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【動画|抜取|考察】中間管理職はもう必要がない|富山和彦|NewsPicks|【落合陽一】日本企業を”大改革”せよ

どうも三代目です。

今回は下記の発言について考察をしていきます。

中間管理職はもう必要がない|富山和彦

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冨山 和彦(とやま かずひこ、1960年(昭和35年)4月15日[1] - )は、日本の経営コンサルタント、経営者である。株式会社経営共創基盤代表取締役CEO。 主な兼職として、パナソニック社外取締役、東京電力ホールディングス社外取締役、産業革新投資機構社外取締役。 経済同友会副代表幹事。財務省財政制度など審議会委員、内閣府税制調査会特別委員、内閣官房まち・ひと・しごと創生会議有識者、内閣府総合科学技術・イノベーション会議基本計画専門調査会委員、金融庁スチュワードシップ・コードおよびコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議委員、経済産業省産業構造審議会新産業構造部会委員他。 近著に、『なぜローカル経済から日本は甦るのか GとLの経済成長戦略』『選択と捨象』『決定版 これがガバナンス経営だ!』『AI経営で会社は甦る』他。 ウィキペディア

この発言はニュースピックスの 【落合陽一】日本企業を”大改革”せよ の動画からとったものになります。

上の発言の内容の根拠になる部分を見ながら考察をしていきます。

サラリーマン的ゴールは中間管理職である

この言葉を聞いたときは そうかな と思っていたが、よくよく考えると、その通りだとわかった。

サラリーマン的にキャリアを積んできて、その先にあるものは最終地点で 社長 であろう。

でも、投資家や株主をもっている企業であれば、結局この社長ですら企業と投資家や株主の中間調整役となる中間管理職だ。

富山さんは副社長までが中間管理職だといっている。

さて、この調整業務や、その企業特有の忖度に、こらからどこまで価値があるだろうか。

この企業はこの学校の学閥が強い、この部署にいくと出世コースとか、あの人はこれが好きな人だからとか、どうでもいいことばかりだ。

そして、この特定の企業での波乗りがうまい人が出世をしていった場合に、現在のような実力主義の時代になったときに波にのまれる。

そして、この謎の調整業務がリモートという環境にてなくなってしまったときに、何も役に立たない ことが露呈したということなのだろう。

そしてこうも言っている

管理職で付加価値をだすのは今は非常に大変

ここは管理職をどう定義をするのかにもよるが、調整業務に卓越していたミドルマネジャーは、自分の高給より価値を見出すことが困難になっていきているということ。

これは、優秀な部下がそろっている場所では、邪魔にすらなりえてしまう。

これがいま言われている じゃまおじ 状態であろう。

この話題は30代の自分もいずれくるのかと、震える。

でも、前提として時代のニーズをとらえられずに、新しいインプットをしてこなかった人たちに起きているのではないか?

年齢を重ねると必ずしも じゃまおじ になるのであれば、50代を超えた有名経営者は、どうなるのか。

この人たちは時代のニーズをとらえ、自分を変えてこれた人たちなのだ。

つまり、適正なインプットをおこなって自分を時代に合わせていければ じゃまおじ 現象は抑えられそうだ。

中間経営者は必要である

このまま、いらない議論だけだと救いが。。。と思っていたら、この言葉がきて安心しました。

私を含めた中間管理職の皆さん、道しるべがきました。

それが、中間経営者になれということでした。

では、中間経営者とは何? ということなので列挙します。

【中間経営者】
① 正解をもとめるのではなく問いを立てる
② 自主的に考えられる
③ 自分の頭で考えて、判断をして責任をとれる

正解をもとめるような発言は、こんな感じでしょうか。

社長!こちらの選択でよろしいでしょうか。

これでは、自分の主張は特になく社長の意向に沿っているのかどうかの答え合わせをしているだけです。

これはまさに調整役です。

社長の言っていることを、ただただ実直に部下に流すだけの、パイプのような役割です。

そこには、方向を切り替えたりする機能は存在しない。

ただ、方向も勢いもそのままに 右から左に流す だけ。

そうではなく、自主的に考えて方向性を見出し、自らの責任にて実行ができる人財が求められているということ。

そうすることで、経営者は事業の細かい判断業務からは解放されて、より長期のクリエイティブな判断をしていくことができる。

動画の中では、なぜこの正解を求めるのかということにも言及している。

それが

子供のときから正解のある問題を解いてきているから

これが原因ではないかとのことです。

たしかに、私たちは長い時間 答えのあるドリル をこなし。

ひたすら正解を覚えることをしてきました。

しかし、討論をしたり、主張を論理立てて説明をすることはしてこない。

そして、このドリル教育が20代までのほとんどの時間使われてしまいます。

たしかに、正解を求めて 当たり前なのかもしれません。

勉強ができること と 頭がいい ことが異なるのは、この違いなのかもしれません。

ビジネスの場では正解は、さほど需要ではなく問いが重要です。

現代の社会は、かなりの部分が満たされています。

こんな中で正解の価値は低くなっています。

また、その ソリューション かよ。

みたいな状態です。

なので、現状の状態から、いかに質の高い問いを立てられるのかが重要になってきます。

これから私も

自ら問いを見つけて
自主的に考え
オプションを出し
自らの責任の元で実行できる 

中間経営者 を目指し精進してきます。

以上になります。

では、また会いましょう!

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