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人見知りな後輩がかわいい【1:1:0】【ラブコメディ】

『人見知りな後輩がかわいい』
作・monet

所要時間:約20分

■あらすじ■

元バイト先の人見知りな後輩に半年ぶりに呼び出された模様。会話下手同士のラブコメディ。

先輩/♂/フリーター。よくバイトを飛ぶ。
後輩/♀/フリーター。人見知り。

■大衆居酒屋にて■

先輩:なんだ、別れたのか?

後輩:別れました。

先輩:……いつだ?

後輩:三か月前です。

先輩:……ふむ。とりあえず話を聞こうじゃないか。

(一呼吸おいて)

後輩:なんか。向こうから突然ライン来て。よく分かりませんけど、別れたいって言われたので。
   今まで溜めに溜めておいた不満を、すべて文面にのせて送りました。
   それからブロックしました。おしまい。

先輩:バッサリだなー……

後輩:でも私、傷ついてるんです。

先輩:そうだろうな。

後輩:……誰かに話を聞いてもらいたかったんです。

先輩:まあそうじゃなきゃ、どこをほっつき歩いてるかも分からない、バイト先の「元」先輩を呼び出したりしないだろうなあ。

後輩:本当ですよ。どこをほっつき歩いてたんですか。

先輩:……ハハッ……

後輩:人見知りで誰にも悩みを相談できない哀れな後輩をおいて、ああもアッサリと飛ばれてしまっては、連絡するのもはばかられます。

先輩:いやお前、自分から人に連絡なんて一年に一度くらいしかしないだろ。

後輩:はい。そうですが。先輩はよく知ってらっしゃいますね。

先輩:「元」先輩な。

後輩:先輩は先輩です。……その、きちんと辞めずに飛んだので、私の中では先輩のままなんです。

先輩:はいはい。すみませんでした。

(一呼吸おいて)

(二人同時に話を切り出す)

後輩:(同時に)それで……

先輩:(同時に)それで……

後輩:あ、すみません。先輩からどうぞ。

先輩:いやいや、お前からどうぞ。

後輩:いや、ここは先輩から。

先輩:…………。

後輩:…………。

先輩:(同時に)えっと!

後輩:(同時に)えっと!

先輩:あーーー!!もう!!俺から話すぞ?いいか?

後輩:異論はありません。

先輩:あのな?俺は、お前から、半年ぶりに、呼び出された。

後輩:呼び出したのは初めてです。

先輩:相変わらずだな。あー……そのあれだ、呼び出されたのは初めてだが、「会うのは」半年ぶりだ。

後輩:そうですね。

先輩:彼氏と別れた話、したかったんだろ?

後輩:まあ別れたって言っても三か月前ですけど。

先輩:何故もっと早く連絡しない?!

後輩:いや迷惑になったら嫌だなって。

先輩:どうしてそこで遠慮するかなあ……

先輩:お前のことだからあれだ、きっと誰にも話せずに辛かったりしたんじゃないか?

後輩:それなりに辛かったです。

先輩:いい加減友達作れよ……。

後輩:努力はしてます。

先輩:こう、もっと、自分から、積極的に誘ったりをだな……

後輩:だから、努力、しました。

先輩:?…………もしかして、俺のことか!?

後輩:……駄目でしたかね?(かわいく)

先輩:いやその上目遣いはやめろ男心に毒だ……っていうかだな!!

後輩:は、はい?

先輩:もっと気軽に誘ってくれて構わないぞ。俺に関しては。

後輩:先輩に関しては。……何故ですか?

先輩:何故ですか……って、まあそれはあれだ!俺は人見知りであるお前の心を開いた、いわゆる超越者(ちょうえつしゃ)だからな!

後輩:かっこ悪いです。

先輩:そこはちゃんと遠慮してくれ……。

(一呼吸おいて)

先輩:とにかくだ。お前にとって俺は、少なくとも話がしやすい人間のうちの一人なんだろう?

後輩:いえ、呼び出すか否か三か月ほど迷いました。

先輩:迷いすぎな!?普通こう、彼氏と別れたらすぐ誰かに愚痴りたくなるもんだろ!?

後輩:愚痴りたくはなりましたが愚痴れるほどの仲の人間なのかどうか非常に迷いました。

先輩:ああ俺もう自信なくなってきたわ……フレンドリーさだけが取り柄なのに。

後輩:本当にフレンドリーな方は突然バイトを飛んだりしないと思います。超越者ならぬ跳躍者(ちょうやくしゃ)ですね。

先輩:……そこはfly(フライ)じゃなくてjump(ジャンプ)の方なんだな……??

後輩:どっちでもどうでもいいです、この馬鹿者。華麗にジャンプをキメてもどこにも着地できない宙ぶらりんな残念人間のくせに。

先輩:ええーー!?口悪ーー!?

後輩:たいへん失礼しました。

先輩:いやもうこの際だからいいよ。お前が俺に心を開いてくれてる証拠だって受け取っておく。

後輩:いえ、開いていません。

先輩:はあ!?

後輩:私は半端な、「人見知りなんですぅ~!」とか言うコミュニケーションにおける保険をかけておくだけの人見知りとは違いますから。

先輩:はあ、それで。

後輩:そんなに簡単に人間に心は開きません。私の心の壁は分厚いんです。

先輩:……そうですか。

後輩:なんですか?

先輩:素直じゃないなーって。

後輩:は、はあ……

先輩:まあ、そうやって一人で強がって頑張っちゃうところ、俺は嫌いじゃないぞ。

後輩:私は自分が、好きではありません。

先輩:知ってる。

後輩:でも人間とは、仲良くなりたいです。

先輩:まるでお前は人間じゃないみたいな言い方だな……

後輩:え?

先輩:……え?

後輩:…………。

先輩:いやいやそこで黙らないで!?怖い怖い怖いから!!ここに来て実は人外パターンとかどこのラノベだよ!?

後輩:私は、人間ですよ。

先輩:そうであってくれないと困る。

後輩:でも、思うんです。同じ人間なはずなのに、これだけ仲良くできないとなると、いよいよ同じ種族なのかどうか疑わしいなと。

先輩:いや、お前はきちんと人間だよ。こうやって勇気を振り絞って俺を誘ってくれて、居酒屋で対面してお酒を飲んでいる。どっからどう見ても普通の人間だ。

後輩:うっ……。そ、それは悔しいです……!!

先輩:何がだよ。人見知り克服したいんじゃないのか?

後輩:克服というか……その……別に先輩みたいに誰にでも簡単に心開いちゃうような人間にはなりたくないですけど。

先輩:なるほどな。お前には俺が誰にでもホイホイ心を開くような軽ーい人間に見えるわけだ。

後輩:少なくとも、一般的に見てそうだと思いますけど。……違うんですか?

先輩:どうだろうなー。捉え方は人それぞれで難しいと思うけど、俺も一応、人見知りではあるんだぞ?

後輩:で、出たああ!!名ばかり人見知り!!私さっき説明したばっかりなのに!!

先輩:例えばだ。俺がお前にだけ、心を開いていたとする。

後輩:は、はあ!?何言ってるんですか!?

先輩:普段の俺は、お前よりも人見知りで頑なに人間に心を開かないような奴かもしれない。この場合、俺は「人見知り」にカテゴライズされるのか?

後輩:…………。

先輩:どうなんだ?人見知りマスター。

後輩:……先ほどの言葉を訂正しましょう。少なくとも、「私から見て」先輩は人見知りではありません。

先輩:だったら他の人間から見れば人見知りかもしれないってのには同意してくれるんだな?

後輩:そ、そこは……同意しましょう。でも先輩は……

先輩:同じ匂いを感じたんだよ。

後輩:は?

先輩:あ、この子、俺と同じですごい人見知りするタイプだーって思ったから、フレンドリー装って近づいたんだ。

後輩:はああ?!

先輩:そしたら実際もの凄い超ド級の人見知りで、それでも克服しようといつもひたむきに頑張ってて。……ネット上とはいえ、彼氏まで作って。
   ……応援したいなーって。思ったんだよ。

後輩:それ、どんな感情ですか?

先輩:……恋愛感情?

後輩:はああ!?いや、半年ぶりに会ったと思ったらいきなり何を言い出すんですかこの人は!?

先輩:いや、半年ぶりに会ったからこそじゃないか?俺はその、ネットの彼氏との仲、応援したいって思ってたし。三か月前に別れたなんて知らなかったし?

後輩:え、じゃあ半年前、なんでいきなり何の連絡もなくバイト先から飛んだんですか……?
   その、仮に、先輩が言う「恋愛感情」があったなら、何か一言いうべきではないのですか?

先輩:それは普通に、その、あれだ。なんて言って辞めたらいいか分からなかったから何も言わずに飛んだんだ!

後輩:そこでドヤらないでください!かっこ悪いですから!っていうか、そんな理由で、バイト先から飛んだんですか……?

先輩:そんな理由って……言ってくれるなあ!これでも俺はだいぶ悩んだんだぞ?悩んで悩んで悩んだ末になんて言えばいいか分からなかったから飛んだ。

後輩:人見知りのレベル越えてません?え?人間不信なんですか?本当に社会に居て大丈夫ですか?

先輩:そういうお前はどうなんだよ。今はバイト続いてるからいいかもしれないけど、その、辞めたいときが来たら何て言って辞めるんだ?

後輩:辞めません。

先輩:あれっ?意外と熱心なんだな。

後輩:違います。言い間違えました。「辞めません」じゃなくて、「辞めれません」です。

先輩:お、おおぅ……??

後輩:ただでさえ人間と話すの怖いのに、「バイト辞めます」なんて言い出せるわけないじゃないですか!!

先輩:お、おう。

後輩:それに仮に辞めたとしてもです、先輩もフリーターなのでお分かりかと思いますが、次のバイト先を探さなきゃいけないわけです。

先輩:おう。

後輩:普通に考えて、いや、人見知り脳で考えて、しんどすぎません!?バイト辞めますって言った後すぐに、ここで働かせてください!!って言わなきゃいけないんですよ!?

先輩:……たしかに、その通りだ。俺もそう思う。うん!!同じ意見だ!!

後輩:一緒にしないでくださいい!!いくらしんどいからってバイト辞める際に発生する人間との会話イベントをカットしないでくださいいい!!

先輩:辞めるより、始める方が簡単だろう?だからその、そういうことだ!!

後輩:意味が分かってしまう自分がもうしんどいです……。

先輩:じゃあもう俺たちは同志だな。付き合うか。

後輩:……どうしてそうなるんですか?先輩、自分が社会不適合者なの自覚してます?

先輩:でも脳の構造はお前と一緒で「人見知り脳」だ。気が合うと思わないか?

後輩:だから一緒にしないでください!サイテーです!……あれですね、先輩は。

先輩:どれだ?

後輩:同じ人見知りでも、かなりポジティブな部類の人見知り、ですね。いやもう人見知りというか、コミュニケーション障害といったほうが当てはまるのでは?

先輩:コミュ障と人見知り。根本的な意味でいえば違うのかもしれんが、あれだろ?外から見れば、だいたい同じだ。

後輩:くっ……こんなのと一緒にされるだなんて、屈辱……

先輩:というかさっきから話逸らされてばっかりなんだが。どうなんだ?

後輩:いや、どうなんだと言われましてもですね?かなり一方的ですし、……先輩やっぱりコミュニケーションに問題が……

先輩:俺はお前のことが好きだし、付き合いたいと思っている。そして、お前も俺に気があるんじゃないかと思っている。どうだ?違うか?

後輩:う、うぅ……。

先輩:違うなら断ってくれて構わない。その場合は俺の勘違い乙!!ということになりこの恋は終了だ。
   もっとも、お前は人見知りだが、嫌なことを断れないタイプではない、ということを俺は知っている。そういう意思の強さも、俺は好きだ。

(少し間)

後輩:……先輩、今どこでバイトしてるんですか?

先輩:12駅先にあるレンタルビデオ屋だが?

後輩:あー……バイト飛び過ぎて近所じゃ働けなくなって来てる感じなんですね。

先輩:さすがだなぁ!同志よ!お前なら理解してくれると思っていたぜ!駅前のレンタルビデオ屋、3駅先のレンタルビデオ屋、8駅先のレンタルビデオ屋はもう制覇済みだ。

後輩:ゲームみたいに言わないでください!!というか何も制覇してませんし!!飛んだから気まずくて行けないだけでしょう!?

先輩:今のバイト先を飛んだら、レンタルビデオ屋はもうおしまいにしようと思っている。

後輩:先輩が体験してきた職種がどれくらいあるのかめちゃくちゃ気になるけど、聞くのは怖すぎる……!

先輩:……で、どうなんだ?俺は告白の答えを待っている。

(後輩、一呼吸)

後輩:……今のバイト。

先輩:うん?

後輩:今の先輩のバイト先。飛ばないって、約束してくれますか?

先輩:…………ど、努力する。

後輩:じゃあ私も、努力します。

先輩:は?

後輩:今のバイト先辞めて、先輩と同じ店でバイト始めます。

先輩:お前がさっき一番嫌がってたやつじゃねえか!

後輩:だから先輩も、努力してください。飛ばないように。そしたらその、提案を呑みましょう。

先輩:その提案とはなんだ?

後輩:はあ!?だからさっき先輩が言った……その、付き合うという提案を……

先輩:お前は俺のこと好きなのか?俺の予想は間違っていなかった、という解釈でいいんだな?

後輩:は、はい……その、好きじゃなかったら今日呼び出してませんし。そういうことです。

先輩:ネットの元彼はもういいのか?

後輩:いいんですよ。会うことはおろか顔も見たことすら無かったんですから。

先輩:……それ付き合ってた、って言えるのか?

後輩:うるさいですよ!私は人見知りなんです!相手を人間と認識したらロクに恋愛なんてできませんから!

先輩:振られた原因、そこらへんにあるんじゃないのか?

後輩:…………。

先輩:というか待て。お前の認識では俺は人間じゃないのか!?

後輩:私、言ったじゃないですか。人間と仲良くなりたいって。

先輩:言ったな。

後輩:だからこれはその、実験段階です。

先輩:練習ってことか?人見知り克服のための。

後輩:……ああ、今、『練習彼氏』的な少女漫画のタイトルが頭をよぎったああ……!!

先輩:まあ俺はお前と一緒に居られるならそれでも構わないが。

後輩:違います。

先輩:オイオイ今度はなんだ?

後輩:私は実験と言いました、つまり先輩は大切な被験体。貴重な人間サンプルなんです。なので、その、逃がしませんよ。

先輩:お前、やっぱり人間じゃないの……??いや、今はそんなことどうでもいい。望むところだ!!

後輩:ところで帰りに駅前のレンタルビデオ屋にDVDを返しに行きたいのですが、もちろん彼氏である先輩はついてきてくれますよね?

先輩:……断る!

■おしまい■

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