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早朝のギフト

閉じられた日々の中で
日常は静かに循環していた。

外から人が来なくなったとて
人々が一時この街を忘れ去ったとて
我々の日々は進んでいく。

密集していた人や車の数が減り、
以前より静かな日々にはなったけれども…

2020年は確かに例年と違うことも多かった。
毎年人でごった返す、桜が満開の川辺は
細々と花見客が歩いているだけだったし、
真夏の日差しが降り注ぐ、早朝の大通りも
往来がまばらで空いていた。

大それたことはできなくとも、月日は流れていく。
我々は、お互いの迷惑にならない程度に
慎ましやかに暮らしていくことを学んでいった。

その日の朝、
Tinaと大通りの角のコーヒースタンドで待ち合わせ
朝の一杯を共にしながら、一日をスタートさせた。

騒がしくてやかましい、交差点のそばに位置するその店は
路面に対してオープンに開かれ、
コンクリートとウッドの内装でしゃれていた。
普段ならきっと、バスを降りた人々、
自転車で通りがかる人などが、うわさを聞きつけた観光客などが
ひっきりなしにやってくるのだろう。

細長い店内の、L字のカウンターで
それぞれアイスラテを注文し、
奥へ移動した。

椅子はなく、我々は立ったまま
店員が一杯ずつ丁寧に準備するのを眺めつつ
さっそくあれやこれやを話はじめた。

真夏の太陽はすでに高くなっていたが、
日曜の早朝は、店も通りも空いていた。
ここはTinaのなじみの店らしく、
時折、店員もおしゃべりに加わった。

その後我々は自転車で南へ下って、市の中心地へ向かう予定だったが、
どうせなら水路沿いの小道を下っていこうということになった。

我々が位置していたのは、市街の北東端の大通りで、
東側には山の連なりがすぐそこまで迫っていて、
水路は街を取り囲む東の山並みに沿って、南へと続いている。

水路脇には、山を裏庭に静かな暮らしを営む住宅や
こじんまりした店、ギャラリーなどが連なっている。
南北の古刹をつなぐ巡礼路でもあり、ふだんから混み合っているが
桜や紅葉の頃になると、それはもうすごい人出になる。

そんな休みしらずの通も
この時ばかりは空いていた。

自転車で縦一列になって
細い砂利道をガタガタいわせながら進んでいくと
すれ違うのは
小型犬を散歩させる人
せっせとランニングする人
玄関先で水を撒いている人、くらい。

外から人が来なくなって、
こんな暑い盛りに出歩く近所の人もそう多くはない。
ほとんど我がもののようになった道に
青く茂った葉影が落とされ、
下りの風が心地よかった。

辺りはとても静かで、
それはこの世界がとても平和だというように感じ
まるで早朝のギフトでも受け取ったように
我々は水際をスイスイと進んでいった。

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