【小説】あなどれない遺伝子と、君にだけ聞かせるヘビーローテーション(951字)

 ららら~♪

 鼻歌まじりに洗濯物を干す。
 無意識に歌ってしまうのは、母からの遺伝だろう。
 騒がしい母と、静かに微笑む父。
 まったく違う性格なのに、相性はバッチリだった。

 るるら~♪

 彼と同棲をはじめて一週間。
 不安や心配をよそに、ただただ楽しい毎日。

「わたしは~♪ しあわせ~♪」
 
 もちろん、こんな大声で歌いながら家事するとこなんて見せないけどね。
 二歳年上のわたしは、大人で知的なお姉さん彼女なの。

「楽しそうですね、由香さん」

「え~♪ と~ってもた~――あ、はい。たのしいです。おかえりなさい」

 いつの間にか、買い物から帰ってきた彼がいた。
 もしかして、この作詞作曲わたしの『家事のテーマ』を聞かれただろうか?

「裕太くん、いつからそこにいたのかしら?」

「しあわせ~♪ のあたりからですね」

 やばい。
 恥ずかしすぎて吐きそう。

 彼は何事もなかったかのように、コンビニで買ってきたお昼ご飯をならべていく。
 別に何事かあったわけではないのだけれど。
 わたしの知的お姉さんポイントが暴落している気がする。
 彼は優しく微笑むだけなのだが、それすらもプレッシャー。

 その微笑はなんだろう。
 失笑?
 苦笑?

 お姉さんキャラにあこがれて同棲までしたのに、こんなおバカな生き物だったなんて最悪だぜ――とか思われてないだろうか。
 不安がよぎる。
 もう、不安だけが心のど真ん中を通過していく。
 いったい何両編成なの? っていうぐらいの長い長い不安が。
 
 「が~た~ご~と~♪」

 やば!
 今、わたし歌っていた。
 『心の不安列車が行く、通勤快速バージョン』を無意識に!
 おそろしい。
 母の遺伝子がおそろしい。

 それにしても、そこそこイケメンで人気だった彼が、なぜわたしと?
 今さらながら不思議に思う。
 そして不安になる。

「由香さんの歌。僕は好きですよ」

 コンビニで買ってきてくれたオニギリを、二人で食べながら彼が言う。
 頭の中で『オニギリの歌、一人三重奏』を歌いながら、わたしは彼の前で歌ったことなんてあったかしら? と記憶を探る。

 彼と職場で出会ってから三年たつが、カラオケに行ったこともないし、一人ミュージカルは封印してきた。
 まさか付き合って一年の間に寝言で歌ったとか――。

「同じ部署になった次の日から、すきすき~って歌ってくれてましたから」

 オニギリ片手に固まるわたしを見ながら、彼はとてもやさしく微笑んだ。

 クロヒョウ師匠のお題に参加しました♪
 皆様もどうですか?
 たのしいよ♪

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