「彼はスタン・ハンセンと同い年なんです」インタビュー田原町13 『潜入取材、全手法』の横田増生さんにききました
9/15㈰・Readin’Writin’ BOOK STOREにて行った、横田増生さんのインタビュー記録(前編)です。
15000字(有料イベントの記録のため本記事も有料ですが面白いのでぜひ。参加者の方には、お手数ですがメールをいただけましたら前後編合わせて全文記事プレゼントさせていただきます。開演前のやりとりも書き起こしています)
潜入のマル秘グッズを持参
この日、二人して開場時間には席につき、入って来られるお客さんを見ながら雑談から始めてみた。
事前に横田さんにお願いしたのは、ユニクロ潜入取材で用いたカメラ内臓メガネ、メモ帖、イギリスのサンデー・ミラー紙の記者が使っていたという動画も撮れるカメラ内臓腕時計を持ってきてもらった(『潜入取材、全手法』91頁に出てくる)
開始前、メガネをつけているところを撮らせてもらった。
話し手=横田増生さん
聞き手🌖朝山実(構成・撮影)
横田さん曰く
「メモがないとぼくは、(原稿を)書けないですね。いちばんいいのは、その日か翌日にはメモを見て、文章に起こす。(章になっていなくとも)メモがあればなんとかなります。
(対面)取材するときは録音機を使います。そのうえでノート。メモじゃない。ええ。この小さいメモ帖は、録音できない現場取材のときですね」
嗚呼痛恨「潜入されています?」あのときなぜバレたのか?
「ちなみにこの時計は歩数が計れるんです。アマゾン(に潜入したとき)で数えたら一日25000歩くらいでした。
あそこは万歩計とかも持って入るのはダメなんですよね。いいのは、時計とメガネと鍵くらい。
いまはどうやら(ケータイ電話の所持を禁じられ、作業中に倒れた女性パートを救急搬送するまでに一時間近くのタイムロスが起き、亡くなられる事例があった影響か)スマホはよくなったみたいなんですけど。
ぼくがいた頃は、作業所に入る前に小さなロッカーに入れないといけない。入れ忘れると、出るときにセキュリティーのところで、スマホの中の記録もぜんぶ見せろ。見せないと即退職でしたね」
前列に座られた男性から、質問していいですか?と声がかけられる。ユニクロとの裁判で争いとなったことと「守秘義務」の関係を知りたいということだった。
横田さん 「会社の規約で守秘義務違反にあたるからと解雇はできても、規約を理由に法律違反にあたると訴えることはできないと、ぼくは理解しているんですよね。
まあ、解雇じたいも法律的には非常にあやしいんですけれども、仮に守秘義務を理由に訴えるには、機密情報を盗みだすような犯罪行為でないといけない。法律的なタテツケではそうなっていますよね。
たとえばユニクロをやめた次の日からZARAで働く人がいても、訴えられるわけではない。ただ、ユニクロの幹部が次の日からZARAというのはまずいかもしれません。だけどアルバイトくらいじゃ、たいした情報を得られるわけでもないですし」
参加者 「訴訟というとドキドキするもので。ご説明、ありがとうございます」
🌙『潜入取材、全手法』を読むと、沖縄の県知事選(2022年・佐喜眞淳)を潜入取材されようとして、できなかったという話が出てきます。その際、名前でバレたというのは?
横田さん「ユニクロの潜入取材(『ユニクロ潜入一年』文春文庫)のときに横田から離婚し再婚した名前を変えてやってうまくやったのに、どうしてバレたのかということですよね。
じつはあのあと『「トランプ信者」潜入一年』(小学館)という本を書くんですけど、そのときにアメリカに滞在するのにジャーナリストビザをもらわないといけなかったんです。アメリカ大使館から。
ぼくは2000年に最初のこの本(『アメリカ「対日感情」紀行』情報センター出版局 2003年刊)、アサヤマさんはわざわざ今日のために読んで来られたそうですが。これを書くときにジャーナリストビザを取得したんですよね。
それがないと三ヵ月に一回、出国しないといけない。だからそのビザをもう一回もらうには、横田の名前のほうがいいだろうとまた離婚して再婚したんです。
ええ。だからいまは横田が本名。それで、つい横田と書いちゃったものだからバレちゃったんですよね」
🌙なるほど。ということは、次にまた潜入する際には?
「もうぼくは引退ですから。潜入はやらないですよ」
🌙引退するのでこの本を書かれた?
「まあ、若い方にやってもらえるといいなあと。まあ、だけど、名前のくだりを書くとややこしいんで、本では書いてないんですけど。
沖縄に行くときに、名前はどうしようかと考えはしたんです。だけど、まあバレないだろうと。面倒だし。というのも、その前に海老沢由紀の選挙事務所に潜入するというのをやっているんです。東京の参議院選の維新の候補なんですけど、そのときは一回も名前をチェックされないでルポを書いたので」
🌙つい調子に乗っちゃった? 本の中で「潜入」の必須としてウソをついてはいけない。そのために名前を変えることも必要だと念押しされているのは、そのシクジリの体験から?
「そうそう。まあ、大丈夫だろうと(笑)。で、痛い目にあいました」
🌙だけど、顔ではバレないものなんですか。
「テレビに毎日出るくらいじゃないとバレないですよね。ぼくなんか(笑)」
🌙そうなのかなあ。
「だいたい、ひとの顔なんてそうそう気にして見ているわけでもないし」
🌙まあ、そうですよね。
「だけど、名前はネット検索したらすぐ出てくるでしょう。それもね、明日も来られて駐車場を使うんだったら、あなたの名前で登録しておくからというので書いちゃった」
🌙疑わしいなあ思われていた?
「まあ、怪しいですよね。内地人だし。見たら、わかりますよね。住所は、そのために沖縄に移しはしたんですけど。そのために」
🌙住所も適当なウソを書いたらダメだと書かれていますね。
「そう。だけど、沖縄の選挙は企業の人が勤務時間にちょっと行ってこいと言われて(事務所に)応援に来るんですよね。ぼくみたいな飛び入りの一見さんはいない。しかも内地人とくれば、なんやろう、ですよ」
🌙なるほど。
「そうすれば、検索もしてみたくなるでしょうね。目立たないようにずっと黙って溶け込もうとしてはいたんですよ。『はい』『はい』と返事して(笑)」
🌙それがもう怪しいなあ。
「でも、維新のときにはうまくいったんです。まず維新カラーのポロシャツを渡され。名前を教えてと言われ、ヨコタですと。そのくらいのやりとりしかなかった。
ただし、その取材記事が出る前に、御触書がメディアに回っていたそうなんです。こういうトンデモないやつが潜入しよるから気をつけろと。
この前、飲み会があったときにFRIDAYの人が言うてはりました。なんや、ぼくの顔写真付きで。
それを知ったのはつい最近です。でも、潜入終わって記事も書いたのでもう構わない。潜入前だと大変ですけど」
🌙次にしようとすると、名前は?
「ああ、それは。この前に名前を変えたときに奥さんの名前は伏せ、本とかでも仮名にしたので、また同じように。もうしないけど(笑)。だって離婚するたび、時間がかかるんですよ。ものすごく。結婚はその日からですけど。離婚は3週間。書類を出して、認められるまでに時間がかかる。何でか、ようわからないけど」
🌙へえー、そうなんですね。
(ここまでが開場から開演までの30分間の雑談でした。開演時間まで3分。アンケートをとると、新刊を既読という人は数人。
「インタビュー田原町」の簡単な説明のあと、定番の質問から始めてみた)
🌙まず、今回、潜入取材のノウハウ(実例をもとにした訴訟対策、ジャーナリストとしての歩みも含まれる)を公開する『潜入取材、全手法』をどうして書かれたのか、から訊いていいですか。
「ぼくは2005年に書いた『アマゾン・ドット・コムのドットコムの光と影』(情報センター出版局→朝日文庫)という本ではじめて潜入取材をするんですが、そのとき参考にしたのが『自動車絶望工場』という、鎌田慧さんが書いた本だったんですね。1973年だったかな。
ただ、その本にはノウハウみたいなものは出てこないんですよね。ほかにも『原発ジプシー』『ルポ精神病棟』と、70年代に潜入して書いたルポを読んだんですが、どれを読んでも仕方がよくわからないまま取材を重ねてきた。
それで5冊ほど潜入ルポの本は書いてはいるんですけど、05年のぼくが知っていたらよかったなあというようなことを書き残して。もうぼくもトシですんで、若い方々にやっていただけたらなあという話を、大学の講義とかに呼ばれた際にするんですよね。
そうすると『実際どうやったらいいんですか?』という話になる。じゃあ、書いてみようかと」
10人、100人の潜入記者を!
🌙最初の書き出しで、本当なのかなあと思ったのは、「私には夢がある。それはいつの日か、日本に潜入記者が10人、いや100人生まれることだ」と書かれているんですけど、ほんとうにそう思っておられる?
「そう……、イギリスは一杯いるんですよ、10人100人どころか、何百人と。そう。いるんです、潜入取材大国なんですよ。
アマゾンドットコムに潜入している一覧表ができるくらい。週刊東洋経済に一度書きましたが、BBC、日本の日経新聞にあたるファイナンシャル・タイムズ、ガーディアンは強引にいうと朝日新聞、あとサンデー・ミラーは日刊ゲンダイ、そういうメディアの記者たちが次々と潜入して記事を書いている」
🌙それは会社の記者?
「社員もいますし、BBCは外部の記者を潜入させて、30分の番組を作っています。面白いのはそういう潜入取材をやった2年後に、BBCがビジネス・ドキュメンタリーを作るんですよね。プロジェクトxみたいなのを。それをアマゾンが受けるんですよね。
まあ、どれくらいイギリスが潜入取材大国なのかというと、仮に麻薬の売買がされているというパパママ・ストアーがあったとします。そうすると、ふつうのテレビが隠しカメラをつけて買いにいくんです。『麻薬、ください』と言って。で、売りますよね。その映像が夕方のニュースで流れる」
🌖へえー。
「日本の夕方のニュースではそんなことしない。夕方どころ、どこもやらない。イギリスはそういうのを当たり前のようにやるんですよね。
潜入取材をする記者もたくさんいすぎて、ぼくみたいな人間はイギリスでは目立たないし、BBCにかないっこない。だけど、日本はやる人がいないので、10人、100人いたらいいね。イギリスに出来るんやったら日本もできるでしょうと」
🌙今回インタビューするにあたって、横田さんの書かれた本をほぼ全作読み直したんですね。10冊くらい。横田さんというと潜入が代名詞になっているけれど、じつは潜入ルポは何冊か書かれたあとからなんですよね。
「そうそう。一冊目は、アメリカ50州をぜんぶ回っていろんな人に話を聞いていく」
🌙この本、『アメリカ「対日感情」紀行』は情報センター出版局がノンフィクションに力を注いでいて、椎名誠さんとかの本もヒットしていた頃。変わった角度から焦点を当てるノンフィクションが多かった。そこに、
「拾ってもらったわけですよね(笑)。もう絶版ですね」
🌙図書館にはあると思うので、探してでも読んでみてください。面白いです。
「そう。いい本です。自分で言っちゃいけないけど。アハハハ」
🌙これは9.11の前でしたか。
「直前ですね。取材を終えて日本に帰ってきたときに、9.11が起きたんですよね」
🌙ちょっとこの本の話に脱線しますが、横田さんは物流の業界紙の仕事をされていたのを辞められ、アメリカで一年取材としたいと妻に言ったら、新婚2年目の妻はいいよと言ったという。ええっ!?という出だし。そしてクルマを運転しながら50州を取材して回った。
「そう。中古車を買い、運転免許もアメリカで取りました」
🌙ひとつの州で必ず一人、日本と何か関係のあることを条件に、日本についてどう思うかを聞いていく。いきなりピンポンするみたいにして。
「まあ、いちおう連絡をとってはいるんですけど(笑)。そうしないと、むこうは銃で撃たれるので」
🌙そのインタビューで出てくる話も、日本人が想像するものとはだいぶ違っている。さらに取材の合間に起きるトラブル。ケータイを契約したのに通話できない。車をぶつけて死にかける。ロードムービー的に次々といろんなことが起きる。
結局一年の予定が二年近くに伸び、取材費はおそらく1千万円以上かけていますよね。中古車を買うとか安ホテルを選んで節約しながらも。
「かかってます」
🌙回収は?
「ぜんぜん、できてないですね。回収する気持ちはあったんですけどねえ。週刊朝日で短期連載で書かせてもらって、それで本にはできたんですけど」
🌙本の売れ行きは
「5000部刷って、終わりでした」
🌙ライターとしはマイナスからのスタートなんですよね。
「そう。それでお金は底をついて、どうしょうというときに、もともと物流専門の、ヤマトとか佐川とかの業界紙にいたので。そのときの仲間が、うちの雑誌に何か書かないかと声をかけてくれたんです。
ぼくが提案したのは、働きながら書いてみたい。求人誌がまだコンビニに並んでいる時代で、アマゾンドットコムの求人を見つけたんです。
時給900円。家の近所で。『アマゾン・ドット・コムの光と影』は、業界紙で半年くらい連載し、そのあと月刊文藝春秋で一回書いて本になったんですね」
🌙へえー。
「その業界紙では、アマゾンとは書かずに通販センターというふうに書いていたんです。アマゾンの下に日本通運という会社があって、そこでぼくは働くんですが、業界紙にとってはどちらの会社も超ビッグなお得意様なわけです。それで本になったときに、日通の弁護士が乗り込んできたそうなんです」
🌙文藝春秋に?
「ちがう、ちがう(笑)。業界紙の編集部。文春に怒鳴りこむほどの根性はないです。だって、業界紙は自分たちの手下だと思っているから。
『おまえら、何してくれてるねん』『えっ、何か問題ありました?』という話。ヨコタおまえのおかげで、二年出入り禁止になったとぼやいてましたけど。『ごめんね』って」
🌙そのごめんは、誰が誰に?
「ぼくが編集長に。そんなことになって悪かったねって(笑)」
🌙その本は、どこの出版社から出たんですか?
「それも情報センターです。こっちは売れました。3万部まではいなかったですけど、2万いくらかは。アマゾンというのと、当時格差社会という言葉が流行りはじめていたのもあって、その二本立て。出版社の人がたくさん読んでくれたんですよね。
それでまあ『なんやおもろいやつがおるぞ』と思ってもらえるようになったんですね」
『中学受験 光と影』にしてたらベストセラーになってたかなあ
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脱落せずお読みいただき、ありがとうございます。 媒体を持たないフリーランス。次の取材のエネルギーとさせていただきます。