見出し画像

三月の紫陽花(0:2:0)

ジャンル:青春
上演目安時間:40分
登場人数:2人(演者性別不問)

紫苑(しおん) …女性

茜(あかね) …女性



紫苑:「ねぇ、三月の紫陽花ってしってる?」
紫苑:「三月の紫陽花はね…ひとの言葉を食べてくれるんだよ」
 
茜:(M)あの時…紫苑はどうしてそんな事をいったんだっけ。
茜:私は…なんて返事をしたんだっけ…?

0:「三月の紫陽花」

0:賑やかな店内に人が集まっている
茜:「あ、マナミ久しぶりー!え、全然変わってない!タクマ君も…あれー?タクマ君ちょっと貫禄出た?」
0:そんな事ないよ、の言葉に笑う茜。
茜:「ふふ。中学校の同窓会、久しぶりだね」
茜:「田舎だから相変わらず集まりは悪いけどさ。みんな元気そうで良かった!」
茜:「えっと、参加者はこれで揃ったのかな?」
紫苑:「―茜?」
茜:「?」(振り向く
紫苑:「久しぶり」
茜:「えっ、紫苑…!?」
紫苑:「ふふ。サプライズで来ちゃった」
茜:「えっ、えっ…?!」
紫苑:「と言っても、直前まで仕事で来れるか分からなかっただけなんだけどね。主催の村上君には、先に連絡していたの」
茜:「本当に紫苑…?」
紫苑:「そうだよ?お化けに見える?」
茜:「足、ある…」
紫苑:「そう、良かった」
茜:「えー!本当に紫苑?!」
茜:「久しぶりー!会いたかったよー!」
0:感極まって抱きつく茜を受け止める紫苑
紫苑:「お、っと ふふ。私も会いたかった」
茜:「も~!どこの芸能人かと思ったぁ!すっかり綺麗になっちゃって…!」
紫苑:「ええ?そんなにかわったかな?」
紫苑:「茜も素敵なお姉さんになってて驚いたよ」
茜:「私は相変わらず田舎の芋娘だよ」
紫苑:「もう、そんな事ないでしょ。ほらとりあえず座ろ」
0:背中をぽん、と叩く
茜:「あ、そっか。ごめんごめん」
0:手を緩めて離れる
茜:「それにしても凄い久しぶりじゃない?」
茜:「最後に会ったの、いつだっけ」
紫苑:「確か、高校生の時かな?大学生になってからは、こっち帰ってないし。5、6年ぶりくらい?」
茜:「もうそんなになるのかぁ。それは変わる筈だよね」
紫苑:「ふふ、そうだね」
紫苑:「茜はずっとこっちにいるの?」
茜:「うん。東京行きたいって言ったんだけど、お父さんに反対されちゃって。結局就職もこっちで決めちゃった」
紫苑:「そっか。まぁ可愛い一人娘だもん、手放したくないよねぇ」
茜:「紫苑は?こっちに戻ってくる予定とかないの?」
紫苑:「私は…どうかな。慣れちゃうと都会のほうが色々便利だしね」
茜:「そっかぁ…」
紫苑:「でも折角帰ってきたから、暫くこっちにいるつもり」
茜:「え、本当!?」
紫苑:「うん。丁度有給も溜まってたし、少し羽を伸ばしたくて」
茜:「うんうん、のんびりしていくといいよ!」
茜:「ご存じの通り、何もない所だけど」
紫苑:「ふふ、存じております。そう言うのがいいんだよ」
茜:「流石、都会の女は言う事が違うね〜」
紫苑:「だからそれやめてってば…」
茜:「あはは、冗談冗談」
紫苑:「ふふ」
紫苑:「…久しぶりに帰ってきて、どうなるかなぁと思ったけど、何年も会ってなくても、案外普通に話せるものだね」
茜:「それはそうだよ。友達だもん」
紫苑:「ふふ…、そうだね」

紫苑:「ねぇ、茜。津田君とはまだ付き合ってるの?」
茜:「え?あー、うん。まぁ、一応」
紫苑:「えー凄い。高校生からだよね?」
茜:「うん、まぁほら!ここ田舎だからさ、他に相手がいないんだよ」
紫苑:「いいじゃない、ラブラブで」
茜:「違う違うっ」
紫苑:「照れちゃって、かーわい」
茜:「もー!そうやってすぐからかうとこ、全然変わってない!」
紫苑:「顔真っ赤にして照れるとこも、変わってないね」
茜:「うー。…口がうまいところも、変わってない」
紫苑:「風向きが悪くなるとすぐ目を逸らすところも、変わってない」
茜:「… ふ」
紫苑:「… ふ、」
茜:「あははっ、本当に全然変わってない!あぁっ紫苑だ〜!」
紫苑:「ふふふっ本当に。久しぶりの茜だ〜」
0:感動のハグする二人。
紫苑:「あ、ほら。乾杯するんだって」
茜:「おっと、いけない。つい嬉しくて」
紫苑:「ふふ。岩センの挨拶、短いといいね」
茜:「あはは!確かにっ」
 
0:同窓会終了後
茜:「あ、紫苑ー!いたいた」
紫苑:「茜、おつかれ様」
茜:「二次会でないの?」
紫苑:「うん、やめておく。岩セン、歌下手だし」
茜:「あ〜確かにね、私も疲れたからパス!途中まで一緒に帰ろ?」
紫苑:「うん」

茜:「あれ、雨降ってきた?!嘘ぉ、私、傘持ってないのに」
紫苑:「えー?朝から天気予報で言ってたけど?」
茜:「うぅ…チェックしてなかった…」
紫苑:「ふふ。そういう所、変わってないね」
紫苑:「仕方ないな。入れてあげるから、おいで」
茜:「! うんっ」

0:一つの傘に入って歩き出す二人
茜:「懐かしい~。昔もこうやって一つの傘で帰ったよね」
紫苑:「茜がよく傘を忘れてたからね」
茜:「う…。傘持ち歩くの、苦手だったんだよなぁ」
紫苑:「なんか、懐かしいね」
茜:「ふふ、うん。懐かしい」
紫苑:「…実は、今日茜と会うの、ちょっと心配だったの」
茜:「?」
紫苑:「中学の最後、私達、喧嘩みたいになったじゃない?」
茜:「え?あ〜。いや、でも。喧嘩って程でも無かったよ。また何か怒らせるような事しちゃったのかな?って思ったし、その後、お互い謝ったじゃん」
紫苑:「うん、そうなんだけど…」
紫苑:「でもそのせいでちょっとぎくしゃくしちゃったし。…後悔してたんだ、最後だったのに」
茜:「ううん、いいよ。もう何年も前の事だし」
紫苑:「…うん。ありがと」

紫苑:「…卒業してから、もう十年かぁ」
茜:「そっか。もうそんなに経つんだね。歳取る筈だなぁ」
紫苑:「ふふ、そうだね」
茜:「ねぇ紫苑、今日はどこに泊まるの?」
紫苑:「ああ、親戚の家。この近くなの」
茜:「そうなんだ、じゃあそこまでで良いよ。私も近いし」
紫苑:「ダメ。茜が風邪ひいちゃうでしょ?」
茜:「そんなやわじゃないってば」
紫苑:「でもダーメ」
茜:「ふふ、はーい」
0:他愛のない話をしながら歩いていく 
茜:「あ、着いたね。送ってくれてありがと紫苑」
紫苑:「ううん、今日は楽しかった」
茜:「うん、私も楽しかった!」
茜:「じゃぁ、おやすみ紫苑。また明日」
紫苑:「おやすみ茜。また明日」

0:茜の自宅にて。
茜:「ふぅ、久しぶりの同窓会、楽しかったな」
茜:「…まさか紫苑に会えるとは」
茜:「最後が最後だったからかな?紫苑とはもう、二度と会えない気がしてたんだよね…」

茜:「さて、明日は喫茶店巡りの約束もしたし、今日は早く寝なくちゃ」
 
茜:(M)久しぶりに紫苑と会ったからか、その日は中学の頃の夢を見た。
 
0:サアサアと雨の降る音
茜:「あー!傘忘れたー!」
紫苑:「えー。また忘れたの?」
茜:「だって降るって言ってなかったよ~」
紫苑:「6月なんて予報が出てなくても、折り畳みくらい持ち歩くでしょ。…仕方ないな。おいで」
茜:「―! うんっ」
0:同じ傘に入り歩きだす二人
紫苑:「茜もしかして「傘忘れたらきっと紫苑が入れてくれるだろう~!』とか思って、持ち歩いてない?」
茜:「う。そ、そんな事ありません〜」
紫苑:「ええ?…ふふ、仕方がないなぁ」
茜:「ふふー」
茜:「あ!見て紫苑!」
紫苑:「?」
茜:「お寺の紫陽花、昨日より綺麗に咲いてるよ!」
紫苑:「嗚呼、本当だ。綺麗だね」
茜:「ね!」
紫苑:「茜、紫陽花好きだよねえ」
茜:「うん!ピンク色の紫陽花が一番好き。紫苑は何色が好き?」
紫苑:「私は…紫色かな」
茜:「紫、苑だもんね」
紫苑:「だからって訳じゃないけど…」
茜:「ふふふ」
0:楽しそうに笑う茜を眺める紫苑
茜:「―あ!そうだ紫苑。三月の紫陽花って、知ってる?」
紫苑:「え? 三月の、紫陽花…?」
茜:「うん、言い伝えらしいよ。ほら、虹を見るといい事がある~とかそういう奴!」
紫苑:「へぇ…」
茜:「何でも『三月の紫陽花は、人の言葉を食べる』んだってさー」
紫苑:「―」
茜:「意味分かんないよね?私さ、噂とか都市伝説って好きなんだけど、それにしてはパンチがないし、そもそも三月に咲く紫陽花なんて見たことないし…。」

茜:「あ、でもだから三月の紫陽花なのかな?あり得ないものだから、言葉を無かったことにしてくれるー的な?」
紫苑:「…」
茜:「でも食べてくれるってどういう意味だろ?」
茜:「言いたくないことなら、言わなければ良いだけなのにね!」
紫苑:「…、」
茜「紫苑?」
紫苑:「―え?あぁ…うん、何それ?ほんと、意味分かんないね」
茜:「ね!三月の紫陽花を見つけたら、恋が叶う!とかなら素敵なのに」
紫苑:「ふふ、茜そういうの好きそう」
茜:「さすが紫苑、分かってるぅ。私、そういうのは大好きっ」
紫苑:「あはは、あんまり噂とか信じると、将来危ないぞー?」
茜:「え〜なんで?ときめくじゃん!」
 : 
茜:(M)あれ?そっか。三月の紫陽花の話って、私が紫苑にしたんだっけ?…何で今まで忘れてたんだろ。
茜:まぁ今更、大したことでもないか…。
 
0:翌日。待ち合わせ場所にて。
茜:「紫苑、ごめん!おまたせ!」
紫苑:「おはよ、ううん。全然待ってないよ」
茜:「どうぞ、狭い車だけど乗って」
紫苑:「うん、お邪魔します」
0:車に乗り込み走り出す
茜:「あ、ねぇ紫苑。週末って空いてる?」
紫苑:「週末?うん、空いてるよ」
茜:「ホント!あのね、仙住寺(せんじゅでら)のお祭りがあるんだけど、良かったら一緒にいかない?」
紫苑:「仙住寺かぁ、懐かしいね」
茜:「ね!昔はよく一緒にいったじゃない?私も、もう何年も行ってなくてさ。久しぶりに行きたいなと思って」
紫苑:「いいね。 行こうかな」
茜:「やった。紫苑と行けるの嬉しい~!」
紫苑:「津田君といかなくていいの?」
茜:「え?ああ、…うん。彼、仕事だし」
紫苑:「そうなんだ、休日なのに大変だね」
茜:「というか最近は、一緒に出かけるとかあんまりないんだよね」
紫苑:「え?そうなの?」
茜:「うん。ほら、もう付き合って長いし、そういう時期は超えた~みたいな感じらしいよ?」
紫苑:「そう」
茜:「私は色々出かけたりしたいんだけどね~…」
紫苑:「…」
茜:「あ、ねぇそれより!紫苑聞いた?ミドリ、秋に結婚だって!しかもハワイで!」
紫苑:「えっ、そうなの?」
茜:「そうだよ〜!しかも中村君と!」
紫苑:「え?中村くん?!」
茜:「そう、大学でばったり再会したんだってさ」
茜:「あーあ、私達もいよいよそんな年齢かぁ」
紫苑:「そりゃあ段々そういう人も増えてくるでしょ」
紫苑:「茜は?津田君と結婚考えてないの?」
茜:「うーん。向こうはそのつもりみたいだけど…」
紫苑:「…もしかして…うまく、行ってないの?」
茜:「…」
茜:「うまく、いってない訳じゃないんだけど…」
茜:「…時々これでいいのかなって考えちゃって」
紫苑:「…」
茜:「このまま付き合ってれば、いずれ結婚するんだろうなーとは思うんだけどさ。本心から彼と結婚したいのかって言われると…」
茜:「そろそろ良い歳だし、今更別れる理由もないから一緒にいるだけって感じ。多分向こうも、そうなんじゃないかな」
紫苑:「…そう、なんだ」
茜:「…なんか私って、ずっとそうなの」
茜:「見えない空気の流れに従って生きてる感じ」
紫苑:「……」
茜:「…まぁ、私が考えすぎなのかもしれないけどね、あはは」
紫苑:「…確かに。例え惰性(だせい)でも、大きな流れに反発しないで生きるっていうのも、一つの道ではあると思うけど…でも」
茜:「あは、は。だよねえ!なんか恥ずかしくなっちゃった、今の話忘れて!」
紫苑:「…」
紫苑:「まあ私は、茜が幸せならそれでいいんだけどさ」
茜:「ありがと。紫苑は優しいなぁ」
0:窓の方を眺める紫苑 
茜:「紫苑は最近どうなの?」
紫苑:「私?」
茜:「うん。東京で恋人とかできてないの?」
紫苑:「ああ、うん。私は全然」
茜:「えー。でも出会いはあるんでしょ?」
紫苑:「まぁ、全くのゼロではないけど」
茜:「おお、流石」
紫苑:「でも仕事も忙しいし。私は結婚願望もないから」
茜:「へ〜。なんか出来る女って感じ、カッコいい」
紫苑:「そんな事ないよ」

紫苑:「…あのね。私も、茜と一緒だったの」
茜:「?」
紫苑:「自分のやりたい事とか言いたい事、ずっと言えなくて、引っ越しも進学も、親の望む通りにしてきた」
紫苑:「就職して、家を出て、やっと」
紫苑:「自分のやりたい事が出来るようになってきたんだよ」
茜:「え、そうなの?」
紫苑:「うん」
茜:「紫苑は昔からしっかりしてたから、そうは見えなかったけど」
紫苑:「表面上だけは、ね」
茜:「そう、なんだ…」
紫苑:「…うん」
茜:「…」
紫苑:「…ねえさっき看板右って出てなかった?」
茜:「―えっ? あっ通りすぎてる?!ごめん、話に夢中でっ」
紫苑:「あははっ、全然いいよ。急いでる訳でもないし」
茜:「あーもう、本当ごめん!すぐUターンするね、」
紫苑:「ふふふ」
  
茜:(M)今日は、紫苑の意外な話が聞けた。
茜:そういえば紫苑は当時から、あまり愚痴を言うような子ではなかった。
茜:あの頃は大人だなぁとしか思っていなかったのに…、そうか、我慢してたんだ。
茜:思えば引っ越しが決まった時も、紫苑は妙に落ち着いていた。
 
茜:その日の夜、私はまた、中学の頃の夢を見た。

0:2人で並んで歩く帰り道
茜:「…もう3月かぁ」
紫苑:「うん、あっという間だね」
茜:「もうじき紫苑が都会に連れていかれちゃうよー」
紫苑:「連れていかれるって、誘拐じゃないんだから」
茜:「…紫苑はさみしくないの?」
紫苑:「そりゃさみしいけど…。しょうがないよ」
茜:「…しょうがなくなんて、ないもん…」
0:ふてくされるように顔をそらす茜
紫苑:「……」
紫苑:「ねぇ茜?紫陽花はさ、自分の好きな色にはなれないって知ってる?」
茜:「え、そうなの?」
紫苑:「うん。土の性質や気候によって、色が決まるんだって」
茜:「ふぅん。そんなの面白くないなあ」
紫苑:「…それってさ、私達みたいじゃない?」
茜:「どういうこと?」
紫苑:「うーん。茜にはまだわからないか」
茜:「ねえ、どういうことー!」
紫苑:「ふふふ、秘密」
茜:「教えてよー!」
紫苑:「やーだ」
茜:「んー…?あ!わかった。紫苑が東京の色に染まっちゃうって事でしょ!」
紫苑:「ふふ。まぁ、大体そんな感じかな」
紫苑:「というか東京に染まるって」
茜:「私の知らない所で、紫苑がイケイケなギャルになっちゃったらやだなー!ただでさえ美人なのに、絶対モテちゃうよ」
紫苑:「何それ、茜の語彙力って絶妙に昭和だよね」
紫苑:「地球がひっくり返ってもイケイケなギャルにはならないから、安心して」
茜:「それはどーかなー…」
紫苑:「疑り深いなあ」
茜:「きっとイケメンな彼氏捕まえてさ?こんな田舎にいる私の事なんて忘れて、さっさと結婚しちゃうんだろうなぁ」
紫苑:「……」
茜:「私は永遠に田舎で貧乏暮らしかぁ」
紫苑:「… 茜には、分からないよ」
茜:「え?」
紫苑:「茜には分からないよ。私の気持ちなんて」
茜:「え、何それ」
紫苑:「茜だってどうせ直ぐ、私の事なんて忘れちゃうんでしょ?」
茜:「は…?何で、そんな事いうの」
紫苑:「(被せて)もういいよ!これ以上話したくない!」
茜:「?!」
紫苑:「茜とは、もう一緒に帰らないから…っ!」

茜:「なに、それ…。何でそんな事いうの!?」
紫苑:「うるさいなあ!もう喋りたくないっていってるでしょ…!どっか行ってよ!」
茜:「ッ 紫苑の馬鹿!そんなこと言う紫苑なんか嫌い!ずっと一人でそうしてれば?!」
0:雨の中を走り出す茜
紫苑:「……ッ」
0:雨の中で立ち尽くす紫苑

茜:(M)ああ、二人で一緒に帰った最後の日だ。
茜:今思うと私も中々酷いこといってるな…。
茜:紫苑がいなくなるのが、寂しくて仕方なかったんだよね。
茜:あの後お互いに謝って仲直りしたけど、私達の間には、溝が生まれてしまった。

茜:そういえば、あの日、あの後、紫苑はどうしたんだろう。

0:1週間後。お祭りの日
紫苑:「茜ー!こっちこっち」
茜:「あれっ、今日は遅れなかったのに…」
紫苑:「心配性でいつも少し早く着いちゃうの。気にしないで」
紫苑:「今日はいい天気で良かったね」
茜:「うん!」
紫苑:「まだお昼前なのに、もうお祭り賑わってる」
茜:「本当だぁ。昔と変わらないね」
0:二人で歩き出す
茜:「あ、紫苑見て!桜が咲いてる」
紫苑:「本当だ、綺麗」
茜:「ね、綺麗だね!」
茜:「そういえば、昔は二人でよくここの紫陽花を見に来たよね」
紫苑:「うん、そうだったね」
紫苑:「お寺の前の道を埋め尽くすように紫陽花が咲いてて…それを見ると茜が物凄い嬉しそうに笑って」
茜:「紫苑、その時期になるとわざと遠回りして、この道を通ってくれてたでしょう」
紫苑:「あ…。なんだ、バレてたの?」
茜:「ふふん。ずっと一緒に帰ってたもん、わかるよ。当時はなんとなく、だったけど」
紫苑:「そっか、ちょっと恥ずかしいな」
茜:「ねぇ紫苑、今度は6月に帰ってきたら?」
紫苑:「んー。そうだね。まあ仕事次第かな」
茜:「うん、もし帰ってこれたらさ、また一緒に紫陽花、見に行こうよ」
紫苑:「…そうだね」
0:広場から太鼓の音が鳴り始める
茜:「―あ!踊りが始まるみたい、いってみよっ!」
紫苑:「うん」

0:数時間後。
茜:「―あれ、紫苑…?」
茜:「おかしいな、ここで待ってるって言ったのに…。どこ行ったんだろ」
0:紫苑を探して歩きだす
茜:「もしかして、道に迷ったりしてないよね?」
茜:「…流石に大人だから、それは大丈夫か。」
茜:「というか、危ないのは私の方かも…この辺り久々にきたし」
茜:「ええ、もう。どこ行っちゃったんだろう」
茜:「―あ!紫苑っ」
0:坂を登っていく姿を見つけて駆け寄る
茜:「はぁ、はぁ もう、どこに行ったかと思ったよ!」
紫苑:「―あぁ、ごめんごめん」
0:足を止めない紫苑についていく茜
茜:「、どこにいくの?」
紫苑:「ちょっと散歩」
茜:「酔っちゃった?大丈夫?」
紫苑:「大丈夫、茜は先に戻っててもいいよ」
茜:「ううん、私もちょっと疲れたから一緒にいくよ」
紫苑:「そう」
茜:「…どうした?何かあった?」
紫苑:「……」
茜:「ねぇ、紫苑?」
紫苑:「…」
茜:「… (紫苑、なんか様子が変だ。どうしたのかな)」
0:不意に紫苑が足を止める
茜:「―ここ? 何もないけど…」
茜:「あっ!」

茜:「紫陽花だ!まだ三月なのに」
茜:「最近雨が多かったから、間違えて咲いちゃったのかな?」
紫苑:「山紫陽花って、いうんだよ」
茜:「山紫陽花?へぇ、紫苑良く知ってるね」
紫苑:「…あのね、茜」
茜:「―?」
紫苑:「私、人を埋めた事があるの」
茜:「え……?」


紫苑:(M)あの頃の私は大層、憎らしい子供だったと思います。
紫苑:両親の前でいい子を演じていた私は、従順なふりをしながら、心の中にずっと不満を抱いていたのです。
紫苑:それは夜になると、喉から溢れそうになりましたが、私はその度に必死で、言葉や感情を飲み込み続けました。

紫苑:『あの色になりたい、本当はこの色になりたかったのに』と、不満を蓄積しながら、なりたく無い姿に育っていく自分が、酷く浅ましい生き物に思えました。
紫苑:その姿はまるで紫陽花のようだと、思っていたのです。
 
紫苑:茜と一緒に帰った最後の日。
紫苑:彼女があまりに素直に『寂しい』と口にするから、私はついに我慢ができなくなりました。
紫苑:私にとって茜は太陽でした。
紫苑:私にとっての、全てでした。
紫苑:でももう私は、茜の側にいられなくなる。

紫苑:津田君が茜を好きだという事は、彼女以外には周知の事実で、誰もが彼を応援していました。
紫苑:でも私は、彼が茜と同じ高校に進むと聞いた時、胸が引き裂かれるような思いで一杯で…。

紫苑:だから余計に、無垢に別れを惜しむ茜に、どす黒い心があふれ出すのを止められなかった。
紫苑:どうせ直ぐに私を忘れるのは茜の方なのにと、彼女を恨みました。

紫苑:口論になって別れてから、私は走りました。
紫苑:仙住寺(せんじゅでら)の山奥に一輪だけ咲く、狂い咲きの紫陽花。
紫苑:三月の紫陽花に、私の言葉を食べてもらうために。
 
茜:「人を、埋めた…?」
紫苑:「―そう」
茜:「何…?何それ、どういう事?」
紫苑:「そのままの意味だよ」
茜:「ッちゃんと言ってよ…!」
紫苑:「……」
0:地面にさしてあったシャベルで土を掘り出す紫苑
茜:「紫苑…?どうして急に土を掘るの、」
紫苑:「―ずっと、茜が羨ましかった」
茜:「え?」
紫苑:「人の気持ちも知らないで…、」
紫苑:「無邪気に笑う茜が羨ましかった…!」
茜:「紫苑…?」
0:ザク、と土を掘る音
紫苑:「私は言いたい事、言えなかった」
紫苑:「ずっと我慢してた」
紫苑:「だから茜が羨ましかった…!」
0:ザク、と土を掘る音
茜:「何、言ってるの?」
紫苑:「だからね  …―あった 」
0:シャベルの先端が何かにぶつかり、それを取り上げる
紫苑:「……埋めたの。あの日」
茜:「――」
紫苑:「私の、好きな人を」
0:古い箱を開けて、一枚の写真を取り出す。
茜:「これ…。これって…」
紫苑:「……」
茜:「私の…写真…?」
紫苑:「そう。…私の、初恋の人」

茜:「―どういう、こと?紫苑の初恋が」
紫苑:「あなただよ、茜」
紫苑:「ずっと、私とは真逆な茜が好きだった」
紫苑:「鈍くて愛らしい茜が…好きだった…」
茜:「―」
紫苑:「だからあの日、茜と喧嘩して別れた後」
紫苑:「私は、三月の紫陽花に言葉を食べてもらったの」
 
0:過去の回想
紫苑:『はぁ、はぁ…、三月の紫陽花…っ。お願い、私の言葉を食べて…!』
紫苑:『言ってもどうしようもないのに、…っ我慢しないといけないのに、茜が好き…って、口から言葉がこぼれそうになる』
紫苑:『だからお願い…。私の言葉を食べて…』
紫苑:『―私の好きな人を、ここに埋めるから…ッ』
 
茜:「あの後、そんなことが…」
紫苑:「茜、言ったよね『言いたくない事なら言わなければいいのに』って」
紫苑:「そんな簡単なことじゃないんだよ…!」
紫苑:「私には無理だった。」
紫苑:「洪水みたいに次々思いが溢れてくるんだもの…!」
茜:「だって、あの頃はそんなの全然…!」
紫苑:「茜は鈍いから、気づかないと思ったよ」
茜:「…紫苑…」
紫苑:「でもね…。紫陽花は言葉を食べてくれたけど、私の気持ちまでは消してくれなかった」
茜:「…」
紫苑:「引っ越した後も、茜と津田君が付き合い始めたって聞いた時も、大学生になった後も…!」
紫苑:「茜の事が忘れられなかった…!」
茜:「…っなら!どうして会いに来てくれなかったの…?」
紫苑:「会ってなんになるの?」
紫苑:「茜は津田君と付き合ってるのに」
茜:「…、それは…」
紫苑:「会えばつらくなるのが分かってた」
紫苑:「でも私も、このままじゃ駄目だと思って同窓会に参加したの。茜が幸せそうにしてる姿をみれば、諦めがつくと思って」
紫苑:「なのに茜ってば、幸せそうじゃないんだもの。前みたいに無邪気に笑っててくれればいいのに…!」
茜:「…ッ」
紫苑:「『これでいいのかな?』なんていうんだもの。そんな事言われたら、諦められなくなるでしょ…!?」
紫苑:「こんな事伝える為に帰ってきたんじゃないのに…!本当、無自覚に人を期待させるような所だけは、全然変わってないね…!」
茜:「…何、それ…」
紫苑:「…?」
茜:「紫苑は、勝手だね…」
紫苑:「え…?」
茜:「勝手に我慢して、勝手に自分から距離おいて、なのに私には昔みたいに笑ってろって…!」
紫苑:「勝手って何…?!私は茜の幸せを思って!」
茜:「…ッ私の幸せを、勝手に決めないでよ!」
紫苑:「…っ」
茜:「自分が諦めるための言い訳にしたかっただけでしょ?!」
紫苑:「それは…!違うよ!」
紫苑:「私は本当に、茜に幸せになってほしくて…!」
茜:「『茜に幸せになってほしい』って、似たようなこと言う人がいたな、」
茜:「『茜は地元で就職した方がいい』っていうお父さんとか『女は早く結婚するのが一番幸せよ』って言うお母さんと一緒。私の為って言っても、結局は自分の為のくせに…っ!」
紫苑:「…、あかね、」
茜:「私、気づかないふりしてたの。『私の為』の言葉なんだから、期待に応えなきゃと思ったし、いう通りにしてればみんな、喜んでくれたからさ、」
紫苑:「…、」
茜:「でもずっと、本当にこれでいいのかな?って思ってた…!」
茜:「…っ紫苑が言いたいことを言えなかったように…私も、誰かを失望させるのが怖かった…!」
茜:「でも本当は、もっと悩んで、考えて、他人を傷つけても、自分の為に生きないとダメだったんだよ…!」
紫苑:「自分の、ために…、」
茜:「…うん」
紫苑:「…、」
茜:「だから紫苑…言って良いんだよ」
紫苑:「……今更、言ってどうなるの?」
紫苑:「昔に戻れるわけでもない、結果が変わらないのに言ったって、ただ苦しいだけじゃない!」
茜:「結果は変わらないかもしれない…!」
茜:「でも一緒に考えれば、何か他の選択肢が見つかるかもしれないよ、」
紫苑:「じゃあ教えてよ…!茜の幸せって何…?!」
茜:「それは…まだ、私にも分からないよ」
紫苑:「なら今までみたいに、人の言うとおりにしてれば?!その方が迷わなくていいし、苦しくもない。困ったら、その人のせいにできるもんねえ」
茜:「…ッそうだけど…!でもそれじゃ駄目なんだよ…!」
茜:「口の中で叫んでも誰にも伝わらない、」
紫苑:「…、」
茜:「ちゃんと自分で伝えなきゃ、ずっと苦しいままだよ…!」
茜:「ねえ、そうでしょ?紫苑…」
紫苑:「…それ、は…、」
0:握り込まれた紫苑の手に、手を重ねる
茜:「だから…教えて?」
紫苑:「…、」
茜:「紫苑はあの時、本当はなんて言いたかったの?」
紫苑:「…私は…」
茜:「うん」
紫苑:「…私があの時…言いたかった言葉は…」
0:紫陽花を見上げる
紫苑:「―…好き…」
0:ぽろぽろと涙が溢れ出す
紫苑:「…好き、大好き、茜…、茜の事が好き、」
紫苑:「私のこと、忘れないで…、 …」
0:紫苑を抱きしめる茜
茜:「うん…。うん、 忘れないよ、紫苑」
茜:「忘れるはずないじゃん…、」
紫苑:「ふ、… うぅ」
茜:「…気付いてあげられなくて、ごめんね」
茜:「紫苑が我慢してることに、もっと早く気づけたらよかったのに」
紫苑:「う …、」
茜:「ごめんね…。紫苑」
紫苑:「うぅん、…私も。…ごめんなさい、」
紫苑:「怖かったの、友達のままなら、時間がたっても、また昔みたいに会える」
茜:「うん…」
紫苑:「でももし拒絶されたら、二度と茜と会えなくなるかもしれないって思ったら、怖くて言えなかった、」
茜:「うん…。怖いよね…」
茜:「自分の思いを伝えるのは、怖い」
0:紫苑を抱く腕の力が強くなる
茜:「どうしようもなく優しくて…、」
茜:「どうしようもなく、子供だったんだよ。私達」
紫苑:「…うん、…」
茜:「でも今はもう違うよね…?」
茜:「私達は住む場所も、仕事も、好きになる人も選んで良い。…だって、自分の人生なんだもん」
紫苑:「そう、だね…」
茜:「紫苑は、どうしたい?」
紫苑:「……、まだ、分からないよ。でも…」
茜:「でも?」
紫苑:「茜と、一緒にいたい」
茜:「…うん。私も。紫苑と一緒にいたい」
紫苑:「…茜…、」
茜:「大好きだよ、紫苑」
紫苑:「…っうん…」
茜:「これがどの種類の『好き』なのかは、まだちょっと分からないけど」
紫苑:「…ふふ、うん。実は私も、だんだんこの気持ちが恋なのか、茜への執着なのか、分からなくなっていたの」
茜:「うん…。そっか、じゃあさ」
茜:「もう一度、お友達から始めませんか?」
紫苑:「ふふ…っ、何それ」
紫苑:「ずっと友達だと思ってたんだけど、」
茜:「そうだけど、」
茜:「今度はほら!紫陽花なしの。隠し事のない友達として」
紫苑:「うん。…そうだね」
茜:「じゃないと私が紫陽花に嫉妬しちゃうかも」
紫苑:「え…?そこに嫉妬するの?」
茜:「うん! ふふ、」
紫苑:「 ふふふ、 」
0:くすぐったそうに笑い合う二人

茜:「もう夕方だ」
茜:「そろそろ帰ろうか。紫苑、歩ける?」
紫苑:「うん、大丈夫」
茜:「きっと直ぐに暗くなっちゃうから」
茜:「…手、つなぐ?」
紫苑:「ふふ、」
紫苑:「…いいよ?茜が迷子にならないようにね」
茜:「えぇ、何それ。もうそんな年齢じゃありません!」
紫苑:「ふふ」
茜:「…。ほら、おいで」
紫苑:「―うん …」
0:指先を絡めるようにつなぐ 
茜:「そう言えば三月の紫陽花の話って、私から紫苑にしたんだね」
紫苑:「?」
茜:「この間、その頃の夢を見てさ。ずっと逆だと思ってたの」
紫苑:「あぁ、…それは違うよ。本当は小学生の時に、私が茜に話したの」
茜:「え?」
紫苑:「本当はそんな言い伝えなんかないんだけど」
紫苑:「私の家は亭主関白の家系でね、女は黙って男の言う事を聞くのが当然だったの」
茜:「そうだったんだ…」
紫苑:「うん。だから何か言いたいことがあったら、このお寺の紫陽花に言葉を食べてもらいなさいって、おばあちゃんに教えて貰ったんだ」

紫苑:「最初はただの子供騙しだと思ってたんだけど…」
紫苑:「いつの間にかそれが、心の支えになってた。きっと、お母さんやおばあちゃんも、そうだったんだろうね」
茜:「そっか…」
茜:「―え、ちょっとまって?じゃあ私、紫苑から聞いた事をすっかり忘れて、また紫苑に得意げに話してたってこと…?!」
紫苑:「ふふ、まだ小さかったから覚えてなくても当然だけどね。」
紫苑:「でも、びっくりしたんだ。まさか茜からその話が出るとは思わなくて。何か見透かされてるんじゃないか?って怖くなっちゃった」
茜:「ええ〜最低な奴じゃん。私…」
紫苑:「昔から話半分で聞く所があるもんね?」
茜:「うーん、改善するよう努力します…」
紫苑:「はい、頑張ってください」

0:繋いだ手を揺らしながら帰り道を歩く 

茜:「…私、紫苑の事なにもしらなかったんだなぁ」
紫苑:「?」
茜:「ねぇこれからはさ?定期的に会おうよ」
紫苑:「うん」
茜:「紫陽花も見にいこうね。私も東京行くしさ」
紫苑:「… うん」
茜:「また二人で沢山、色んな事を話そう」
紫苑:「…、 うん」
茜:「―紫苑?」
紫苑:「何か、夢みたいで」
茜:「ふふ。そうだね」
茜:「でもこれは…。現実だよ」
0:絡めた指先を握り直す
紫苑:「―うん。そう…だね」
0:顔を上げる紫苑
紫苑:「…もう一度、ここから始めよう」
0:伸びていく二人の影が、夕日に混ざり合っていく
 
茜:(M)二人で町に戻って、その日はそのまま別れた。
茜:紫苑が東京に戻るまでの間、私たちは子供の頃に戻ったように遊んで、沢山、話をした。
茜:自分の意見を少しずつ言うようになった紫苑は相変わらずしっかり者だけど、よく嫉妬する所は、ちょっと可愛い。
 
茜:今でもお互いに行き来をして、色んな所に遊びに行ったり、話をしている。
茜:嗚呼、その後の私達の関係がどうなったのかは。
茜:紫陽花と、私達だけの秘密だ。

0:end


2022/03/22 ボイコネ投稿台本の改良版。

ここまで読んで頂きありがとうございます。
長かったですよね、お疲れ様です。

想像以上に書き直したので、元の台本のほうが良いと希望があればそちらも上げ直します。

↓どうでもいい後書き
「三月の紫陽花」は少女達の成長の物語。
道に迷ったなら、最初に迷った所まで戻ればいい。
タイトルは学生時代に描いた絵からとっています。
(サムネに一部使用してるものです)

小ネタ
山紫陽花の花言葉…「乙女の愛」「切実な愛」
紫苑の花言葉…「君を忘れない」「遠くにある人を思う

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?