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“インタビュー田原町10”のゲストは『正義の行方』を監督、ノンフィクション本も書かれた木寺一孝さんです

“ものものしいのは嫌だからあなたひとりで来るんだったら、が希林さんからの一年にもわたる密着取材の条件で、おっとりと希林さんを追うテンポに当初、なぜ彼女は木寺さんを残された時間の中で選んだのだろうと観ていました。”


5/11㈯19時~21時
「インタビュー田原町10」
(銀座線田原町3分の小さな本屋さんReadin’Writin’ BOOK STOREにて)は、『正義の行方』(講談社)を書かれた映画監督の木寺一孝さんをゲストにお招きします。
各劇場連日盛況とsnsでも大反響のドキュメンタリー映画『正義の行方』の制作背景と、この映画をもとに書かれたもうひとつの『正義の行方』について、木寺一孝監督にお聞きします。当日は。配給会社の東風(『人生フルーツ』『主戦場』…)のひとたちから見た、この映画を劇場に出そうと決めたポイントも聞えたらと思っています。

カバーをはずしてみた
東京は渋谷、ユーロスペースで上映中
映画パンフレットとチラシ

冤罪の疑いをもたれながらも刑の確定から2年という異例のスピードで死刑が執行された「飯塚事件」を、捜査にあたった元警察官たち、検証報道に取り組んだ地元紙の記者、再審請求に取り組む弁護団と元死刑囚の妻。
立場の異なる三者の「証言」を折り重ね、死刑制度について、報道のあり方について考えるきっかけにするひともいれば、冤罪の疑いをつよく感じ憤るひと、退職したとはいえこれだけの人数の警察官がカメラの前で取材に応じたことに驚くメディアのひとも多いようです。

芥川龍之介の「藪の中」、これを映画にした黒澤明監督の『羅生門』や横山秀夫のミステリーにたとえたり、「エルピス」や「虎に翼」とかさねてみるひとが多いのもこの映画の特色で、これまでにない事件ドキュメンタリー、ノンフィクションだからでしょう。
事件を知らないひとたちであっても引き寄せられる、監督(書き手)が結論を指し示すわけではなく、「審判」は読み手にゆだねる構成は本も映画も同じです。

この映画の裏話は、大島新、前田亜紀、ふたりの監督が聞き手となった動画チャンネルに詳しく、


映画を観、こちらの番組をご覧になられたうえで、インタビュー田原町にご参加いただけると理解が深まるのではと思います。

おふたりが監督でプロデューサーでもあるからでしょう、踏み込んだインタビューで、木寺さんの返答に驚くことが多く。
なかでも、番組の中で問われる二点。
再審請求に向けて弁護団が提起する「新証拠」について、『正義の行方』の中では取り上げられていない理由について。
もう一点は、西日本新聞の元記者と遺体発見現場を再訪した際、木寺監督がたまたま目にした記者の仕草について。
とくに後者はノンフィクションライターならば10人中9人は、その様子を本の中に書きこんだでしょう。しかし、印象に残る場面であるのにもかかわらず、読み返してもまったく触れられもいない。
映画にも本にもその場面を欠片すら描かないという選択に、木寺一孝という監督、書き手の根幹が感じ取れたように思いました。この点について、当日更にきけたらと考えています。

インタビューに際し、木寺監督の過去に撮られたものが気にかかり、たまたま以前録画していた、ETV 特集「連合赤軍 終わりなき旅」と、NHK「“樹木希林”を生きる」を探しだして見返しました。

前者は、1972年のあさま山荘の銃撃戦と仲間を「総括」によって殺めた事件の当事者たちの、47年後を追ったドキュメンタリーです。
木寺さんの資質をうかがわせるのは、登場する4人の元受刑者たちのおだやかな話し口調で、なぜこの堅実に見える元若者たちがあのようなことに至ったのか。
ひとりひとりの人間を知ろうとする取材者の姿勢と、なかには初めてカメラの前で胸のうちを吐露するひともいて、タイトルどおり彼らの事件が終わっていないことを伝えていました。

樹木希林さんの番組は木寺監督の初映画監督作品のベースとなる作品で、希林さんの最期の一年に密着し、4つの映画に出演する彼女を追っています。

ものものしいのは嫌だからあなたひとりで来るんだったら、が希林さんからの一年にもわたる密着取材の条件で、おっとりと希林さんを追うテンポに当初、なぜ彼女は木寺さんを残された時間の中で選んだのだろうと観ていました。

希林さんが運転する車の中でのインタビューも多く、それも希林さんが木寺さんを乗せて現場に向かい帰りも、という反復。
初見の記憶では、誠実ながらちょっと頼りなげに見える木寺さんを放っておけず応援したいのだろう。そう理解していたのですが、なんといってもあの樹木希林です。ただそれだけではないというのが改めて見返し、わかってきました。

たとえば、劇中で使う足袋をスタッフが新品に染め粉を使って用意したと聞き、そんなもったいないことしないで使い古しをコーヒーにつけたらいいのに、とつぶやく。そうしたささいな会話が詰まっていたこと。

こんな撮り方で番組になるのかしらねえ。山場が撮れていないことに不安を募らせる希林さんに、木寺さんは一度、撮りためたものを見せる場面。体調の悪化していた希林さんがケラケラと笑って見入っている。とてもいいシーンです。
番組のラストカットは4本目の映画の出演場面を終え、屋敷の廊下の奥に「あなた、電車がなくなっちゃうんじゃない?」と言いながら消えていく樹木希林の後ろ姿です。

仲間を理不尽にも手にかけ苦悶を背負いつづける元学生運動家たち。飾らない、誰もが知る異色の女優。扱う題材は異なるものの共通するのは『正義の行方』にも漂う、話し手たちの居方と、居合わせたことを大事にする監督の視線です。

そうそう。前回の田原町のゲストの前田隆弘さんが木寺監督をインタビューした記事を見せてもらいました。
テレビ雑誌の一頁ですが、後半、好きな映画を問われた木寺監督があげているのは、原一男監督の『ゆきゆきて、神軍』。
敗戦後の戦地での上官の罪を問い暴走する元日本兵を追いかけたドキュメンタリーです。
主人公・奥崎謙三の「狂気」に魅せられた原監督が逆に奥崎に追い込まれていく。戦争ドキュメンタリーの枠を超え「人間」がにじみ出るところに惹かれると話されていました。
それぞれ点であったものが線に見えてきた記事でした。

ちいさなことですが、本を読み直していて気づいたというか、印象に残ったことがありました。

西日本新聞で当時、取材記者だった宮崎さん、傍示(かたみ)さんは「久間さん」と呼び、当時は関わっておらず死刑執行後に検証報道の連載記事を担当した中原記者は「元死刑囚」と言葉を選んでいました。対して、捜査に当たった坂田さん、飯野さんたちはいまも「久間」と呼んでいることです。

なんだそんなこと、かもしれません。けれども、とくに地元紙でスクープを放った宮崎さんは、当時はおそらく犯人の確信をもって久間と呼んでいたことでしょう。そう考えると時間の変遷を感じとるとともに、ゆらいでゆく「正義」と、ゆらがない男たちの「正義」について考えるのです。
ちなみに木寺さんは、取材中「久間」と口にすることもあれば「久間さん」の場合もある。

木寺さんの地の文は、敬称を省いた客観視点で貫かれています。近年のノンフィクションの傾向でいうと、たとえば取材相手にたどりつくまでの経緯を綴りながら書き手の〈私〉を登場させることが多いものですが、『正義の行方』には〈私〉がストイックなまでに登場しないばかりか、取材現場の様子を伝える描写も皆無です。
三者ひとりひとりの証言、確認できた出来事、事実経過だけで構成されています。書き手の心象が省かれているのは考え抜かれたものでしょう。
ただ、一か所だけ、そのルールを破っている箇所があります。〈私〉が出てくるのです。印象的な場面、ここだけは出さないと書けなかったのでしょうか。

先日、本を読まれたReadin’Writin’ BOOK STOREの落合さんから、読み応えのある本という感想とともに、一か所だけ出てくるといわれていたのがどこだが分からなかった。まったく気にならずに読めたけど、と。
そうかあ。わたしの読み方は重箱をつつく偏愛的なものなのかもしれないです。

5/11(土)「インタビュー田原町10」は、『正義の行方』を書かれた木寺一孝さんをゲストに映画の制作と本の話をお聞きします。
会場参加のみ。配信しないぶん、この場だけの話が聞けたらとも考えております。ご観覧頂けましたら幸いです。
小さいながらもミラクルランドのような本屋さんの棚もぜひ、見に来てください。

会場は一旦閉店後、書棚を移動
後、18:30から開場します。
(書店としてのお店の営業は18:00まで)

木材倉庫を改造。中二階に座敷空間もあり、えっ?!という本に出会えますよ。

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