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燃焼

「この景色に、憧れたの。この町を飛び出したくて電車に乗って、そしたら真っ暗になった夜の町に灯りががきらきら光ってて。あんまり綺麗で悔しくて羨ましくて。でも憧れた。“隣町銀河”って名前つけて。梅渓さんに羨ましがられるような事じゃないの。私、多分取り憑かれたんだ。隣町銀河に取り憑かれた」


銀河のようだったので、心の内ではしゃいだ。

魅力はなぜ光に喩えられるんだろう。ぴかぴかとか、きらきらとかさ。そういう表現が多い気がする。びかびかだと、あまり光量が強過ぎる。でも「強烈だから近寄るのはやめておこう」なんて、出来ないみたいだ。




『溺れるナイフ』という漫画を読んだことがあるが、不思議な話だな、と思った。絵柄は少女漫画だが、内容は文学的。多分あらすじとしてきれいに纏めようとすると野暮になる、そういうストーリーだった。
一巻のラストが好きだ。
主人公の少女、夏芽は十二歳の頃強烈なびかびかを目の当たりにする。同い年の少年“コウちゃん”だ。コウちゃんは田舎の普通の少年のはずなのに、最初から最後まで得体が知れないようなところがある。


──なぜ彼だけが発光して見えるのか。
──コウだけ光って見えるんよ。


彼は度々そのような表現をされる。実際に光っているというわけではないのだが、コウちゃんは何か選ばれた人間でもあるかのように特別なオーラを纏っている。奔放で傲慢で身勝手で、優遇されているようでいて恐ろしい程の黒さも抱え込まされているような。
眩しい。魅入る。怖い。後ろ暗い。

一巻のラストは、地元の夏祭りの夜、子どもが参加することを禁じられている危険な行事に顔を隠して参加したコウちゃんを、夏芽が目撃するシーンで終わる。
縦横無尽なコウちゃんは超然とした存在であるかのように煌々こうこうとしていた。その時の夏芽の強烈な衝撃と衝動。
私だって。私だって。
──私だってあんな風に。



“コウちゃんが欲しい”と感じた夏芽だったけれど、それは具体的にはどういう意味でだったのだろう。
夏芽は自分でも何かわからない大きな感情に惑い、それを“恋”として置き換えて自分を納得させてみてはいるものの、しっくり来なかったんじゃないだろうか。私にはどうもそう思えた。私自身があまり恋愛好きではないからかなのも知れない。
あれはそういうのではなくて、何というか“びかびか”と表現する他ないようなもののように思えた。その衝動で、夏芽も夏芽にしか出来ない表現を開始している。



──光って見えるんよ。

まさにそれ。光って見えた。



あれは何だったのだろう。あのすべもなく絡め取られる強烈さは。
少し様子を見てみようとかちょっと距離を置こうとか、そんな風に気を付けようがない。その時点でもう只中に入っているのだと、のちで気がつく。
強烈な光の周りに群がるのもまた大小様々な輝きで、まるで概念的な隣町銀河だった。私は左記子宜しく飛んで火に入る夏の虫だ。

あれは何。表現者というのはどうしてあれほど魅力的に見えるのか。どうしてあんなに美しかったり格好良かったり輝いているように見えるのだろうか。あんなに強烈な衝撃と魅力を携えてやって来て、なんて卑怯なんだろう。
そして私にはその輝きを感じ取って感動できる人も同じように輝いて見える、生命が燃えだすような。あれが不思議で仕様がない。


自分でもそうとは思っていなかったのだけれど、私は割と情熱の人なのだと思う。口数も少ないしぼうっとしているしで、そんな風には見えないのだけれど。
特定の分野では、衝動を抑え込めないほど情熱的になる。美しい美しい呪いである。

ああ、光って見えた。純度高く他と馴染まず、本来の自然な上昇を無視するような跳ね上がり方で。それだけ後から来る反動も大きいのかも知れない。急激な上昇の後にそれをキープ出来ず、緩やかに下降してゆく物悲しさだ。

私自身の表現も静かに燃える。
私は言葉で人の心を燃やしたい──なんて、今まで何度言ったことか分からないけれど。
自分が飛び抜けた才能を持っているとは思わないけれど、それでも私は物書きとしてのプライドがあるみたいだ。「物書き」なんて自分で勝手に言ってる。だけどやはり言葉を扱う人間として、私の言葉が少しでも力の宿るもの、価値のあるものになっていて欲しいと願ってしまう。
書くのを続けるとかやめるとか、そんな風に考えたことはない。文章を、努力して書いているというつもりはない。共に生きているという感覚だ。出さなければ堪らず苦しくなってしまうという、そういう種類のものだ。
それでも私のこれも、いつか下降する時が来るのだろうか。それは一体どんな心地なのだろうか。ちょっと恐ろしくて考えたくはない。



私はいつも知らずに燃えてしまう。ぎらぎらの吸引力には抗いようがない。



そうしてその終わりは燃え殻のみなのだろうか。

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