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「チェンソーマン」悪魔は常に隣人たりえる。汝のこころの中に。恐れる気持ちがある限りは。

チェンソーマン 概要

「チェンソーマン」藤本タツキ先生による漫画作品。
 集英社「週刊少年ジャンプ」にて第1部「公安編」を2018年12月から2020年12月まで連載、第2部「学園編」「少年ジャンプ+」にて2022年7月より連載中。
 オリジナリティ溢れる筆致と展開力で、漫画好きからの評価も高く、ときに熱狂的なファンすら生み出している中毒性の高い作品現代漫画シーンの最先端をひた走る一作と言っても過言ではないだろう。
 2022年10月よりアニメも放送開始予定。第2部開始も相まって、乗りに乗っている漫画のひとつだ。

作品の特徴

 本作のテーマは「悪魔」
 キリスト教をモチーフに、天使と悪魔が織りなす壮大な神話体系を、カジュアルに漫画作品へと落とし込んでいる。悪魔は人間の抱く「恐怖心」から産まれ、設定としては妖怪などと非常に近い概念と理解できる。こころの中に恐れる気持ちがある限り、悪魔は常に隣人たりえるわけだ。
「血の悪魔」「暴力の悪魔」などわかりやすいネーミングはキャッチーな印象を与え、「全ての悪魔は名前を持って生まれてくる」「その名前が恐れられているものほど悪魔自身の力も増す」という世界観も説得力があってわかりやすい。

 それだけではなく、不条理をキチッと描き切っていることも特徴のひとつと言えるだろう。
 主人公・デンジの置かれた不遇さやアキ、パワーらに終盤訪れる無慈悲な展開最終戦の落とし所まで、不条理&無慈悲&無遠慮のオンパレード。この容赦のなさが「チェンソーマン」の大きな魅力であり、カルト的人気を博していることも容易に頷ける。
 現代漫画シーンに置いて、最も先鋭的で、最も独創的で、最も芸術的で、最も最も面白い。「チェンソーマン」の今後の更なる飛躍に、期待をしない方が無理というものだ。

あらすじ

「悪魔」が蔓延る世界。主人公・デンジは死別した父の借金を返すべく「チェンソーの悪魔」ポチタとともにヤクザが斡旋する「デビルハンター」として生計を立てていた。ある日、借金取りのヤクザに騙され、「ゾンビの悪魔」に殺されたデンジとポチタは、血の契約を交わし、融合して蘇生。生き返ったデンジは「チェンソーの悪魔」に変身する力を得て、ゾンビを殲滅。駆けつけた公安のデビルハンター・マキマに見染められ、公安対魔特異課所属のデビルハンターとなる。
 かくして借金がチャラとなり、晴れて職も見つかったデンジは、上司のマキマや先輩のアキ、魔人のパワーらと共に「銃の悪魔」討伐を目指して、銃の悪魔所縁の悪魔を討伐してゆくこととなる。

 本作品について、物語ジャンキーの私による「オススメ・ジャンクポイント」を列挙していきたい。

【ジャンクポイント①】

独創性が高く外連味溢れる画面作り! キャラクタデザインも秀逸だ。

 藤本タツキ先生の絵は、独創性が高い。線が多くざっくりとしていて細かく観察すると粗いタッチで描かれている部分も多い。しかし、それが雑味・外連味としてキチッと機能している。
 個人的にはアメコミの雰囲気が漂い、世界に通用する空気感すら纏っていると感じる。王道少年誌ジャンプにありながら異端、どこかサブカル的な香りを孕む漫画であることが明確に伺える。

 画力は当初、特別に高いわけではなかったが(しかし作品の中でグングン進化している)、デッサン力がしっかりしていることと、描く対象物のコンセプトが明快なため、漫画としての画面作りが非常に巧みだと感じられる。
 人物はややあっさりめに描く反面、背景は非常に緻密に丁寧に描かれており、世界観が伝わりやすいことも魅力的だ。

 コマ割りにも独自のセンスが光っており、枠外も含めて漫画表現に落とし込むなど発想力にも秀でている色彩感覚にも優れ、芸術的なカラーイラストの数々や、デザインセンスの高さも素晴らしい。それらを活かしたコミックスの表紙がひと目につきやすいことも長所のひとつと言えるだろう。

 キャラクタデザインも秀逸で、象徴的なモチーフを全身に散りばめた「チェンソーの悪魔=チェンソーマン」をはじめ、どの悪魔も個性的な見た目をしていて面白い。デザイン能力の高さが窺え、わかりやすさの中に尖った感性をねじ込むことで唯一性を創出しているわけだ。

 中でも一風変わっているのは「未来の悪魔」だ。世界樹のような見た目をしており万能性を感じさせ、「未来最高」「未来最高」と言いながら現れる。如何にも不可思議で超越的な存在といった感じで、グッと興味をそそられる。
 それから、作中最強の悪魔の一角「闇の悪魔」はダリの描いたシュールレアリスム絵画のよう。世界観も含めて、常人には理解し得ない先鋭的過ぎるデザインだ。あまりにも強く、登場した瞬間に場にいるすべての人間・悪魔の両腕が一瞬でもぎ取られるシーンは衝撃的だ。こんなにあっさりと主要人物らが部位欠損するとは思わなかった。イカれているぜ……!

【ジャンクポイント②】

尖り切ったキャラクタの数々! 「強い」個性が爆発する!

 本作の登場人物には、力強いキャラクタが多い。

 主人公のデンジは貧乏性が染み付いてしまっており場合によっちゃゲロでも飲み干す非常識人間モラルは低めだが、(主に女性に対する)優しさは持ち合わせており、正義感も強い主人公然とした人物造形だ。相方のアキは比較的
常識人だが、後述するパワーとの関係性もあって主人公チーム三名(非常識2・常識1)のバランスが取れている。

 公安の上司・マキマは優しさを見せることもあるが支配的で独善的、同僚の「血の魔人」パワー我が儘で息を吐くように嘘を吐き、主人公に近づく謎の女・レゼ蠱惑的で、クァンシ女を何人もはべらせている変態だ。公安の良心・姫野は割合と常識的なキャラクタだったが早めに死に、公安唯一の気弱な女・コベニは戦闘になるとバーサーカーのように活動的になる。
 個人的にはレゼやコベニといった一見普通で気弱そうなキャラクタが好みだが、気が強いキャラクタも総じて魅力的で人間的だ。

 このように、本作に登場する人物はほぼすべて何らかの方向に突出しており、キャラクタとしての強度が非常に高い。
 デザイン面は前項で語ったために割愛するが、ビジュアル/性格/役割三位一体となって非常に高次元で融和している。漫画ならではの「強すぎる」個性は当然、読むものの心を惹きつけてやまない。

【ジャンクポイント③】

作品の根底に流れる「宗教観」! 「信仰心」が「信仰」を産み出す!

 藤本タツキ先生の作品の根底には強い「宗教観」が存在している。前作『ファイヤパンチ』宗教がテーマと言ってもよく、インパクト抜群だったが本作でもその「宗教観」は健在。
 まず、テーマとしている「悪魔」の存在がそもそも宗教的。「地獄の悪魔」「天使の悪魔」などあからさまな悪魔も存在する。悪魔はこの世で死ぬと地獄にて同じ名前を持って蘇り、恐怖と共にこの世にて復活する。これらは輪廻転生をモチーフとしていることが明白で、死してもその魂が巡り巡っていずれ復活するという点も筆者の死生観を表現している。
 後半、チェンソーマンが関わることによりその輪廻の輪が断ち切られるといった描写が登場する。仔細は省くが、作中の根幹に関わる非常に重要なシーンだ。
 さらに、劇中のクライマックスに登場する「支配の悪魔」ヨハネ黙示録に出て来る四騎士(支配・戦争・飢餓・死)をモチーフとしており、第二部に「戦争の悪魔」が登場したことも相まって重要度が一層高まっている。

 また、作品の後半でチェンソーマンの活躍が報道されて、悪魔を次々と倒すチェンソーマンの姿がTVに映されるとひとびとは熱狂。チェンソーマンはまるで神様のように崇め奉られ、ひとびとの信仰を一身に集めてゆく
 悪魔による被害は通常報道されないようなので、チェンソーマンが戦闘の最中一般人を見捨てようが、たまたま巻き込んで殺してしまおうが、報道では「チェンソーマンが悪魔を倒した」という部分だけが放映される。こうした違和感は第二部でも引き続き出て来ているが(セーブ・ザ・キャットの法則/トロッコ問題)、このような極端な現象を描写することによって「信仰」を表現していることは興味深い。

 これら、筆者の強過ぎるこだわりが功を奏したのか、最近では藤本タツキ先生自身に熱狂的なファン・信者がついていて、どこかカルトめいた空気感を創出しているようにも感じられる。筆者の描く読み切りが次々とヒットするような状況で、まさに時代を象徴する漫画家となった。
 漫画表現における「信仰心」が現実世界における「信仰」を産み出してゆくという好循環で、筆者および本作のますますの盛り上がりを想起させている。

【ジャンクポイント④】

物語ジャンキーならではの引き出しの多さ! オマージュや遊び心が詰まっている!

 チェンソーマンには多くのオマージュが登場する。これは前作『ファイヤパンチ』や読み切り『ルックバック』『さよなら、絵梨』なども同様だが、筆者の映画/漫画好き(=物語ジャンキー)から来るものであろう。

「チェンソーの悪魔」は映画『悪魔のいけにえ』『死霊のはらわた』をはじめとした多くのホラー映画で「チェンソー=恐怖の象徴」として描かれているところからの発想だ。
「刀の悪魔」は映画『ヘルボーイ』、8階から出られない現象はアニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』の「エンドレス・エイト」、マキマによる儀式は映画『コクソン』、「チェンソーの悪魔」+「サメの悪魔」vs「台風の悪魔」は映画『シャークネード』をモチーフとして描かれている。
 また、漫画家の弐瓶勉伊藤潤二五十嵐大介ら(敬称略)が描いたキャラクタ/ストーリーを複数回オマージュしており、筆者自身もツイートや巻末コメントなどで明示しているのは有名だ。

 これら、紹介した例はあくまで一部に過ぎず、1シーン1シーンにおいては恐らく枚挙に遑がない。こうした様々な映画/漫画からのオマージュが作品世界に遊び心をもたらし、彩りを添え、肉厚に魅せていることは間違いないところだろう。
 引き出しの多さに思わず圧倒されるが、物語ジャンキー=摂取した物語の多さ=出力の多彩さ、と考えると腑に落ちる。筆者は恐らく、物語作品が好き過ぎるし、物語を摂取すれば自分自身でも物語を産み落とさずにはいられない。そんな、神産みにも似た性分が筆者の創作の源泉のひとつではないかと推察する。

 以上、今回もまだまだ喋り足りないところだが、ここで「チェンソーマン」「オススメ・ジャンクポイント」を終わりとしたい。 未読の方、読み返したいと思った方はぜひ手に取って欲しい。

【今回ご紹介した作品】

「チェンソーマン」

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