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屋台オブソロウ-3

「インスタントって、あの三分とかで出来る乾麺のやつ?」
 少女に問い掛けると「はい」と言った後、
「でも、カップ麺ではありません。そこは保証します」
 と、続けた。
 その保証とやらにどれだけ意味があるのか分かりかねたが、仕方無しにラーメンの塩を選んだ。
 少女は「かしこまりました」とだけ言い残し、車内にあるのであろう調理場へとはけていく。
 噂では、美少女が対応してくれる穴場として聞いて遥々足を運んだ訳なのだが、決して醜いとは言わないが、いかんせん、愛想が無さ過ぎて、どうレスポンスしたらいいか分からない。
 これだったら、大枚叩いてもキャバクラやセクシーパブで、己の欲望を満たした方が良かったのでは無いか。
 高架上では早い終電時間だろうか、列車が酔っ払い達や社畜を乗せて通り過ぎる音が流れていく。
 この騒がしい子守唄では、まだ夜の街は眠れそうにない。
 徐に煙草を咥えて火を点けた。
 紫煙が『蛍』と書かれた提灯に差し掛かった時だった。
「あんた、童貞?」
 日本人が初対面の時の挨拶は「はじめまして」じゃなかったのかという、幼少期の情操教育を思い出してしまう程の問い掛けに、俺は耳を疑った。
 見れば質問の主は金髪のポニーテールをした、十代後半ぐらいの少女で、いつの間にか同じテーブルの脇にちょこんと座っていた。
 少女は、男物のブカブカのフード付きフリースとホットパンツを召していて、肉付きをアピールしたいのか鎖骨から黒い下着が見え隠れしていた。
 無論、男という性別という以上、舐めるように眺めていたのだが、慌てて我に還り、少女に反論した。
「この歳で童貞だったら逆に希少価値がないか?」
「うん。だから、童貞かなって。その歳で童貞だったらこの場で筆下ろししてやろうかと思ったの」
「やめなさい、女の子がそういうはしたない言葉を使うのは……みっともない」
「みっともない? あたしの谷間でカウパー全開のオッさんに説教されたくないね」
 少女は、テーブルに肘をついたまま、こちらのウェアラブルカメラが何処を録画しているか見透かしているようだったので、俺は忽ち頬から耳まで朱に染めた。
「どうせあんたもろくでもない理由でここへ来たんだろう?」
「……いや、俺はただ腹が減って……」
「ふーん、嘘くさ」
 金髪ポニーテールの少女はそれっきり、つまらなそうに片目を閉じて、桃色に濡れた唇を尖らせた。
 真ん中の口は開きっぱなしのようにしている癖にとやや中年じみた発想が頭を過ったが、もうこれ以上少女に何か言おうと分が悪い気もしたので、俺も黙った。
「お待たせしました……」
 そうこうしている間に、黒髪オカッパの少女の方は、お湯を入れるだけという斬新な調理方法で仕上げたラーメンをテーブルへ運んできた。
 よくある渦巻き模様が羅列したデザインの器に、これまた見覚えのある乾麺と透けて見えるのではないかと思うほど繊細に薄く刻まれたチャーシューが数枚載せてあり、寧ろメンマの方が主役になりつつあるラーメンは、俺の食欲よりも、これでよく金を取る気になったなぁという感心の方が上回るというようなメインディッシュだった。
 見れば、乾麺は全く解されておらず、ほぼ湯を通される前の形を保っており、ラーメンというジャンルよりも、袋を開けたらベビースターラーメンが粉々になっていないでその形を保っていたという事と同義ぐらいの感動を覚えたので、寧ろ駄菓子というジャンルに相応しいのではないのかとさえ思った。
「……いただきます」
「召し上がれ」
 何故か少し自信有り気な状態で、食を促す症状に疑問符は果てしなく飛び出してきたが、俺は黙って一口目を啜る事にした。

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