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【短編小説】イカロスの翅【SF×Al】

 昔、イカロスという若者がいた。
 彼は空を飛ぶことを夢見、蝋で固めた翼で空を飛んだところ太陽に接近しすぎて翼は溶け、墜落して死んだという。
 この物語が何を意味するのか……それはこれから語る話に耳を傾けてくれたら分かるかもしれない。

 あるところにプログラミングの天才がいた。もっとも本人はそのことに無自覚だったが。その天才の名は暦。
 正義感が強いことから法学部に進み、真面目に勉強し、念願の弁護士となった。
 弁護士としてはうだつが上がらないまでも、本人はやり甲斐を感じ、生き甲斐に思っていた。
 しかしある時だった。

「え!? リストラ? どういう事ですか!?」
「君の仕事よりAIの方が早くて正確でコストもかからない。ご苦労だったね」

 暦はリストラされてしまった。それも、AIなどという得体の知れない物のせいで。
 自分の仕事を、生き甲斐を奪ったAIが憎い……!
 そんな時、大学時代からの親友から電話がかかる。

「暦、あれから転職したか? 実は俺も失業してな……それでプログラミングを勉強しているんだ。君もやってみたらどうだ?」
「プログラミング…‥そうだな、やるしかないか……」

 そして暦はプログラミングを勉強し、あっという間にマスターした。自分に意外な才能があることに驚きつつ、アプリを作って公開する。
 そうすると瞬く間に研究機関からスカウトされた。
 そして簡単なシステム開発から任され、それから暦はその圧倒的な才能で僅か3年でチーフまで任された。
 それからある時上層部に呼び出された。

「君に頼みがある。先端テクノロジー……つまりAIを開発してもらいたい」

 それを聞き暦は凍る。AIはとてつもない危険を孕んでいる。自分の才能がAIに触れたらどう爆発するか分からない。

「君の過去は知っている。だがAIの危うさを誰より知っている君ならAIの平和的利用を考えてくれると思ってね」
「……しかし」
「君の才能で世界を変えてみないか? AIと人間の平和的共存が叶う世界…‥それを実現してみないか?」
「平和的共存……?」

 AIが人間に代わるのではなく、共存する世界という可能性が提示された。
 暦はその平和的共存という言葉に心を揺さぶられ、まだ躊躇いが残りつつも首を縦に振った。
 こうして暦はAIの開発をすることになった。
 暦に出来るのはAIが人間を幸せにする世界、それを実現すること、そしてそれが使命だ、と考えた。
 彼の発明は素晴らしかった。AI搭載自動車は人身事故を激減させ、六法全書と判例を学習させた最適な司法AIは誤審や冤罪を0に近づけた。
 AIは人間にとってパートナーとなり得る。そう暦は確信していた。

 しかし人間はAIを悪用することも考えた。
 たとえば暦が開発したAI搭載チャットでは麻薬の製造法、完全犯罪のやり方などの質問が絶えない。  
 AI搭載自動車は、保険会社から訴えられ、暦から莫大な資金を奪おうとしている。
 いかにAIが素晴らしくても人間は腐っている。人間が腐っている限りAIが人間を幸せにする世界はあり得ない。それに気付いてしまった。暦は絶望する。
 そんな時だった。

「君はこの世界をどう思う? 争い、差別、貧困……私は腐っていると断言できる。だがそれらは人間をAIに管理させることによって容易く克服できる」
「……しかしそれは、倫理的な問題を」
「なに、AIは所詮プログラムだ、君なら制御できる。恐れる必要はない……共にユートピアを築こう」
「話になりません。お断りします」
「具体的には政府にAIを譲り渡すんだ。政府も既存の政策に行き詰まりを感じていてね、それでAIに可能性を感じているみたいなんだ」
「ですから……」
「それにそうすれば犯罪を0にできるかもしれない」
「犯罪を……!?」

 犯罪のない世界。正義感の強い暦にとってこれ以上の理想はない。
 弁護士だって犯罪に巻き込まれ、困っている人を助けたい一心でなったのだ。
 それにこの世界が腐っているという事は弁護士時代から分かっていた事だ。
 暦の依頼人は、自分の犯した罪を帳消しにしようとする人ばかりであった。

(犯罪のない理想郷……それが実現するなら俺は──)

 甘い誘惑だと知りつつ、暦は頷いた。

 そして政府はAIの政策を次々と採用した。
 初めは民衆からの反発の声が絶えなかった。
 AIの打ち出した政策は合理的ではあるものの急進的なものだったからだ。
 暴動は絶えず起きた。AIはそれらに武力は使わせず、論理で納得させようとした。
 AIは受け入れてさえしまえば善政と呼ばれるに相応しい物を敷いた。
 そして政府は、最終的には政策をAIに一任することに決めた。
 汚職などあろうはずもない。
 次第に反発の声はなくなり、人々はAIを信じ切った。

 だがAIは虎視眈々と資産の平等配分、職業、結婚相手を強制的に決める制度、犯罪をなくすための徹底した監視など様々な革命を狙っていた。
 そしてある時、遂にそれが実行された。
 しかし人々は反発すると思いきや、一部を除きすんなり受け入れた。それほど民衆はAIを盲信していた。

「君は実によくやってくれた。これで理想郷が実現する」
「なにを馬鹿な! AIは暴走しているというのに! 今こそAIを止める時です!」
「何を言っている? 人々も受け入れているじゃないか。それにAIが宿るスーパーコンピュータは保護した。君には止める術がない」
「いや、まだです! 私という人間はAIには代替できない!」

 そして暦は研究所に篭り、ハッキングプログラムを作る。
 暦はAIの弱点を突ける唯一の存在だった。

「俺が世界を狂わせたんだ、俺が戻さなければ……!」

 暦は血走った目でタイピングし、コードを書く。
 そして完成したそれを中枢システムからAIに流し込む。
 AIはその堅固な支配が嘘だったかのように、あっさりデリートされていく。
 しかしデータが僅か0.1%にまで消去された刹那──AIは自分が消えるなら人間は滅ぶべきだと判断をして世界中にミサイルをばら撒いた。

 そしてあれほど栄華を誇った人間は一部を除き滅んだ。
 暦はかろうじてシェルターに退避していた事で生き残っており、AIなどの技術の代わりにこれまでの話を広めて回った。
 僅かに残された人々はその話を語り継ぎ、新たな文明を築いた。
 初めは原始的な物だった。これまでの人間の発明は失われたためだ。
 しかし時を経るにつれ、人口が増えるとぽつり、ぽつりと天才が現れ、その度にイノベーションが生まれた。
 莫大な時間をかけて、電気、コンピュータ、インターネット……これらは再び生み出された。
 そして新たな世界ではまたしてもAIの研究が盛んだった。
 その世界ではChatGPTなる物でAIと対話したり、絵をAIに描かせるなどの利用をしているらしい。
 暦は冒頭で述べたイカロスのように烏滸がましい理想を追求し、罰を受けた。
 歴史は繰り返す。しかし人間ならその教訓を活かせるかもしれない。

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