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"君のいるシュプレーパークへ" ―ショートストーリー

「ハイ、マイク。ミカが来てるわよ」

「ああ、いや・・・」

「?はい、いつものでいい?」

行きつけのカフェテリアのカウンターで、キャシーが笑顔でコーヒーとサンドイッチを渡してくれる。

一瞬出ようかと迷ったが、結局僕は金を払って、ミカとは離れた席に向かう。

そばを通り過ぎるとき、ミカと目線だけで挨拶を交わす。

曖昧な苦笑の滲む顔。

それでも、緩く波打つ金髪、意志の強さを窺わせる濃い眉と、どこか爬虫類を思わせる目つきがどうしようもなくミカで、抗い難く惹きつけられる。

僕はそばに寄りたい気持ちを我慢し、何気ないフリをして席につく。


ここのカフェテリアにはミカも来ることがあるのは分かっていた。

だが、それを理由にまったく行かないというのも情けない気がしたのだ。実際、同じ町に住んでいれば、たまには顔を合わせることになる。

気にすまいと考えるのとは裏腹に、どうしても意識がミカのいる方に向かってしまう。

ちっとも味のしない朝食を食べていると、ミカが立ち上がった気配を感じた。

ついそちらを見てしまい、しまったと思って硬直していると、ミカは気軽な風に手を挙げて、出て行ってしまった。

ミカの方が余程吹っ切れているんじゃないか。

僕は静かにショックを受けていた。

ミカが自分と同じくらい、いやそれ以上に落ち込んでいると勘違いしていたのだ。

もういい歳だというのに、自分のバカさ加減に嫌気がさす。


ミカエルとは、先月別れたばかりだった。

いろんなゴタゴタがあって、疲れてしまったんだ二人とも。

ここのところ、僕たちのコントロールの及ばない事が次々発生し、お互いイライラして、相手にそれをぶつけていた。

それがまた引き金となってーーー。

複雑に絡み合ってどうしようもなくなっていたんだ。

一旦距離を置く必要があった。

必ずしも別れる必要はなかったかもしれない。

だが、僕より八歳も若いミカを自分の元に引き留めておくことに躊躇した。

八歳年の差があることにどれだけの意味があるのかって、ミカはよく笑っていたけれど。

でもやはり、ミカの人生でも良い時期の貴重な時間を、自分のために無暗に浪費させることはできない。

いや、そういうことをやる輩がいくらでもいるのは知っている。

クリスやジェイミーなんていい例だ。あいつらも、友人としてはいい奴らなのだがーーー。


ミカはボーイフレンドのジョシュアとヨリを戻すかもしれない。彼なら年も近く、僕から見ても似合いの相手だ。

それとも、今日にも知らない誰かに口説かれて、急速に深い中まで発展するかもしれない―――。

―――あるいは、男なんていなくても、日々充実した時を過ごすだろう。ミカなら。

そういうところに惹かれた。僕たちはずっとうまくやってきたはずだった―――。


結局ミカのことばかり考えてしまう。

このところ、仕事の依頼がめっきり減って、暇を持て余しているのがいけない。来週にもまたエージェントに声を掛けてみよう。

午後は溜まった雑用を片付けたり、荷物を取りに行ったりなんかしてやり過ごす。

テレビのニュースキャスターは、中国で流行っているという伝染病について伝えている。

僕は近くのピザスタンドでピザとビールを買ってきて、テレビでやっていた古い映画を見ながら夕食をとった。

なんだか疲れていて、風呂に入った後は早々に床に就くことにした。


気付くと僕は、ミカとうちにいた。

いつものように、ソファで過ごす時間。

ミカは読書家で、いつも本を読んでいる。

僕は注意を向けてもらえないのが面白くなく、気を引こうと邪魔をする。

髪やこめかみにキスをしたり、体を撫でたりーーー。

「困ったべーべちゃん」

僕は最後には、こちらを振り向かせることに成功する。



また気付くと、今度は病院にいた。

苦しそうに息をするミカ。

医者は険しい顔をしている。

ああどうして、よりによってミカがこの病気に罹ってしまったのだろう。

他の誰が罹ろうとと、僕が罹ろうと構わない。

ミカさえ無事でいてくれたなら。

僕にもっと出来ることがあったのではないか。

何故もっと早く手を尽くさなかったのだろう―――。




はっとすると、辺りは明るくなっていた。

全身に嫌な汗をかいていた。

僕は、眠っていたのか。

だが今しがたの光景が、はっきりと手触りをもって目に浮かんでくる。どこまでが夢で、どこまでが―――。

ああ、僕はどうしてミカを手放したりしたのだろう。

ミカを失うというのがどういうことなのか、僕はやっと現実のものとして感じることができた。

ミカを解放すると言いながら僕は、ミカが自分から望んで自分の元に帰ってくるのをどこかで期待していたのだ。

このままでは取り返しのつかないことになる。

いてもたってもいられなくなり、僕は着替えて家を飛び出した。

日曜日のこの時間、ミカは朝の公園で過ごしているはずだ。

年がいもなく走り出していた。すれ違う人たちが何事かとこっちを見ているのが分かったけれど、構っていられない。

こうしている間にも手遅れになってしまったら―――。

やっとシュプレーパークのゲートに着く。

噴水を横切り、カーブした坂道を上がる。視界が開けた広場の先、いつもの石段の上ーーー

彼方に、ミカエルはいる。

息を切らしながら向かう。

普段の運動不足を後悔する。

今の自分はなんと不格好に見えることだろう。

ミカがこちらに気付いたようだ。驚いた顔でこっちを見ている。

ミカに何と言われるか怖い。

それでも、このまま伝えずにはいられない。

僕はミカのそばに駆け寄っていった。

息をつきながら、

「君と離れようなんて、僕にはとても無理だったんだ。

君がどんなに美しく、賢く、綺麗な心を持っているか。

君のような人はどこにもいない。

君をどんなに愛しているか、やっと分かったんだ。

僕は君と離れて生きていくなんてーーー」

思いの溢れるまま捲し立てていると、ミカは立ち上がって、がばりと僕を抱いた。

と思ったら、僕はそのまま宙に抱え上げられていた。そしてミカはぎゅっと自分の胸の中に僕を抱きしめる。

「君と離れていられないのは僕も同じだ、マイク。

僕にとっても、君に代わる人なんていない。

愛しい人。ここに戻ってきてくれてありがとう」

僕は抱え上げられて慌てながらも、激しい幸福に襲われ、笑いながら涙し、訳がわからなくなりながらも、彼の口付けを受け止めていた。




―Fin.―



※シュプレーパークは閉園したドイツの遊園地の名前ですが、ここでは架空の公園としました。

読んでくださってありがとうございます!