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盤があるなら嬉しいです #5【おさきにどうぞ / 田中ヤコブ (2020)】

 一曲目で「あっ、いい」。二曲目で「何この人、すごい……」。三曲目で「自分好みのミュージシャンが出てきた!」と快哉を叫びたい気持ちになった。前作『お湯の中のナイフ』 を初めて聴いた時のことだ。あれから私はこの人の紡ぐメロディや言葉や曲の虜になった。

 私がいわゆる「ひねくれポップ」の箱に仕分けしているミュージシャンは田中ヤコブ以外にも山ほどいるが、氏の曲はメロディだけでなく曲の構造までひねくれている。次いで歌詞を読んでみると、メインストリームになりきれないコミュニティの日陰者(それはつまり休み時間に机に伏せて寝たふりをしている類の人間のことである)の鬱屈した想いが陰に陽に顔を出しており、私にはそれがそのまま楽曲の屈折した構造にまで垂れているように思えたし、それがこのミュージシャンの面白味になっていると感じた(そしてその詞にも深く共感した)。一方で60〜70'sのロックやフォークを基調としながら時にコーラスワークを巧みに使った宅録サウンドは、派手さは無いながらもスレっからしの音楽ファンの耳も満足させる旨味は十分。アルバムの楽曲の強度はおしなべて高く、今でも前作を飽きることなく聞き続けている。

 さて今回の新作に話を移すと、変わらぬひねくれポップではありながらも、前作よりもいくぶん素直な、しかし聴かせどころのツボはしっかりと押さえたメロディが展開されているように思う。と同時に、内向きだった詞作も今作では外に向いており、何より楽し気だ。生まれたばかりの友人の娘に送ったという一曲目の“ミミコ、味になる”(このタイトルのセンス!)の爽やかなイントロから続く陽性のメロディとメッセージには思わず笑顔になるし、ラストの"小舟"なども中期Teenage Fanclubを彷彿とさせる瑞々しいポップネスで溢れている。
 とはいえ、XTCゆずりのひねくれポップラインの曲もしっかり収録。決してわかりやすいとはいえない(でも、どうしようもないほどグッドな)メロの"LOVE SONG"をシングルとしてリリースしちゃう格好良さよ。「言った通りに動く機械になれたのに 中途半端に伝えようとして本当にすみません」なんて、個人的には今年一番のフレーズかもしれない。
 曲のアレンジも前作よりグッと華やかに色がついており、穏やかなフォークにバイオリンが花を添える"えかき"や、"膿んだ星のうた"のようなカントリー調の曲も登場。そして、個人的には田中ヤコブの大きな魅力の一つであるテクニカルなギタープレイもしっかり聴ける。重たいギターサウンドで攻めるかと思いきや一転、人懐っこいシティポップに様変わりする"cheap holic"にも意表を突かれた。何より"BIKE"のアウトロでのエモーショナルなソロを聴いてほしい。

 最近では折坂悠太、長谷川白紙といった才能豊かな男性SSWがゴロゴロ登場してきて、そのいずれも傑作をリリースしている。その中でも、とりわけ田中ヤコブはメロディも歌詞もサウンドも自分好みで最も気になる存在になっている。昨年リリースの彼のバンド・家主のアルバム『生活の礎』同様、今作も私にとって愛聴盤になりそうだ。


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