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『母を亡くして』…父といけばな

#創作大賞2024 #エッセイ部門


会社員生活を終えるとすぐ家庭菜園をはじめた父。
もう20年も続いている。
「野菜が俺を呼ぶんだよ。手招きするんだ。だから会いに行かないと」
毎日、畑に通う姿は本物の農家さんだ。

一方、食べられない植物には驚くほど冷たい。
庭の柏葉あじさいや、つつじがどんどん枝葉を伸ばすと
「育ちすぎて鬱陶しい、抜いてしまおうか」と脅す。

   *   *   *

 そんな父が、
否応なく切り花と向き合うことになった。
2023年7月9日に亡くなった母に供える花。
仏壇の花活け一対、
四十九日までは仏壇の隣に祭壇があり、
30センチほどの高さのクリスタルの花瓶が2つ。
合わせて4カ所を毎日、面倒みた。

 当時、父は切り花について興味なさそうで、
一緒に花屋さんに出かけても車から降りなかった。
そのうち、花屋さんの店内についてくるようになり、
「カーネーションが入っているから、こっちのほうがいい」とか
「仏壇だからって左右の花材を揃えなくてもいいんでしょ?
違う花のほうが楽しいよ」
と、彼なりの主張をしてきた。

スプレー咲きの小菊は蕾が固すぎると開かない、
毎朝、花瓶の水を取り替えるときは切口を少しずつはさみで落とす、
その際、輪ゴムで茎を束ねておくと、活け直しが面倒にならない。
そんなことを経験から習得していった。


母が亡くなったのは真夏だったので、花は3日も持たなかった。
秋、冬、春…と四季を経験した父は、いまや花選びもお手のもの。
数種類が混ぜられた仏花を買うにあたり、
「380円より500円のほうが長持ちするので、結果的にお得だ」
ということまでわかってきた。

 *   *   *

 今日、私は日帰りで実家に戻った。
庭の柏葉あじさいは母が毎年、咲くのを楽しみにしていた植物の一つ。
今年は2週間前から、父とLINEであじさいの見ごろを尋ね、
切り花として私の自宅に飾るため、
取りに行くタイミングをうかがっていた。

最寄り駅まで車で迎えに来てくれた父。
「たまには庭の花を仏壇に活けるのはどう?」という私に、
「庭の花は供花には向かないよ」。

実家に入ると、仏壇以外にも花を活けている場所があった。

リビングルームの本棚の一角、
もともとは私が、仏壇の供花のおさがりを捨てられず、
活け始めた場所なのだが、
いつの間にか父も同じように、仏壇のおさがりを活けていた。
(まだ咲いてる、捨てるのは忍びないと思ったのかな)

 父と、いけばなの話ができる日が来るなんて、
思いもしなかったな。

(了)






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