「剥き身で刺さないで」伝説の剣の作者の悲痛な叫び

 あれは伝説の剣。勇者以外には抜けぬ―――。魔王や凶悪な竜を打ち滅ぼし、役目を終えた勇者が次の厄災に備えるためにその剣を次世代に託すのは至極当然のことである。実際、次に厄災が起きたとき、残された剣を握り、それを振るった勇者を見たことは多々あるだろう。

 伝説の剣を作り上げた悪魔の住むと伝わるデビルマウンテンの奥深くで暮らす鍛冶職人、ガンコー・デンネン氏は自身の鍛えた剣の扱いに心を痛めている。04日昼、久しぶりに人里に降りたガンコ―氏は自分の剣が伝説の剣として勇者に託されていることを知り、とても喜んだという。しかし、喜びは岩に突き刺さった剣を見た瞬間、一転して悲しみへと変わった。ガンコー氏が村中を走り回る姿を目撃した住民はその痛ましい姿に涙を流したという。最終的に剣の刺さった岩に泣きつきながら「鞘もわしの作品じゃ」と泣くガンコー氏に対し、近隣住民は「確かにそうだ。一体いつ失われたのだろう」と話し合うばかりであった。

 村長の話によると、初代勇者が魔王討伐後にこの村の岩へ剣を突き刺して世から消え、次世代の勇者がそれに倣ったことからこの伝統が生まれたという。所在のわからない鞘については文献にも残っておらず、「あくまでもここは伝説の剣が刺さった岩がある村であり、伝説の剣の鞘がある村ではない」というのが村長の主張である。しかしながら、法律に詳しい帝国法廷魔術師のロポウ・クワァンシ氏は「一般的に見れば剣と鞘は一組であるものであり、村側の責任も大きいのでは」と話す。

 帝国最大規模の鍛冶場「テュンゾウン」の鍛冶場長はこの一件に対し、「そもそも剣は岩に刺して保管するようなものではない。あのような保管方法では剣としての性能も落ちていく。この状態を伝統だからと言って良しとしていた村側の責任は非常に重く、同じ職人として作品が損なわれる苦しみが手に取るようにわかる」と述べ、問題の早期解決を祈るとともに、次の厄災への備えの無さ、危機意識の欠如を憂いていた。

 一方、先代の勇者の末裔の一人は「そのような環境に晒されても他に劣らないからこそ伝説の剣であり、それを扱うから勇者である」と述べた。この意見に賛同を示す帝国民は非常に多い。伝説の剣、という肩書きへの信頼が伺える。また実際に伝説の剣は長年岩に突き刺さっているが、時折の使用時には無類の強さを発揮している。勇者の振るうそれは天を裂く竜を一刀両断し、山を突き崩す大蛇を打ち滅ぼした。このようなことからも、むしろ岩に突き刺す方が正しい保管方法であるという意見もあり、鞘が無いことが箔になっているという世論も強くある。

 「わしの剣を剝き身で岩に刺さないで。あの鞘に収まるからかっこよく見えるように作った。確かに鞘は代用の効くものであるし、岩に突き刺さった剣を抜く勇者はかっこよく見えるだろう。しかし、せめて鞘も保管しておいてほしかった。もしわしの鞘を持ち帰った勇者が居るのなら、この剣のもとへ返して欲しい」と、ガンコー氏。「というか、なぜ岩?あげたのはわしだが、岩に刺すくらいならわしに返して欲しかった」と話す。


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