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日記:ヘクトパスカル

今週は最悪な週だった。
あまりメタ的なことは言いたくないけど、それは3日前に書いた「良い子」という記事にもはっきりと現れている。他人から見たら些細なことだとしても、それをどう受け止めるかは自分次第だし、気分次第である。しばらく、と言っても2、3ヶ月ぐらいだと思うけど、自分の最たるコンプレックスを何とか誤魔化しながら生きていたのに、3日前にその影がまた思いっきりのしかかってきた。コミュニケーションの欠如。欠陥。

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最近はあまり身内の人間と会わなくていいと思える時間が続いている。それは、数週間前からのことなので、今回の出来事がきっかけになったわけではないのだけど。まぁ少しばかりの増強剤にはなっているのかもしれない。「会わなくていい = 会いたくない」というわけではないけど、自分から誰かを誘ってまで会う気力がないというニュアンス。誘われたらそれに応じる程度。でも、これって悪い意味だけじゃなくて、自分1人で過ごす時間に充実さが出てきたとも言えるのだと思う。前々から言っている通り、今はとにかく読書欲が凄いし、サッカーも面白い試合がたくさんある。そういった「自分がしたいと思えるもの」が少しだけあるから、人に会わなくてもあんまり寂しくならない。だからといって、読みたい本が手元にない時とか、サッカーの試合がないときは絶望的に虚しくなるんだけど。虚しくなるのと寂しくなるのは違う。強がりかもしれないけど。

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ということで、昨日は本屋に行ってきた。東海地区最大の本屋『丸善 名古屋本店』に足を運ぶのは初めてだった。人が多いところは嫌いだから、自然と歩く速さも歩くなるし、イヤホンの音も大きくなる。けれども、本屋に入ると、まるで真逆。歩く速さもゆっくりになるし、イヤホンを外しても他人の声を含んだ騒音なんてまるで聞こえない。例え人が多かったとしても、「きっとこの人たちは自分と同じ人種なんだろうな」となんとなく安堵できる。本屋には2時間近くいたのだけれども、お尻の下の筋肉、足の付け根あたりの筋肉がもう少し発達していれば、もう数時間はいられたんだろうな。やっぱり身体を鍛えないとな。読書のために身体を鍛えるって面白いね。

2階から1階に降りたとき、丁度入り口の自動ドアから人が入ったタイミングで外の冷気が、ふわぁ〜と入ってきて、めちゃくちゃ気持ちが良かった。雨は好きじゃないときの方が多いけど、昨日の雨は本当に気持ちよかった。降り方も軽やかで上品。水溜りに浮かぶ波紋も控え目。傘から聞こえる雨音もリズムがとても心地よい。

本屋を出て、駅に向かうまでの間、こんなことを考えていた。

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そして、ここからまた最悪な時間が始まる。
相変わらず、朝ごはんも昼ごはんも何も食べずに夕方まで過ごしていたから、さすがにお腹が空いてきた。ということで、久しぶりにサイゼリヤ に行った。変な話、お腹は空いていたけど、食欲があったわけでもなかったので、1品頼めば十分だったはずなのに、気づいたら2品頼んでいた。空腹に騙された。そして、頼んだ後に気づいた。

あれ、頭が痛い...。

この時は確信ではなく疑惑ばかりの痛み。まぁ、空腹ってのもあるし、何か食べたら治るでしょ。そんな感じで食べ始めたら、最後の残り5口ぐらいで、少しばかりの気持ち悪さが体全体に過った。あぁ、なんかやっぱりキツいわ...。帰ったら速攻で寝よう。そう思いながら、残すのは勿体ないと何とか完食した。

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家に着いて、薬を飲んで、速攻でベッドに潜る。この段階では、「頭いてぇ」ってレベルになっていた。とはいえ、偏頭痛持ちなのは前から分かっていたことで、頭が痛くなることもよくあるので、そんなに深刻に捉えずに眠りについた。

そして目が覚めたのは、2、3時間後。
全く治っていなかった。それどころか、痛みは一層強まっていた。
頭痛持ちの人には分かると思うけど、目が開けられないような痛み。頭を何処かに思いっきり打つけたくなるような衝動が襲ってきた。なんとかベッドから起き上がって、カラカラに乾いた口に水を流し込んだけれど、それもすぐに乾いてしまった。もうどうしようもできない。寝るのが一番いいけれども、ガンガンと右側頭部に響く痛みとそれに付随する吐き気が眠気を邪魔して眠れない。その状況がまた2、3時間続いた。本当に地獄だった。

頭が痛くなるようなことは月に何度かあるのだが、昨日ほどの痛みは年に3、4回あるぐらいのもの。最悪な時間だった。

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この最悪な時間、色々なことが頭に浮かんだ。大抵の時間は「もう頭をカチ割りたい」と「あ、ダメだわ、もう吐くわ」ということしか考えられなかったけど、なんとか気分を紛らわそうと何の脈略もないことを考えた。例えば、サッカーの戦術のこととか、本屋で買った本のこととか。けれども、そういう楽しいことは一瞬で頭の中から消えて、数時間前に食べたサイゼリヤ の味に頭の中が支配された。そして、また吐き気が強くなって、胃液が喉元まで込み上げてきて。少し治ったと思ったら、今度は頭がおかしくなって、挙げ句の果てには、会ったこともない何処かのおっさんが不敵な笑みを浮かべる映像が浮かんだり、嘔吐って漢字に口が5つもあることがとても恐ろしく思えて。そしたら、何の意味もない数字がフラッシュ暗算の如く現れては消えて、現れては消えて...。

※サイゼリヤ さん、ごめんなさい。言うまでもなく、あなたのせいではございません。いや、正直に言うと、一瞬食中毒らしきことを疑いましたが。きっと気圧のせいです。雨のせいです。あの冷気は見せかけの優しさです。人間でいうところの偽善ってやつです。どうか、これからも全国の1人暮らしの味方でいてください。

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朝、目覚めたら、痛みや気持ち悪さの余韻が少し残ってはいたものの、だいぶ回復していた。申し訳ないことに、今日遊ぶ約束をしていた友達(前、サッカーゲームをやった友達)には断った。自分のことを遊びに誘ってくれる数少ない友達だけに、断るのは嫌だったけど。正直に話すと、上に書いた通り、今は1人でいたいっていう気持ちも心の何処かにあったのかもしれない。認知が歪んでいるせいか、今は自分は1人でいるべきだとすら思う。話すのが下手。面白い話ができない。上手く笑えない。そんな自分を見られるのが嫌なんだと思う。きっと、会ってみたら全然そんなことなくて、また前みたいに爆笑したりしているんだろうけど。今はちょっと、怖いんだよね。でも、次は絶対俺から誘うから。待っててね。

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そんなこんなで、明日からまた仕事が始まる。億劫。嫌でも他人に顔を合わせなければいけない。逃げたくても逃げれない。だって、別にその他人に非はないわけだし。そういう些細なことにいちいち傷つく繊細さと、その傷を誤魔化せるほどのある種の器用さを自分が勝手に持っているだけ。捨てたら楽になれるのかな。まぁ心を捨てることなんてできないのでしょうけれど。


今みたいに誰にも会いたくない、友達や家族、好きな人とでさえ会わなくてもいいなって思える時間か、1人がとても寂しくて孤独感満載で友達や家族と会いたくてしょうがない時間。

どっちが幸せなんでしょうね。






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