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散文「大葉」 2023-10-06

料理は好きだけど、手の込んだ料理はつくれない。
といっても、ローストビーフとか、チャーシューとか、そういう、一品に手をかけるタイプの料理は、普段の自炊ではなかなか手が出なくても、ダラダラ料理をしたい日には、やったりする。
なのでまあ、厳密には、手の込んだ料理がつくれないわけではないのだけれど、とにかく苦手なのは、手間はかかるのに一品でオッケーにはなってくれない料理。これは本当に大変。

煮物、きんぴらごぼう、ひじきのなにか、とか。和食がメインになってしまうけど、いわゆる副菜というやつなのかな。なんというか、それだけ作ればおかずはオーケー、みたいな風にならないものは、どうしても作れない。
自炊は、当然、自分のためだけの自炊なので、バランスとか、彩りとか、そういうものとは無縁になってしまう。ご飯、おかず、以上。みたいな料理。ここにスープ類もあれば、もう完璧に思える。それくらいのレベル。

こんなレベルなので、縁がないのが薬味。
みょうが、大葉、ネギ、あとなんだろう。もう、薬味の記憶が薄れかけているほど、やっぱり思い出せない。元々はそこまで好きじゃなかったのもあるけれど、薬味との距離がある。人生と薬味の距離。

とはいえ、大葉が好きだった。そのことをふと思い出し、スーパーで68円で売っている、輪ゴムに結ばれた大葉を恐る恐る一つ手に取る。

「袋に入れてお持ち下さい」

と書いてある。そりゃあそうだ。僕のどこに、この、そのままの大葉をかごに放り込むような勇気があるのだろう。そんな勇気があるわけない。
でも近くに袋がない。え? と思う。
困り果て、野菜コーナーをウロウロして、やっとのことで、じゃがいもの場所の下にビニール袋があることを発見する。それに大葉を入れる。
じゃがいもの袋に入れられる大葉は可哀想だけれど、背に腹は代えられない。なんていったって、カゴにそのままの大葉を放り込めるようなストロングな人間ではないのだ。

家に帰って、そばを茹でる。季節は急に秋だけれど、冷たいほうが好きなので、そのまま冷たいそばを食べる。そこに大葉を入れる。

葉っぱは重ねて、くるくると丸くする。どこで習ったわけでもないけれど、そうやって切るものだとなぜか記憶している。そのまま細かく縦に切っていく。まな板から大葉のいい香りがする。久々の香りだった。

冷たいそばは美味しくて、大葉はもっと美味しかった。
嬉しかったので、残った大葉で明日は、豚バラに大葉とチーズを挟んだやつをつくろうと思う。
きっと美味しいと思う。なぜか自信がある。いいことだと思う。

9月は随分とのんびりしていて、だけど、10月に入って、パタパタとありがたいことに仕事が入ってきた。フリーランスなので、まあ、あれやこれやで、もうふらふらで、気が滅入ることも多いけれど、それでも、自分がやってみたいと思えた仕事にチャレンジして、それでなんとか食べているのは、それだけでしあわせなことだと思う。なんで大葉のことを書いたのかはいまでもわからないけれど、でもなんか、忙しいときほど、大葉のことを考えるのは大事な気がする。

それでは、また。

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