駅へ向かう約10時間のあいだに入国管理局による検問が8回あった。中米各地からアメリカを目指す移民たちはまず、この関門を突破しなくてはならない。アリアガ駅に着いた人たちは相当な運を持っていると言っていいだろう。アメリカ入国以前にそもそもメキシコ入国が難しくなってきているのだ。

 メキシコを縦断する貨物列車に移民たちが飛び乗ってアメリカを目指す通称「野獣列車」に私が興味を持ったのは、コロンビアに住んでいた2010年頃だっただろうか。首都ボゴタの日本食レストランで働く傍ら、コロンビア全国33県のうち29県を回った。今でこそコロンビアは最大ゲリラ組織が解散して経済成長の真っ只中だが、当時、地方ではゲリラや麻薬組織に追われてアメリカを目指す人たちがいた。そんな彼らの合い言葉が、「ラ・ベスティア」と呼ばれる列車に乗ればアメリカまでいけるというものだった。「ラ・ベスティア」とはスペイン語で「野獣」を意味する。アメリカで働いて金持ちになりたいと口にする人たちが少なくなかったのである。
 そこには甘美な響きがあったが、試練も待ち受けていた。曰く、ギャング団が列車の上に乗ってきて有り金や若い女を奪っていく。曰く、誘拐されたあげく故郷に身代金の請求が行く。曰く、列車の上から転落して足や腕を切断する者がいる……。こうした危険を潜り抜けた者だけがアメリカとの国境に辿り着けるという話だった。
 どんな人たちが列車に飛び乗り、何を所持しているのか。列車の上は過酷ではないのか。女性はいるのか。子供はいるのか。何を食べているのか。どのくらいの確率で国境に辿りつけるのか。私は野獣列車なるものにひどく惹かれていた。

 とはいえ、そんな思いに駆られるようになっていた頃、野獣列車は下火になっていた。移民集団(キャラバン)が現れたからだ。
 2018年10月以降、ホンジュラスを中心に中米から100人規模の移民が徒歩でアメリカを目指すようになり国際メディアの耳目を引いた。彼らは各地で合流して最大で1万人を越えるキャラバンにまで発展した。ただでさえ移民の取り締まりを強化していた米トランプ元大統領は脅威を覚えてメキシコ政府に移民流入の阻止を強く要請。トランプ元大統領の意向に屈したかちでメキシコ政府は南部に大量の入国管理局員を送り始めた。
 こうして大型の移民集団はアメリカどころかメキシコへの入国すら困難になり、少人数が入国管理局の目を潜ってメキシコに入国し、野獣列車に乗っていた。私がメキシコ南部のアリアガ駅に着いたのは、ちょうどそんな頃だった。私は彼らを追いかけ、タイミングを見て自分も飛び乗ってみたいと思っていた。

 タクシーが出発すると、口髭をたくわえた中年の浅黒い運転手が口を開いた。
「あなたは中国のNGOの関係者?」
「いえ、野獣列車を取材するために日本から来ました」
「最近は移民も減った。昔は野獣列車の上に移民が溢れていた」
 野獣列車は『闇の列車 光の旅』という映画(2009年アメリカ・メキシコ)にもなっているし、『夕陽の道を北へゆけ』ジャニーン・カミンズ著、宇佐川晶子 訳(2020年2月)という小説にもなっている。
「列車は出発したばかりですが、次はいつ出るのでしょうか?」
「さあ、俺に聞かれても。ところで、安いホステルを探しているということだけど、ここはどうだろう。線路からも近い」
 私は料金を払って外に出た。人口約2万5000人のアリアガにしばらく滞在しながら、野獣列車に乗る移民たちに接触する機会をうかがうことにしたのだった。

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[アリアガの町の様子]



<連載第2回> 俺たちと一緒にアメリカ国境まで行かないか?はこちら


北澤豊雄(きたざわ・とよお)
1978年長野県生まれ。ノンフィクションライター。帝京大学文学部卒業後、広告制作会社、保険外交員などを経て2007年よりコロンビア共和国を拠点にラテンアメリカ14ヶ国を取材。「ナンバー」「旅行人」「クーリエ・ジャポン」「フットボールチャンネル」などに執筆。長編デビュー作『ダリエン地峡決死行』(産業編集センター刊)は、第16回開高健ノンフィクション賞の最終選考作となる。


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