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逢魔ヶ童記(0:0:2)

逢魔ヶ童記(おうまがどき)

ジャンル:ファンタジー、童話
上演目安時間:20分前後
登場人物:2人(演者性別不問、役性別変更OK)

瀬上:妖怪やら化物が好きな変人(不問)
童:わらべ。少年でも少女でもok(不問)


瀬上:(M)空が紫藍(しあい)に染まる頃、夕日は子供に帰路を指す。
瀬上:伸びた影を踏みあい遊ぶ笑い声。
瀬上:どこか遠くに聞きながら、僕はふらりと薮を行く。

瀬上:確か、こんな時刻を逢魔ヶ時と呼ぶらしい。
瀬上:あの世とこの世が曖昧になる時間では、人ではないモノと出会う事があるというが…ー

0:がさりと薮が揺れる音

童:「なあ、にいさん」
瀬上:「ん…?」
童:「さっきから何を一人でぶつくさ言ってるんだい?」
瀬上:「おっと、口に出ていたか」
童:「ずっと聞こえてたよ」
瀬上:「君は…。町の子かい?こんな所に1人でいたら危ないよ」
童:「平気だよ、慣れてるもん」
瀬上:「もうじき日が暮れるから早くおかえり、帰り道が分からなくなってしまう」
童:「もう少ししたら帰る」
瀬上:「うん、いいこだ」
童:「ねぇ兄さん。おうまがどきってなんだい?」
瀬上:「日暮れを指す言葉だよ」
童:「あの世とこの世っていうのは?」
瀬上:「ああ…。この世は現世(うつしよ)といって、僕たちがいる世界。あの世は常世(とこよ)、別の世界の生き物が住む場所だ」
童:「ふぅん、よく分かんないや」
瀬上:「君にはまだ早いかな」
童:「日暮れって事は、今がおうまがどき?」
瀬上:「ああ、そうだよ」
童:「青いお空に色んな色が混ざって、何だか妙にあやしい色だ」
瀬上:「ふふ、綺麗だね」
童:「うんっ」
童:「別の世界の生き物って、何のこと?」
瀬上:「色々いるけれど…身近なもので言えば、神様やご先祖様かな」
童:「ご先祖様?」
瀬上:「お盆にナスやきゅうりで乗り物を作ってお迎えするだろう」
童:「うん」
瀬上:「常世はその人達がいる所さ」
瀬上:「川の此岸(しがん)から彼岸(ひがん)へ渡った所にある」
童:「川の、此岸と彼岸…」
瀬上:「ああ」
童:「どっち側からみて?」
瀬上:「ん?」
童:「自分の目線から見たら、向こう側はどうしたって彼岸だろ?反対からみたら、こっちが彼岸になって、堂々巡りじゃないか」
瀬上:「ーなるほど?」
瀬上:「常世から見たら確かにこちらが対岸であり彼岸(ひがん)か。言い得て妙だな」
童:「他にはどんな別の世界の生き物がいるの?」
瀬上:「ああ…。後は妖怪や幽霊、いわゆる化物とよばれるモノ達だね」
童:「どう違うんだい?」
瀬上:「ご先祖様は普段極楽にいるから、お盆でもない限りこちらには来ない。でも妖怪はいたずら好きで、たまに人間に悪さをしにくるんだ」
童:「へぇ、兄さんはどっちを探してるの?」
瀬上:「僕は…昔から変わった物が好きでね。探してるのは妖怪や化物の方だよ、だからこうして藪を歩いてるんだ」
童:「ふーん…。なんで薮なの?」
瀬上:「妖怪の棲家と言われていてね」
童:「妖怪かぁ。そんなもの、本当にいるの?」
瀬上:「いるよ?それは確実な事だ」
童:「どうして?」
瀬上:「僕達がいるのは、世界のほんの一部に過ぎない。八百万(やおよろず)の神がいるように、人間が想像もしない物が、この世には沢山ある筈だよ」
童:「にいさんは…神様になりたいの?」
瀬上:「なりたい訳じゃないよ」
瀬上:「ただ…会いたいだけさ」
童:「だったら会いに行けばいいじゃないか」
瀬上:「―え?」
童:「彼岸の生き物にあいたいなら、そこに行くのが一番早いよ」
瀬上:「…会いに行く」
童:「ああ、川の向こう岸に泳いでいけばいい」
瀬上:「…」
童:「それに…」
0:瀬上をじっと見る
童:「にいさんはただ不思議な生き物に会いたいだけじゃない、本当は会いたい奴がいるんだろう?」
瀬上:「…!」
童:「ほら、あたりだ」
瀬上:「…どうして?」
童:「みてたらわかるよ」
童:「藪を見つめる目が…寂しそうだもの」
0:瀬上、ため息をつく
瀬上:「…そう。 そうだよ」
瀬上:「ずっと待ってる人がいる」
瀬上:「妖怪探しは趣味だけど、こうして薮を歩いていたら、いつかその人に会える気がするんだ」
童:「大事な人かい?」
瀬上:「ああ、とてもね」
童:「ふらふら藪に惹き寄せられる程、求めてる」
瀬上:「……」
童:「向こうからは会いに来たりしないよ」
瀬上:「…何故だい」
童:「帰り道なんて、どうでも良くなるもの」
瀬上:「…そうか」
童:「だから、にいさんが川を渡る方が早いよ」
瀬上:「そうかもしれないね」
瀬上:「でもこうやって探すのも楽しいさ」
童:「こちらには戻ってこないのに?」
瀬上:「それは…」
童:「本当に常世に行きたいなら手伝ってあげる」
瀬上:「…君が?」
童:「うん。怖い事はないよ。痛くもない一瞬さ」
瀬上:「どうしてそんなこと出来るんだい」
童:「内緒だよ。さぁどうする?」
瀬上:「…」
童:「彼方(あちら)と此方(こちら)、わけて考えるから難しくなるんだ」
童:「どっちもそう変わらないんだから、気楽に考えなよ」
瀬上:「どっちも変わらない?」
童:「ああ。それとも会いに行くのは怖い?」
瀬上:「…君が言ってるのは『死ね』という事だよ」
瀬上:「死ぬのが怖くない人間なんていないさ」
童:「死ぬなんて考えずに『会いに行く』と思えばいい」
童:「待ってるよりは確実なのに、理屈に雁字搦(がんじがらめ)にされてるなんて可哀想だなぁ」
瀬上:「でも、会える保証はないだろ」
童:「そりゃそうさ、だけど自分で探せる」
瀬上:「…」
童:「さぁ早く決めてよ、日暮れは短い」
瀬上:「少し…。待ってくれ」
童:「待ってる間にじじいになっちゃうよ」
瀬上:「…」
0:逡巡する間
瀬上:「…仮に僕が川を渡ったとして、君はさっき『会いにこないのは帰り道なんてどうでも良くなるから』だと言ったね」
童:「ああ、言ったよ」
瀬上:「僕もそうなってしまうんじゃないか?」
童:「急に全部を忘れるわけじゃないよ」
童:「薮をぶらぶらしている内に、だんだん、こっちの事なんてどうでもよくなるんだ」
童:「だから忘れる前に見つければいい」
童:「運が良ければ一緒にいられるさ」
瀬上:「一緒に…」
童:「ああ、時間の概念もないから永遠だ」
瀬上:「……」
童:「ねぇ行こうよにいさん」
童:「一度渡っちゃえば、案外なんて事ないよ」
瀬上:「…まるで渡ったことがある様な口ぶりだね」
童:「ふふふ」
瀬上:「どうして、そう熱心に僕を誘うんだい」
童:「善意だよ。可哀想だな〜と思って」
童:「それに…。」
童:「かたわれと離れ離れになる寂しさは、よく分かるからね」
瀬上:「…そうか…」
童:「一緒にいれるならその方がいいよ」
瀬上:「僕もよく変わってるといわれるけど、君も随分変わっているみたいだ」
童:「む。失礼だな」
瀬上:「…ふふ」
童:「まだこの世に未練がある?」
瀬上:「未練は…ないよ」
童:「にいさんが探してる子だって、寂しい思いをしてるかもしれないのに、ただ待ってるだけなんて、ひどいよ」
瀬上:「…そうかも、しれないね。でも…」
童:「でも?」
瀬上:「あの子は『化けてもまた会いに来る』って言ったんだ」
童:「…きっとそんなの忘れてる」
瀬上:「それなら、それでいいんだ。」
瀬上:「あの子がいつかまた会いにくると言った」
瀬上:「だから僕はここで待っていたい」
童:「……」
瀬上:「それに自分から会いに行ったら、情けない奴だって呆れられそうだ。まぁそれも楽しそうだけど…」

0:愛しげな表情で薮を眺める

童:「ふぅん…。そっか」
童:「じゃあずっと夢見心地で待ってればいいさ」
瀬上:「あ 待ってくれ。もう少し話を」
童:「いつか気が変わったら、また会おう」
童:「その時はぼくが、にいさんの影を踏んであげるよ」
瀬上:「―影?」
童:「じゃあね、お兄さん」
瀬上:「待ってくれ。もしかして、君は 」

0:薮の中に消えていく童


瀬上:(M)伸ばした指先に、童(わらべ)の姿は無く、見上げた空には、丸い月が浮かんでいた。
瀬上:「逢魔ヶ時に出会った、君は誰ぞ…」
瀬上:「…ふむ…。誰そ彼時(たそがれどき)か」
瀬上:「結局、あの子の正体は掴めなかったな」

瀬上:静まり返った藪に後ろ髪をひかれながら、帰り道に考える。

瀬上:…そう言えば。
瀬上:影ふみ遊びの最後の鬼はどうなるのだろう?
瀬上:誰にも影を踏まれずに、夜を迎えた鬼の子は…。
瀬上:ああ、もしかしたらあの子は…。

0:薮がざわめく様に揺れる

瀬上:ふと振り向いた薮の中から、誰かの視線を感じた気がした。

0:終幕


ここまで読んでいただきありがとうございます。

瀬上が主役の台本は二作目ですねー!
和風ファンタジーというか童話的な話が描きたくて
シリーズになりそうで……なるのか?
書きたい話はあるので、またのんびり気が向いたら書くと思います!良ければお付き合いください〜。
それではまたどこかで。

小ネタ)
逢魔ヶ童記→逢魔時に出会った童を記す。
(今回の当て字は厳しいものがある気がする)

シリーズ前作?薄暮記(はくぼき)はこちら
→ https://note.com/monookiba/n/n9a3c1027689e 



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