八の川ヒーロー
小5の夏休みに、海でおぼれたことがあります。その日の出来事を書きます。
私は、その当時、長崎県三井楽町(五島列島福江島)に住んでおりました。
小学生時代の阿南少年は、ソフトボールチーム「ドルフィンズ」に所属し、ソフトボールに夢中になっておりました。捕球やバッティングの練習はしてましたが、ルールについては一切勉強しておらず、スクイズの意味を中学二年生まで知りませんでした。昔からこんな感じ。
スクイズの意味については、割愛します。
ソフトボールの練習後は、メンバーと海に泳ぎに行くのがルーティーンでした。
その中にいつもいたのが親友のUくん。ソフトボールチームのキャプテンで四番。性格も面白くて、温厚ないいやつです。
まずは自宅に帰って、母が作ってくれる昼飯チャーハンをかきこみ、ばたばたの「行ってきます!」。出かける足取りはいつもよりすこし重かった。
みんなで待ち合わせて、自転車を走らせて行くのは、「八の川」という防波堤。海だけど川の名前。砂浜はなく足はつきません。
基本的には飛び込んでは上がるをどぼんどぼん繰り返すのみ。いつもは飽きもせず楽しいのですが、その日は、すこしドキドキしているのを隠していました。
そんな様子が違う日に限って、いつもはしないのに「向こうの防波堤まで泳ごうぜ」なんて野心的な提案してくるひとがおるもんよ。
「い、いこう!」と受ける阿南少年。
本当は行きたくない。今日は行きたくない。けど、受けた手前引き返せない。距離で言えば片道100mくらい。よし!がんばるぞ!
鼻まで覆うタイプの水中メガネを装着し、海の中を気にしながら泳ぐ阿南少年。順調に泳いでいたものの……
「サ、サメや!!!」←サメじゃない。多分魚も見てない。
中間地点くらいでパニックを起こしてしまったんです。行くも地獄、戻るも地獄。なぜか水中メガネでおおわれている鼻のほうで息をしてしまい、ぐいぐい食い込んでくる始末。
「もうだめや」
本当にやばいと思っていたその時、ヒーローが現れました。
Uくんです。
私の異変に気づき、すぐに引き返してきてくれていたのです。
「あなんくん、だいじょうぶね?暴れんでいいけん。俺が岸まで連れていくけんね」
彼の声と顔を見た瞬間、落ち着きました。今考えても驚くほど、彼を信頼していたのです。
ぷかーと浮いている私を元の岸まで引っ張ってくれ、事なきを得ました。
なぜ阿南少年がその日ドキドキしていたのかは前日の夜まで遡ります。
金曜ロードショーというテレビ番組である映画を見てしまっていたのです。
その名も「ジョーズ」
あの名作を小5というちょっと前までは赤ちゃんだった少年が、初めて鑑賞してしまったのです。観るの早すぎた。船に身を乗り上げて、口をはむはむするおっきいサメ。いままで気にしたことも、見たこともないサメさん。嚙まれたらどうしよう……八の川にもおるやろ……サメこわい。めっちゃこわいやん。阿南少年の想像は拡がるばかりでした。
最悪の八の川コンディションで泳いでいた阿南少年に、100mチャレンジはあまりにも過酷すぎたのです。結果として、パニックを起こしてしまいました。
そして私は、あの時おぼれてしまったことと同級生に助けられることへの気恥ずかしさでちゃんとUくんにお礼を言えませんでした。
あれから月日が過ぎ、福岡でUくんと再会しました。
言えなかった「ありがとう」は、Uくんの結婚式の友人代表スピーチで言えました。彼はいま教師をしており、今でも友情は続いています。
ここからはUくんにだけ向けて。
「なぁ、Uくん。今年の夏、五島に帰るから、いつもの場所で待ち合わせて、チャリで八の川に泳ぎに行こうぜ。」
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